波乱の予感? 突然のお茶会
「葉平。もう戻らないと、ここで寝たら風邪ひくわよ?」
「ん~……」
イズムスと話をしていると時間を忘れがちになるんだけどそろそろ休憩から戻らないといけないから、寝ている葉平を揺り起こす。寝ぼけ眼でようやく眼を擦って起き上がった彼は、まだ夢の中でまどろんでいるようでぼや~っとしている。
もう、しょうがないな。
私は葉平を抱き上げるけど、ずっしりと腕にかかる重みに大きくなったなぁと感じてしまう。
「フタバ、僕が葉平を連れて行きますよ?」
重たくて思わずよろめいてたのを見かねて、イズムスが声をかけてくれるけど……いや、それしたら更に面倒くさい事になると思うのよ。
ここから厨房までそんなに距離があるわけじゃないし、王宮の人の往来もある方だとおもうし……。
「大丈夫です。それに、あなたがこの子を連れてたらまた何を噂されるか分かりませんよ? 今はゴタゴタしている時ですし、波風立てない方があなたの為でもあると思いますから……。でも、気持ちだけは貰っておきますね。ありがとうございます」
微笑みながらそう言うと、彼はどこか残念そうな雰囲気をだしながらも「確かにそうですね」と納得してくれた。今は私たちを気にかけるよりも、まずは自分の身に降りかかる面倒の事を考えた方がいいと思うのよね。
「じゃあ、私そろそろ仕事に戻ります。もし私に何か出来ることがあったら言って下さいね」
「ありがとうございます」
まあ、私にできる事なんてほとんどないとは思うんだけど……。
私は再び眠ってしまっている葉平を部屋に連れて戻ると、ベッドに寝かせて大きく溜息を一つ吐く。
さて、じゃあ仕事に戻りますか~。
そう思って部屋のドアを開けると、洗濯物を抱えたメイドさん二人がまた何やら噂話をしながら目の前を通り過ぎた。
「サンディア様、聖女様に色々嫌がらせをしていたらしいわ」
「知ってる! ドレスを破ったり、物を隠したり仲間外れにしたり、しかも階段から突き落とすなんて……結構悪質な事をやってたんでしょう?」
「今じゃ悪役令嬢だなんて呼ばれてるみたいよ」
「そりゃそんなことやってれば、言われてもしょうがないわよ。しかも聖女様相手にでしょ? いくら何でもやりすぎよ」
「聖女様相手に行き過ぎた嫌がらせだし、きっとサンディア令嬢は追放か斬首刑に処されてもおかしくないわ」
私の存在が見えているのかいないのか、目の前を通り過ぎざまにそんな話をしながら通り過ぎるもんだから、さすがの私だって気にならないわけがない。
追放か斬首って……、そこまでする必要ある? ここではそれが普通なのかしら。
どこまでが本当の事なのかちゃんと調べるべきよね。本当にそんな事実があるのかどうか。上のお偉いさんはそこまでしてくれるのかしら。
余計な事を聞いてしまったから嫌でも気になっちゃうじゃない……。
もの凄く気になってしまうけど、今は仕事に戻らないと。
悶々とした気持ちを抱えたまま厨房に戻ると、フローラさんが慌てた様子で私の所に駆け込んで来た。
「フタバ! 急なお願いがあるんだけどいいかしら!?」
「何ですか?」
「あなた、お菓子は作れる? 午後のお茶会に出すためのお菓子が間に合わなくて困ってるのよ!」
アフタヌーンティーってやつか。こんな時に優雅ねぇ。でも、急にお菓子を作れと言われても……。
「聖女様とサンディア公爵令嬢にお出しするお菓子なのよ。聖女様が急にお茶会を開催するって決めたから、こっちはもう大わらわよ!」
「は? え?」
一瞬私の聞き間違いかと思ったけど……。うん、ちょっとそのお茶会大丈夫なわけ?急遽聖女側からのお茶会だなんて、何だか怖い気がするのは気のせいかしら……。
何やら一抹の不安を覚えるけど、でも……作らないわけにはいかないわよね……。
何か作れそうなものと思い周りを見回すと、まず小麦が目に入る、それからミルクと砂糖、はちみつと卵、果物もいくつかあるにはあるわね……。そう言えば生クリームもあったっけ。
私に作れるお菓子って言ったら、簡単な物しか作れないけど……。
「どのくらいの量があればいいですか?」
「そうね、多ければ多いほどいいんだけど……。あ、ちなみに焼き菓子は私の方で準備出来るわ」
