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素直じゃないのは分かってる。でも……

 私が大暴露をしてから、少しの間が空いた。

 な、ななな、なんで黙るの? 引いた? もしかしてドン引きってやつですか?


「……今までお付き合いしたのが旦那さんだけだなんて、何か意外です。フタバは綺麗なのに」

「……じょ、冗談でしょ」

「冗談なんかじゃないですよ。フタバの最初の人だった旦那さんが羨ましいくらいです」


 そう言われた瞬間、私は閉じていた目をパッと見開いた。


 何を言っているの? この人は……。


 まさかとは思うけど……違うわよね? そうだと思ったら実は違ってました、なんてオチはいらないし、そう言うのは経験したくない。

 たぶんそうなったらなったで、きっと私は今度こそ誰も信用せず一人で生きてく道を選ぶに違いない。


「ま、またまたぁ。ほんとに冗談なんですよね? 良いんですよ、私に気を使わなくても……」

「そんな事無いですよ」

「か、からかうのはやめて下さい。分かってるんで……」


 何とかはぐらかしたくて、笑いながらそう言いいながら背後のイズムスを振り返って、ハタっと動きが止まってしまった。

 

 ……え。何、その顔……。


 まさか私が振り返ると思ってなかったのか、イズムスは急いで口元を手で覆い隠しながらそっぽを向いたけど、明らかに顔が赤らんでいる事に気付いてしまった。


「え……と? どう、したんです……?」


 ぎこちなく聞き返すとイズムスは湖畔から離れた森の入口の近くで、歩いていた馬の歩みを止めてしまった。そして彼は持っていた手綱をぎゅっと握り締めながら、いつになく真剣な声で口を開く。


「……どうしてフタバはいつもはぐらかそうとするんですか」

「は、はぐらかす?」

「ヨウヘイと話をする時も、何かにつけてはぐらかそうとしている。そんな事ばかりやっていたら、あなただけじゃなくヨウヘイだって傷つきますよ」

「……っ!」


 ドキっとした。

 あまり口数が多い方ではないし会ってる時間もそんなに長いわけじゃないけれど、彼は私たちの事をよく見ているんだと思った。


 葉平との事は別にはぐらかしたりしてるつもりはなかったけれど、他の人から見たらそういう風に見られていたのかしら……。だとしたら、私はまだ素直じゃないってことよね……。こじれてしまった感情を素直に戻すのはとても難しいことかもしれないけれど……。


「僕は……あなたが思ってる以上にあなたを見てます」

「……す、素直じゃないのは認めるわ。でも、勘違いするような事を言うのはやめてほしいだけです」


 あぁ、これもまた意固地な原因よね。

 だけどどうしても考えてしまう。からかわれているなら、思わせぶりな行動や発言は彼の為にも控えるべきだと。


「フタバ」


 いつも呼ばれている呼び方なのに、今は妙に怒ったような感じだった。

 温厚なイズムスが怒るなんて珍しい……。


「もう言い訳だとか取り繕ったり誤魔化さないで下さい。そうすることであなた自身が自分で幸せを逃がしてるんだって、気づいてほしいんです」


 その言葉を聞いた瞬間、ぼろっと涙が零れ落ちた。だけど同時にイラっとしてしまった事も事実。

 幸せを逃がしてるって何? 私今までだって自分が不幸だと思った事なかった。大変だって思った事は沢山あったけど、不幸なんかじゃない。だって……私が不幸だって思ったら葉平にもそれが伝わってしまうもの。どんな細やかな事でも、葉平といられる今が一番幸せで元気でいられる。それが本当の幸せでしょ? だから、私にはそれ以上なんて必要ないのよ。


「……私の幸せは、私が決める事よ」

 

 喧嘩をしたいわけじゃないのに、何だか無性に腹が立ってしまった。これじゃ、葉平にまた怒られちゃうな……。でも、そんな優しい言葉をかけられたら、私の心が一瞬で崩壊してしまいそうな危うさがある。それがたまらなく怖かった。


 分かってる。分かってるの本当は。イズムスの言葉が私を慈しむための言葉であって、嫌味なんか一つもなく、彼の素直な優しさなんだってこと。捻くれてるのは私の方。色々あり過ぎて、真っすぐだったものが拗れすぎてもう元に戻せない。


 零れ落ちる涙をそのままに、私はまた顔を俯けて顔を覆い隠す。


「……ごめんなさい。私自身が素直じゃないのは分かってるわ。意固地なのも。でも、私は今の私自身の立場を崩すことが怖いの……。あなたが悪いわけじゃない……本当に、ごめんなさい」

「……」


 ポロポロと零れる涙を拭いながら、私は顔を上げる。

 下を向いたら気持ちがどんどんマイナスな方向に行ってしまうから。前を向いてないと、そっちに引っ張られてしまって……今まで堪えていた物が全部崩れてしまう気がした。

 

「私がこんなだから、葉平には心配をかけてばかり……。でも私は母親としてあの子の前では毅然として笑っていなければいけない。涙なんか見せちゃいけないの。だって、弱みなんか見せたら、あの子がもっと不安になってしまうもの」


