どうしようもなくて暴露します
「いやぁあああぁぁぁぁあああぁぁっ!!」
私はあまりのスピードに恐怖し、今まで出したこともない悲鳴にも似た声を上げていた。
「しっかり掴んでてくださいね!」
「おおおーっ! めっちゃ早いー! 気持ちいいーっ!!」
イズムスはとりあえず私を心配してそう声をかけてくれるけど、彼の前にいる葉平は歓喜の声を上げている。
ふ、ふ、ふ、振り落とされそうで怖いんですけどぉおおぉぉっ!!
意地でも振り落とされまいと、初めこそ恥ずかしくてイズムスの背中に抱きつくことに抵抗を感じていた私だけど、悪ふざけなのか天然なのかスピードをあげて馬を走らせるものだから、無我夢中でしがみついていた。
一応、命綱と言う名前でイズムスと私の腰を紐で結んでくれたけど、これってある意味危ないと思うんですよね!?って言うか、もっと安全な乗り物は無いんですかぁああぁぁぁぁっ!! バイクより怖いって!!
目も開けていられない。下を見たら絶対怖くて倒れちゃうと思う! で、私が倒れたらイズムスも葉平も巻き添え食らって落馬確定すると思う!
そう思うと何が何でも落ちてはいけないし、気を失ってはいけないと思っていた。
だから、お願いだから、早く目的地に着いてぇえぇぇええぇっ!!
*****
「フタバ、大丈夫ですか?」
「……大丈夫くない」
目的地に着いて、馬から降りた瞬間に地面にへたり込んでしまった私を心配して、イズムスが声をかけてくる。
も、もう乗りたくない……もう嫌だ……。お尻も痛いし背中も腕も痛い……。
「死ぬかと思ったわ! 全くの初心者を乗せてあんなにスピード上げて走ったら、怖いに決まってるでしょう!?」
「す、すみません」
乗り慣れているはずもない乗り物に乗せられて、憎まれ口の一つも叩きたくなったわけで……。
涙目になって怒る私に、イズムスはたじろぎながら謝った。
あぁ、こんな齢21歳にもなる大人をこんなに怒るなんてこと、会社勤めでもしていない限りそうそうないわ。しかも子犬みたいに恐縮しちゃうし……。
こう、何ていうの? イズムスは王位継承権が無かったとしても王族なんだから、そう言う威厳みたいなものを少しは持ってないのかしら……。
「お母さん、そんなにイズムスを怒ったら駄目だよ! 泣いちゃうじゃん!」
「そんなこと言ったって、葉平は怖くなかったわけ? 下手したら馬から落ちて全員大ケガするかもしれないのよ?」
「俺は怖くなかったよ! すげぇ楽しかったし。って言うか、お母さん気にしすぎなんだよ」
気にしすぎって……普通気にするでしょうよ!
私はともかく、葉平や、ましては高貴な身分であるイズムスも巻き添え食ってケガでもさせたら、私責任取れないもの!
ぷりぷり怒る私にイズムスはしゅんと落ち込んでしまっているし、葉平はイズムスを怒る私にぷりぷり怒るし。せっかくの休日をこんな怒ってばっかりになんかしたくないわよ、私だって。でも何かあってからじゃ遅いんだから、言うべき時はちゃんと言わないと!
