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頑張る理由と何気ない優しさ

「……だからね、イズムスはどう思う?」


 中庭のバラ園の例の場所に来ていた葉平は、面と向かい合っているイズムスに問いただしていた。

 イズムスは葉平のその問いかけが余程難しい物と思ったのか、困ったように笑っている。


「それは、難しい問題だね……」

「難しくないよ! だって、好きか嫌いかでしょ?」

「う~ん……」

「どっちかって言ったらどっち?」

「う~ん……。僕はまだよく知らないから、好きでも嫌いでもないのが正直なところだよ」

「え~! それはダメ、どっちかちゃんと言って!」


 あまり大きな声で話が出来ないから、こそこそとではあるもののハッキリとした口調で追い詰めるように問いただす。白黒はっきりさせろと迫られるイズムスはどう答えて良いかわからずに、困るばかりだ。


「葉平~?」


 そんなことなどつゆ知らず、私は聖女様と別れた後で大量に焼き終えたパンを少しだけ籠に詰めてバラ園にやってきた。葉平がお腹を空かせているかもしれないって言うのと、念のためイズムスの分も入れてある。

 二人がいる場所に来ると、イズムスがどこか居心地が悪そうな雰囲気を出していることに首を傾げた。


「ちょっと葉平。あんた彼が困るような事言ってるんじゃないでしょうね?」

「言ってないよ! ただ、イズムスがお母さんの事好きかどうか聞いてるだけだし!」


 ……それが困るような事だって言ってるんですけど。


「バカな事聞いてるんじゃないの! 相手を困らせてどうするの!」

「バカじゃないよ! 俺は真剣に聞いてるの!」


 バカと言われて、目を潤ませながら声を荒らげる葉平は私を睨みつけてきた。

 彼が彼なりに真剣なのは、分かっているつもりだけど、話が飛躍し過ぎだ。昨日の今日でそんな感情が湧くわけないでしょ! って、思うんだけど……。


 私はふてくされる葉平の前にしゃがみこんで、椅子に座っている彼を見上げた。


「……葉平。あのね、昨日会ったばっかりの人に好きかどうか聞いたって分かるわけないでしょ? そもそも彼と私はただの知り合いなんだし、友達として仲良く出来たとしてもそれ以上は無理よ」

「何で? 友達以上は何で駄目なの?」

「イズムスは守らなきゃいけない物がいっぱいあるし、本当は彼は私たちと友達にもなれない凄い人なのよ?」


 どう話していいか分からなくて、葉平にも分かりやすい言葉を選びながら話すとこうなった。

 すると葉平はぽろっと涙を流してしまう。


 あぁ……それだけ真剣だったのよね。


「葉平が私の為に最大限に考えて行動してくれたのよね? それは嬉しいよ。ありがとう。でもね、これは葉平が思うほど簡単な問題じゃないの」

「だって、俺……家族が欲しいんだもん……」


 その一言でズキっと胸が痛む。


「……うん、そうよね」

「お母さんにも、幸せになってもらいたいんだよ」


 泣きながら訴える彼の本心に、胸が痛むのと同時に切なくなってしまった。

 ぎゅうっと彼を一度抱きしめてから、膝に乗せたパン入りの籠を持って立ち上がりイズムスに頭を下げる。


「困らせてしまってごめんなさい」

「いえ、そんな事は……」

「駄目ならダメだってハッキリ言って下さって大丈夫ですから。この子の我儘なんですし」


 籠をテーブルの上に置きながらイズムスを振り返ると、彼は僅かに視線を下げて首を横に振った。


「……ヨウヘイは、寂しいんですね」

「……そうですね。私が夫と離婚を決めて、家族がバラバラになってしまいましたから、色々我慢しているんです」


 ふぅっと溜息を吐いて、改めてイズムスを見た。


「あの、良かったらこれどうぞ召し上がってください。さっき作ってきたんですけど、王様にも評判だった白パンです」

「あ、ありがとうございます」


 籠から一つ取って手渡すと、イズムスの表情は真面目な顔をしていた。


「俺、先に部屋に帰る」


 少しばかりむくれた葉平は持ってきたパンを持って先に帰ってしまった。それなら、私も一緒に戻ろうと思ったんだけど、今度はそれをイズムスが止めてくる。


「フタバ」

「何ですか?」


 何となく、男性に名前で呼ばれると落ち着かないのよね。

 特に何があるわけじゃないんだけど……。

 だから何でもないように振り返ると、イズムスは手にしていたパンを見つめながらボソッと呟いた。


「フタバもヨウヘイも……、凄く頑張り屋さんですよね」

「え?」


 ん? 何がどうしたって言うんだろう?


