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久し振りの母子のお出かけと、小さな恋の物語

「葉平~、 そろそろ行くわよ~?」

「ま、待って! もうちょっと!!」


 翌朝、私はイズムスにお願いされたのもあったし、買い物したいのもあったしで葉平と城下に遊びに行くよう準備をしていた。

 もちろん、クルミベーグルのサンドイッチは朝早くに厨房に出向いて作って、フローラさんに渡しておいたからそこは問題なし。


 朝から城下に降りるつもりでいたんだけど……葉平がなかなか部屋から出てこないのよね。厨房に行ってサンドイッチを作っている間に準備をしておくように言っておいたのに全然出来てないのか、部屋の扉の前でかれこれ30分は待たされてる。中に入ろうと思ったんだけど、ご丁寧に中から鍵をかけてるもんだから締め出され状態。


 一体何をしているのかしら……。


 長い溜息を吐いて更に待つこと10分。ようやく中からガチャリと鍵が開く音が聞こえて来た。


「もう~! 何やってたのよ。遅い……」

「ご、ごめんね」


 ひょっこりと顔を覗かせた葉平の様子を見て、愚痴をもらそうと思ったけど思わず言うのを止めてしまった。だって、葉平は前に私が買ってきた一張羅を着ていて、髪型も少し違っていたから。


 あらあら……あの子に会うからって随分めかしこんでたのね。可愛いなぁ。小さくてもやっぱりカッコつけたいところを見ると男の子なんだなって思う。

 ただ、髪型も整えたつもりでしょうけど後ろの髪に寝癖がまだついてるのよね。この不完全さが可愛くて私は思わず笑ってしまった。


「ふふふふ」

「な、何だよ……変?」

「そうね。格好はバッチリ決まってるわよ。でもほら、ちょっとこっち来て? まだ髪に寝ぐせついてる」

「え!? ほんと!?」


 大慌てで後ろ髪を撫でつける葉平を部屋の中に連れ戻して椅子に座らせ、桶に汲んであった水を手に取り跳ねている髪を湿らせ、丁寧にブラシをかける。本当はドライヤーでもあればいいんだろうけど、そんなものここにはないしね。出来るだけ根本から内側に巻き込むように丁寧にブラシをかけてあげれば……。


「はい、できた」

「お母さん、ありがとう!!」


 嬉々として喜ぶ息子の姿を見て嬉しくならない親なんているかしら。

 今日は頑張って名前ぐらいは聞いて帰って来なくちゃね!!





 私たちは城下に降りて、まずは真っ先に女の子のいるところへ向かうはずだったんだけど……。


「ちょっとごめん、あれ見てもいい?」


 なんて、私の都合で何度も足止めしてしまった。その度に葉平は「え~……」て声を上げるけど何だかんだ付き合ってくれるのよね。優し過ぎる。


「お母さん、今日はあと何を買うの?」

「ん~? そうねぇ。バターと……あとフルーツかな」


 本当言うと、必要なものはもう揃っているから買う物はないんだけどね。

 フルーツは葉平の為にあえて買いに行こうとおもったもの。リンゴや洋ナシだったらコンポートにして、デニッシュパンに乗せるとか包むとかしても美味しいし。

 みかんがあるなら、絞った果汁をパンに練りこんで焼いても美味しいかもしれない。


 なんて、ダメダメ。新しく作るパンの事をつい考えてしまいがちだけど、今日は葉平の為に城下に降りて来たんだわ。パンの事はひとまず置いておいて、まずは二人を引き合わせなきゃね。


 以前、豆を売っていた出店の近くまで行けば、あの子もいるかしら……。


 正直言って、必ず前と同じ場所にいるかと言われると分からないもの。前はここにあった出店が、今は全然違うところに出してるって事もあったし。

 たぶん、この商業地区内でも早い者勝ちの場所取り競争みたいなものがあるのかもしれない。


「あ。お母さん、あそこにフルーツ売ってるお店があるよ!」


 ぐいっと腕を引かれてそちらに目を向けると、確かに以前の場所にフルーツ店は出ているのだけど、あの女の子がいる店とは別の店だった。

 そこに色とりどりのフルーツの並ぶ木箱の奥に座っているのは、ふんぞり返った偉そうな雰囲気のオジサン。めちゃくちゃ人相が悪い。あんな雰囲気を出してる店には、まぁ立ち寄り難いわよね……。怖いもの。