でもね……ほんとは、あんまりガミガミうるさく言ってるとオバサンみたいで、我ながらガッカリしてる部分もあるんだけどさ。
「もう! お母さんは喧嘩ばっかり! イズムスとちゃんと仲直りして!」
怒っている葉平が急にそんなことを言い出して、怒ったり落ち込んだりしていた私は単純にビックリしてしまった。
え? 喧嘩ばっかりって、何……。
そう思った時、葉平はまだ離婚する前の私と旦那が夜に喧嘩していた事を気づいていたのではないかと、そう思い至った。だから私と誰かが喧嘩するのも、私じゃなくても誰かが目の前で衝突している姿を見るのも嫌なんじゃないかって……。
「葉……」
「フタバ」
急に怒りが消えて、むしろ心配になって葉平に手を伸ばしかけた時にイズムスから声をかけられる。
私がそんな彼を見上げると、イズムスは申し訳なさそうではあるけれど優しそうな表情で私に手を差し伸べていた。
「すみません。気を付けますから……仲直りしましょう」
「え、あ……」
差し伸べられた手を無意識にも取ると、彼はぐいっと私を引き上げるものだからつられて私も立ち上がった。
「お詫びに湖の周りを一周しませんか? 今度はゆっくり歩きますから」
そう言って、イズムスはもう一度私を乗馬に誘う。
いや、だから馬は怖いんですけど……。
「今のままでは帰り道、苦労すると思いますよ?」
まるで私の心を見透かしているかのようなそんな口振り。
うぅ……まぁ、確かに。帰りも結局馬に乗らなきゃ帰れないわけですけど……。
何かうまい具合に言いくるめられたような気分になってしまうのは、気のせいですか。
「ヨウヘイ、フタバを少し借りるよ?」
「うん、いいよ。ちゃんと仲直りしてきてね。俺、ここで待ってるから」
「ありがとう」
んん? ちょっと、私、物じゃないんですけど……。
「フタバ。その鐙に足を乗せて」
「え? こ、こう……?」
私が気後れしている間にも話はどんどん進んでいくわけで……。
イズムスはひょいと馬に乗り、私にそう指示を出してくるものだから、言われるままに鐙に足をかけると、ぐいっと引っ張りあげられてしまい……。
……おおお??! ちょ……、待って!?
今度はイズムスの後ろじゃなくて、さっきまで葉平が座っていた位置に私が乗せられてしまった。
「じゃ、ゆっくり一周して来ましょう」
背中から覆われるような形で、途端に体がさっきまでとは違うガチガチの緊張感に包まれる。
だって、別に抱きしめられているわけじゃないのに、それに似たような体制になっているじゃあないですか? こんな至近距離に男性を感じたのは、久し振りで緊張しないわけがない。
イズムスが言うように、私たちを乗せた馬はゆっくりとした足取りで湖の畔を歩き始める。
こ、これぐらいのスピードなら確かに怖くはない。怖くはないけど……。
とても素晴らしく綺麗な景色が目の前に広がっているのに、その景色を楽しんだりする余裕は今の私には全く持ってない。それよりも恥ずかしさのあまりに顔を俯けてしまう。
「……フタバ。まだ怒ってますか?」
「も、もう怒ってないわ」
「良かった。何も言ってくれないからまだ怒ってるのかと思いました」
心底安堵したかのような溜息と、嬉しそうな声が頭上から降ってくる。
いやぁあぁぁ……何これ何これ!? 緊張が止まりませんけどーっ!??
「フタバ?」
真っ赤な顔をして俯いている私を気にして、イズムスが顔を覗き込むような気配を漂わせてくる。
やめて下さい。ほんと、困る……。
「どうしたんですか?」
「ど、どどどど、どうもしないわ!」
「だって、さっきから何も言ってくれないじゃないですか」
「そ、そんな事……」
「緊張してるんですか?」
そ、そりゃするでしょう?! 普通、こんなの……。
「もしかして……慣れてない?」
また私を見透かしているかのような口振りに、私は思わずぎゅうと目を閉じた。
からかってるの!? この人はわざと私の事をからかっているんじゃないの!?
「わ、悪い!? 馬に乗るのも初めてなら、後にも先にも別れた旦那以外の人と付き合ったこともないし、こんな風に出掛ける事もなかったのよ!」
「え……」
緊張感に耐えられず、思わず暴露してしまった。
突然の暴露に今度はイズムスの方が驚いてしまって言葉に詰まってる。
そう。私は実を言うと、旦那以外の人とお付き合いをしたことがない。だからと言って何もなかったわけでもなくて、デートに誘ってくれるような人は何人かいたのよ。でも、何か踏み切れなかったって言うか……。まぁ、言ってしまえば慣れてないが故の臆病だった、なのかもしれないけど……。
寂しい学生生活を送ってましたよ。ええ。それでもって、最初で最後だと思った旦那と結婚して失敗してますよ。
くそ~!! 何か文句ある!?
やけくそになりながらも、それを外に出せずに私は一人押し黙っていた。