「焼き菓子って……具体的にビスケットですよね?」
「そうよ」
ビスケットやクッキーだけじゃ確かにさすがに物足りないわよね……。
「分かりました。3品くらいならたぶん……」
「やっだ頼もしすぎるわ! フタバ最高よ!!」
思わず抱きつかれそうになったけど、私はさりげなく避けてしまった。
いや、だってフローラさんガチムチなんだもの。心は乙女でも体は大柄なマッチョに抱きしめられたら私あの世に召されちゃうわ。まだ召されるわけにはいかないもの。
さらりと避けてしまった私に、フローラさんは「んもう! 私の抱擁をかわすなんてフローラショックだわ!」なんてさめざめと泣いていたけど、相手にし始めたらキリが無いから見なかったことにしよ。
さて、じゃあ手っ取り早くロールケーキでも作ってみようかしら。
そう言えばこの世界にロールケーキなんてあるのかしら……ビスケットはよく見るけど……。
ビスケットって言ってもクッキーみたいなものじゃなくて、どちらかと言えばフライドチキンで有名なお店にあるあのタイプのビスケットだけど。
ロールケーキの生地の下準備をして焼き入れている間に生クリームを泡立てて果物を切っておいて、生地が落ち着くまでの間に今度はゼリーを作ってみようと思って、ゼリー液を作って余分に切っておいたフルーツを混ぜ、小さな器に流し込んで冷所へ。それからマカロンも。失敗する可能性は高いんだけど
これ、葉平が好きで前良く作ってたんだよね~。アイシングで顔とか作っちゃおうかな~。
私が久し振りのお菓子作りに嬉々として作っていると、メイン厨房でディナー食の準備をしていたフローラさんや他のコックさんたちの手が止まり、甘い香りにゴクリと喉を鳴らしていた。
「……あの~、フタバ?」
「はい?」
「その……凄く良い香りね」
「そうですね。お菓子の匂いですもんね」
「甘くって、とっても美味しそうよ」
……ん?
作業しながら答えていた私は私にかかる大きな影に、手元の作業を止めて恐る恐る振り返りあまりの状況にビクッと肩を震わせてしまった。
「!?」
「フ……フタバ……あのね……」
ただでさえ大柄なフローラさんが、目を見開いて涎ダラダラ垂らしそうな勢いで立ってるから、ビックリしないわけないでしょ?!
「あ、味見とか、出来るわよね?」
「え……あ、はい。それは、もちろん……」
「やったぁあああぁぁあっ!! 役得役得ぅ~~~!!」
今まで見たことがないくらい両手で拳を作り、それを口の前に当ててぴょんぴょん跳ね回るくらいテンションが爆上がりしているフローラさんを、周りのコックさんたちは揃って「いいな~……」と言うどこか妬ましさを持っためで見つめている。
ははは……また多めに作っておくしかなさそうね……。
苦笑いを浮かべながら、私は焼けて熱が取れ落ち着いたロールケーキの生地にたっぷりのホイップクリームを塗りフルーツを散らして柔らかく巻き込む。クリームは多めの方が美味しいのよね。
巻き終わったロールケーキはまた冷所で冷やして、包丁でそっと切り分けてから細かくした粉砂糖とミントによく似た香りの葉っぱを飾れば完成。
一切れをフローラさんに持って行くと、彼は目を輝かせ愛おしそうにお皿を持ち上げてじっくり観察をしていた。
「な、なんて素敵なフォルム……。これは何て言うお菓子なの?」
「フルーツロールケーキですよ。ホイップクリームを甘めに作っているので生地の甘さは控えめに作ってみました」
「フルーツロールケーキ……。素敵だわ……。この世にこんなお菓子があるなんて……」
そんな事を言いながら、備えていたフォークで切り分けて頬張ったフローラさん。全身を打ち震わせながら恍惚とした表情で明後日の方向を見つめ、頬に手を当てながら涙まで流し始めた。
え、うそでしょ。そんなに?
「美味しい……美味し過ぎるぅうぅぅ!! やだこれ何よ! 最高過ぎるんじゃないのぉおおぉ!!!」
もう私料理長として形無しだわ! なんて叫びながらぺろりと完食。で、案の定。
「お代わり出来るかしら!?」
「出来ません」
「うそおおおおん!!」
ぴしゃりと言いのけると、それこそ天国から地獄に叩き落とされたかのようにフローラさんは両手両足を床につけて泣き崩れたのだった。