聖女様騒動の続きはどうなった?
そうだ。気を取り直して、気になっている事を聞いてみようかな。
長期休暇を貰ってから、アユに関する情報が私の所には全く入って来なくなってしまったし、サンディア嬢の様子も気になるし……。
「ところで、イズムス? あれからサンディア様や、ア……じゃなくて、聖女様はどうなったんです?」
私が訊ねると、イズムスは苦笑いを浮かべなて力なく呟いた。
「……相変わらずですよ」
「聖女様はまだ好き勝手にやってるんですね?」
「はい。彼女は目に付けた人間がいたら、すぐに取り入って来ようとするのは変わりません」
それはそれは……かなりの男タラシでいらっしゃるようで。
それにしたって、アユの周りにいる男の人達は彼女の何に惚れてそんなにチヤホヤするんだろう。聖女様っていう、いわゆるブランド的な物に惹かれてとか……? 私が女だからかもしれないけど、どう見ても彼女にそこまでの魅力があるようには見えないのよね……。
「もう一つ気になる事があって……。アジール殿下のことなんですけど……」
「アジールですか?」
イズムスも驚いたようにこちらを見た。
アユの事だけが気になっていると思っていたのだろうけど、もちろん関連している事だからアジール殿下の様子だって聞いておかなきゃいけないでしょ? だって、不自然過ぎるんだもの。
「アジール殿下は昔からあんな感じなんですか?」
「あんな感じ、と言うと……?」
「何て言うか……。明らかにそこにある事実がおかしいのに気づかないタイプ、と言うか……」
そう言うとイズムスは不思議そうに首を傾げた。
「いえ、アジールはどちらかと言うと曲がった事が嫌いなタイプです。真っすぐな性格をしていて責任感も人一倍強いと言いますか……。次期国王としてしっかりしなければと誰よりも意気込んでいるような人です」
だとしたら、やっぱりあの行動は変よね。
ど素人である私が見ても分かるような不自然で細かい異変に気付かないだなんて……。恋は盲目、とも言うけど……それにしても、なのよ……。
「イズムスから見て、アジール殿下が変わったなって思う事はないんです?」
「そういえば……聖女様が現れてからほどなくして、人が変わったかのように聖女様に入れ込むようになりました。今まででしたら、一人の人間に入れ込んで他を疎かにするような人ではありませんでしたね……」
そのせいで今イズムスがアジールの公務の代打を務めている、と言う話を聞いて何かトリックがあるような気がしてしょうがない。確かに本当に心から好きな人が出来たら、その人に合わせようとして変わる事もあるだろうけど、そこまであからさまなほど急激に変わるわけじゃないと思うのよね……。
「サンディア様は?」
「彼女は、あのお茶会の後はとても落ち着いていますよ。あなたが彼女を庇ったからかも……」
「え? 見てたんですか?」
「み、見てたと言うより、すぐそこの東屋でしたから……」
少し慌てふためいてそう言う彼の言葉に、私は「あぁ、そう言えばそうよね」と納得してしまう。
見るつもりは無くたって、この場所から東屋は目の鼻の先だから話も聞こえて来るでしょうし、ちょっと立ち上がれば彼の身長だったら見えないわけじゃないもの。
まぁそれはともかく、とりあえず落ち着いてるなら良かった。
「サンディア様は、あなたの事をとても気に入っているようです。もしかしたら近く、どこかで声がかかるかもしれません」
え? そ、それは有難いけどとても恐縮してしまう。それにそこまで気に入って貰えるようなことなんて私してないけど……。でも、そう思ってくれているんだとしたら私としては嬉しいかな。
「じゃあ、もしサンディア様にお会いする事があって私に声をかけて下さるなら、また別のお菓子を用意させて頂きますってお伝えして下さい」
「はい。分かりました」
「あと……一番気になってるところなんですけど……アジール殿下とサンディア様のお披露目会っていつ行われる予定なんです?」
大勢の関係者の前で、アジール殿下から婚約破棄を言い渡され断罪を迫られてしまう日が気になっていた。下手をすればその日の内に斬首刑か追放を言い渡されるわけでしょ? 追放ならまだしも、斬首刑になんてなったら私が耐えられない。
「お披露目会は10日後です」
「10日後……」
そうよね。大きなイベントならそれまでの準備期間が必要だものね。
「イズムス……。私ね、お茶会が開かれたあの日、二人のやりとりを直接見させてもらったんだけど、どう考えてもサンディア様が聖女様が言うような事はしていないと思うんです。もし本当に聖女様の言い分が合っていると想定したら、あのお茶会の時に見せた表情はしないんじゃないかと思ってて……」
寂しそうな表情や、気遣い、私に見せてくれた思いやり。
本当に悪役令嬢なんだとしたら、そんな事するかしら。もっと大々的に意地悪く立ち回ると思うのよ。それこそ、アジール殿下がしたような紅茶をひっかけるような行動を、サンディア嬢がアユに向かってしてもおかしくないもの。だって婚約者を奪った相手を目の前にして、あからさまに目の前でイチャイチャされたらそれぐらいしたくなるでしょ? 悪役令嬢じゃなくたってやりたくなるもの。
あの後に、アジール殿下を自分のものにするために他に更にどんな策略を立てているのかと考えると、ちょっとゾッとしてしまう。きっと彼女の事だから、周りに侍らせているという男性たちを味方につけることくらい造作もないでしょうし、聞いた話では表裏が激しいタイプのようだから……。
聖女なんて名ばかりで、一体どっちが悪役令嬢だって言う話よ。
「もしそれでサンディア様に下される刑が斬首刑だったらって思うと、凄く理不尽だなって……。何とかしてあげたいと思うのよ……」
「……それじゃあ、僕は当日どのような処分が下されても、彼女の身柄を守れるよう手はずを整えます」
「え?」
「僕も、彼女が他人を貶めるような事をするとは考えにくいと思っていました。そう言えるのは、僕も幼い頃から彼女の立ち振る舞いを見て来たからです。誰よりも人を想い、アジールを一途に想ってきた人です。自分と言うものをしっかりと持った芯のある人柄なのはよく分かっています」
確かに、イズムスならそう言い切れる部分よね。
アジール殿下と一緒に育ってきたんだもの。サンディア嬢の事だってアジール殿下と同じくらい知ってるはずだわ。それに私には出来ない事も彼になら出来る。
「じゃあ、その点はお願いしてもいいですか?」
「喜んで」
にっこりとほほ笑むイズムスの笑みの裏には、強い意気込みみたいなものを感じられる。
さっき言っていた「頼れる人になりたい」と言う想いがあるからなのかもね。
「あぁ、それから……ヨウヘイの事なんですが……」
「え? 葉平? 葉平がどうしたの?」
「これは僕からのお願いなんですが……この休みの間に、城下に連れて行ってあげて欲しいんです。ずっと行きたいとさっき言っていました」
その言葉を聞いた時、私は驚いたように目を見開いた。
二人でいる間に葉平はイズムスに市場にいたあの女の子の事を話したんだ、とすぐに悟る。
でも……、そうね。確かに葉平を連れて城下に遊びに行くのも良いかもね。時間はまだたくさんあるもの。あの子もあの時の女の子に会いたいと思って当然だわ。
「そうね。じゃあ早速明日にでも一緒に城下に行ってみることにします」
「はい。ぜひ」
「……イズムス。色々とありがとう」
私が笑みを浮かべてそう言えば、彼はまた僅かに頬を染めて視線を逸らし「いえ……」と口籠るように呟いた。