 だから、お願いだから私を甘やかさないで欲しい。私は、今の私のままでいい。


 何かにつけて言い訳ばかり言おうとするのは、私の……拗れた大人の悪い癖なのかもしれない。

 イズムスもそれ以上何も言ってこようとはしなかった。けど、代わりに背後からぎゅっと抱きしめられて私は驚いてしまった。


「な……っ?!」

「……僕がもっと頼れる男だったら、フタバにそんな事を言わせる事も泣かせる事も無かったんでしょうか」

「え?」


 背後でボソッと呟いたその言葉が全部聞き取れなかった。

 何、急に……。


 ぎこちなく後ろを振り返ると、真っ直ぐに見下ろしてくるイズムスの緑色の瞳が見えた。

 凄く切なそうな表情を浮かべている彼を見上げていると、突然バラバラと上から固い物が降り注いだ。


「いてっ!」

「いたたっ!」


 二人とも例外なくその襲撃を食らってもう一度目を開けると、辺り一面に固い木の実が落ちていた。


「……クルミ?」


 私の前に落ちていた木の実を拾い上げてみると、どこからどうみてもクルミだった。

 もう一度上を見上げると、またしてもバラバラとクルミの雨が降り注ぐ。


「い、いたたたたっ!」


 あまりに凄いクルミの襲撃に、私たちは一度その場を退散する。


 少し離れたところでその木を見ていると、木のうろから顔を出したのは二匹のリスだった。

 自分の住処にクルミを隠していたのか、それとも掃除をしようとしていたのか、食べ終えた殻と一緒にまだ食べられる物まで外に掻き出していた。

 そんな彼らの姿を見ていたら、さっきまでの雰囲気が嘘みたいにおかしくなってしまって私は思わず笑ってしまった。


「あ~あ、せっかくの餌をバラまいてる」

「……」

「見て、もう一匹が拾い直してる。二度手間よね」


 私は話をはぐらかすように笑いながらそう言うけど、イズムスはどこか煮え切らないような顔を浮かべていた。


「……イズムス。私の事は本当に気にしないで。これでも毎日楽しく過ごしてるんですよ? だから、ちゃんと仲直りして葉平のところに戻りましょ?」

「フタバ……」

「あ、ねぇ、あの拾いそこなったクルミ、貰っていってもいいと思う? 次のパンのメニューはもちろんだけど色々お菓子にも使えるから便利なのよね」


 私はそう言うと馬から降ろしてもらい、地面の上に転がっているクルミを拾い始める。森の中までは行けないけど森の入り口付近に来た時、ふと視線を上げるとそこは宝庫かってくらい食べられそうな木の実が沢山生っている事に気付いた。


「わぁ! 凄いここ! 食べ物の宝庫?!」

「?」


 私が嬉しそうに歓喜の声を上げて森の中を指さすと、イズムスも馬を下りてそちらを見た。


「木の実が多いですね」

「ん!? あれっ? あれってもしかしてゴボウかしら……」

「ゴボウ?」

「あ~、え~っとゴボウって言うのはつまり、食べられる木の、根っこ?」


 うまい言葉が見つからなくてそう言うと、イズムスは不可解な目を向けて来た。

 分かってるわよ。外国人だって木を食べる日本人は変人だって言ってるくらいなんだから。


 でも、またここに来れば食事のレパートリー増える気がする。

 思いがけない収穫に私はもうすっかりさっきとは別の事を考えていた。



                  ******




「あ、お帰りなさい! ちゃんと仲直りした?」


 葉平がいる場所に戻ると、彼はシートを敷いて持ってきていた本をおとなしく読んでいたようだった。

 こちらを振り返ってちゃんと仲直りしてきたか確認しようとしたようだけれど、先ほどまでの険悪な雰囲気が無い事に気付いてホッとしたような顔を浮かべた。


「良かった! 仲直り出来たんだね!」

「うん。もう大丈夫よ。ごめんね、気を遣わせちゃって」

「いいよ。仲良くしてくれたら。お母さん、ところでそれ何?」


 着ていた服のスカートに取れるだけ取ってきた大量のクルミを見て、葉平は不思議そうに見てくる。


「これはクルミっていう木の実よ。さっきあっちの方で貰ってきたの」

「貰って来た? 誰から?」

「誰だと思う?」

「え~……。誰か人がいたの?」

「違うわ、リスよ」


 リスと聞いて、葉平は目を丸くした。

 ふふふふ。驚いてる驚いてる。


「凄いね~! リス、太っ腹だね~! 僕も逢いたかったなぁ」


 葉平は取ってきたクルミを見て転がして遊んでみたりしている中、私は隣にいるイズムスを何気なくちらりと見上げると、彼は無邪気に遊ぶ葉平を見つめていた。

 その眼差しの柔らかさに、心の中で何かが動きそうな予感がしていた事に、私はあえて目を向ける事をやめた。


 今じゃないの。今じゃない……。

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