「う~んと……。ごめん葉平。あのフルーツ店には私の欲しいフルーツが置いてないみたいだから、他の店を探してみてもいい?」

「え~? うん、分かった」


 ほんとは置いてあるんだけど私はあの店では買いたくないし、買うならあの子の店と決めてる。


 とは言え、他にフルーツを売っている店はあるのかしら……。

 今日はここ以外で売ってないとなったら、どうしようかな。


 人混みの中をもみくちゃにされながら、とりあえず流れに逆らわないように進んでみたけれど、あの子のいる店は見つけられなかった。

 ならばと逆方向に向かって歩こうかと思ったけど、大きな橋の隅っこで葉平がしゃがみこみ、駄々をこね始めた。


「葉平。今度は反対側見てみよう?」

「え~……。俺もう疲れた……。人が多いしさぁ、もう帰りたい」

「えぇ? でもせっかく身綺麗にしてきたのに……」

「でも疲れたんだもん」


 あああ、こうなると宥めるの大変なのよねぇ……どうしよう……。

 目的が達成されないと意味がないのよ。まぁ、別の日でもいいんでしょうけど……。別の日にするならするで、確実にいるって分かってからにしたい気分。

 その時、ふと視界の端に可愛いぬいぐるみが売っているワゴンを見つけた。

 男の子がぬいぐるみなんて欲しがるとは思えなかったけど、試しにあれでつられるか聞いてみようかな。


「みて葉平。あそこに可愛いぬいぐるみが売ってるよ。ちょっと見てみようか?」

「……別にいいけど」


 だよね。乗り気じゃないわよね。分かってる、分かってるわよ、それぐらい。


 手を繋いで沢山の動物のぬいぐるみが積まれているワゴンの横で、可愛らしい女性店員がにこやかに声をかけてくる。


「いらっしゃいませ~。どうですか~? 可愛いでしょ?」

「ほんと、可愛いですね」


 私も色々見てみたけど、とても手の込んだ作り方しているものばかり。

 つぶらな黒い目で見つめられると、一つぐらい連れて帰りたくなってしまいそうだ。

 犬、猫はもちろん、魚や馬なんかの人形も置いてある。あと……カワウソによく似た動物も。

 まぁ、興味何てないでしょうね、葉平にとってみれば……。


「お母さん、俺、これ欲しい!」


 葉平がそう言って私に見せたのは、カワウソによく似た黒目のとっても可愛いぬいぐるみ。

 ちょっと予想外の事に、誘っておいてなんだけど私の方が驚いてしまった。


「え?! ほんとに欲しいの?」

「うん、この子がいい。めちゃくちゃ可愛い!」


 嘘でしょ。男の子だよね、あなた……。

 だけど、葉平はそのぬいぐるみをそれはそれは大切に抱きしめている姿を見ると、ほんとに欲しいんだな……。思いがけずぬいぐるみで釣れた葉平の機嫌。何でぬいぐるみなんて欲しがるんだろうって、不思議に思う気持ちは拭いきれなかったけど……。


「じゃあ、これ、頂いても良いですか?」

「ありがとうございます! 僕、このぬいぐるみ気に入ってくれてありがとう! これ、お姉さんが一番好きな動物なんだ。大切にしてね?」


 人形を手渡しながらお姉さんがそう言うと、葉平は満面の笑みを浮かべて答える。


「うん、大事にする! ありがとう!」


 さっきまでの不機嫌が嘘のように上機嫌になり、葉平はしっかりと自分の胸にぬいぐるみを抱きしめていた。


 へぇ……。ぬいぐるみが好きなんだ……。

 まぁ、機嫌直してくれたから良かったけど、なるほどね~。こう言うのが好きなのね、葉平は。


「可愛いね。名前は何にしようか?」

「カシワちゃん! 俺の妹にする!」


 ……カシワって名前はともかく、妹って言われた瞬間ドキッとした。

 そう言えばいつだったか、旦那と別れてほどなく言っていた言葉を思い出す。


 「お母さんはもう一度結婚するべきだ。それで俺は弟か妹が欲しい」と言っていたことを。

 その願いは叶えてあげられないけど……と、その時は思っていた。って言うか、今もまだそう言う気持ちにはなってないけど……。


 それはさておき、葉平がやっぱり寂しいと言う気持ちをずっと言えず抱えていて、家族を欲しがっている表れなんだろうかと。落とさないようにぬいぐるみを自分の懐に入れて、襟元から顔だけを覗かせた状態で歩く彼の姿に、小さな溜息を吐く。


 そうか。そうだよね……寂しいよね。

 分かってた事なのに改めてそう言う態度で示されてしまうと、少し落ち込んでしまいそうになる。


「じゃ、フルーツ店探しに行こうか」

「うん!」


 あれだけ難色を示していた葉平だったけれど、カシワちゃんを手に入れてからは上機嫌で手を繋いで歩いてくれるようになった。

 しばらく歩くと、視線の先にフルーツ店を見つけた。そして、本日一番の目的でもあるあの女の子の姿も。


「あ! いた!!」


 葉平は、そのフルーツ店が近づいてくると何かに気づいたようで、急にそわそわと落ち着かない様子を見せ始めた。そして女の子の姿を捉えた瞬間、さっきまで大事に持っていたカシワちゃんを私の手にぐいっと押し付けてくる。


「どうしたの?」

「持ってて」


 そう言ってカシワちゃんを手渡す姿を見て、私は小さく笑ってしまった。 

 やっぱり好きな子の前では見栄ぐらい張りたいわよね。うんうん、頑張れ葉平。


 フルーツ店の前に来ると、あの時会った女の子がそれはそれは嬉しそうに出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ! どうぞ、見て行ってください!」


 葉平と同じくらいなのに随分しっかりしてる。あんまりお客さんが来ないのか、お店に来た私たちにめちゃくちゃ期待の目を向けてくるんですけど……。


「それじゃあ、リンゴ4個と洋ナシ3個と、あとオレンジ3個下さい」

「はい。リンゴ4個、洋ナシ3個、オレンジ3個ですね! 全部で10リレイです!」


 紙袋に復唱しながらちゃんと入れてくれて、満面の笑みを浮かべてそれを手渡してくれた。

 私はお金を渡しながら、隣で言葉を発せずにモジモジしている葉平を横目に見て、にっこりと微笑む。


 よし、ここは私から声をかけちゃおうかな。


「一人で偉いのね」

「お父さんは病気で動けないから、お母さんと二人でお店をしてるんです」

「あら、そうなの? お母さんは?」

「お母さんは別の場所で布を売ってます。私はフルーツを売るのが仕事なんです」


 お父さんが病気だから、母親と二人で家を支えてるのか……。

 どの世界の人も、やっぱり大変な思いをしてる人はたくさんいるのね。


「お姉さん、前も市場に買い物に来てましたよね?」

「え? あ、うん」


 お姉さんだって。お世辞が上手いわ~! でも、買い物に来たのはだいぶ前だし、会ったと言うより見かけた程度の一回くらいだったと思うんだけど……。それを覚えてるって事は、そんなに印象深い感じだったかしら……?


「そこの男の子も一緒でしたよね?」

「うん、そうよ。この子、私の息子で葉平って言うの」

「ヨウヘイですか。変わった名前ですね」

「あなたは?」

「私はエイミーです」


 おお! 名前を聞けたよ。ねぇ、聞けたよ葉平!


 ニヤニヤしながら葉平を見ると、彼は「何だよ」と言いながら私の後ろに隠れてしまった。

 うふふふ……純情少年だわね。

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