 不思議に思って、体ごと彼の方へ向くとイズムスはにっこりと笑ってこちらを見つめてきた。


「ヨウヘイから色々聞きました。ここへ来る前も毎日毎日仕事も家の事も頑張っていて、休みの日にもヨウヘイの遊び相手になったりしてくれていて、一番の頑張り屋でカッコいいのはフタバだって」

「葉平がそんなこと言ってたんですか?」

「はい。とても自慢げに言ってました」


 そんな事考えることもなかったけど、葉平がそんな風に私の事を見ていたなんて、ちょっと驚いた。

 そう言えば前に似たような事を言っていたこともあったけど……。


「フタバは、何でそんなに頑張れるんですか? ヨウヘイの話では、ここではない別の場所から来てまだそんなに時間が経っているわけでもないですよね? 戸惑いとか不安とか、心配はないんですか?」

「私……」


 そういう風に聞かれると、何となく考えてしまう。と、言うよりも、今までは考える余裕もなかった。

 日本だろうがどこだろうが、やらなきゃいけないことは変わらないんだもの。

 もし葉平がいなくて私だけだったなら、そういう事も考えてたかもしれない。でも、葉平がいてくれるから、葉平の為に頑張らなきゃいけなくて……。ここに来てから分からない事が多いけど、辛いとか寂しいとか言ってる場合じゃなく精一杯頑張らないといけないって思うわけで……。


 それだけ私が頑張る理由があるとするなら……。


「……それは全部、葉平を守るためだから」


 持っていた籠をぎゅっと掴んで、笑いながらそう言った。


「だって、私はあの子の母親ですもの。あの子にとって頼れるのは私だけしかいないし、あの子の幸せを誰よりも願い、誰よりも愛してあげられるのは私だけ。自分の命よりも大切なあの子がいてくれるから、私はどんなことでも頑張れるんです」

「……」


 自分の子供が不幸になったり不安になったり、しなくてもいい心配をさせないように気を張っていなきゃやっていけないもの。

 まぁでも、余計な心配はどうしてもかけてしまっているようだけれど……。


「僕も、あなたのように強くなれるでしょうか……」

「きっとなれます。守るものが出来た時ほど、人は強くなるものだと思いますよ」


 そう言ってニッコリ笑うと、彼は自分のポケットからハンカチを取り出してそれを私に差し出して来た。淡い緑色で、金色の刺繍糸で紋章のようなものが縫い付けられている綺麗なハンカチ。


「これはパンのお礼です」

「え? あ、ありがとう……?」


 不思議に思いながら王宮内に戻り、籠を置きに再び厨房へ行くとフローラさんとコックさん達が一斉にこっちを見てきた。


「んんんまああぁああぁっ!! どうしたの!!?」


 私の顔を見た途端、椅子に座っていたフローラさんが派手な音を立てて立ち上がり、両手に頬を当てて叫んだ。かと思うとドスドスと床を踏み鳴らしながら私の前に来て、私の肩をがしっと掴んでくる。


 ちょ、何? 怖……っ!


「な、何ですか?」

「何ですかじゃないわ! どうしたのよ!? 何があったの?」

「何って……何がです?」

「ちょっとちょっと、大丈夫?! あなた、自分が泣いてる事にも気づいてないの?」


 泣いてる? 

 私、別に泣いてなんか……。


 そう思ってなんとなく頬に手を伸ばすと、ぽろっと涙が伝い落ちているのに気が付いた。


 ええ? 何で?


「誰かに何かされたの!? さてはここのコックの誰かが何かやらかしたんじゃないわよね!?」


 ギラギラと光る、男のフローラさんの鋭い眼光が背後にいるコックさん達に降り注がれると、その場にいたコックたち全員が青ざめた顔で、それは面白いぐらい全員同じタイミングで首を左右に振った。


 って言うかそれ、明らかに無理があるでしょ。

 さっきまであなたとここにいたコックさん達が、どうやってやらかすって言うのよ。


 「何かやらかしたら許さないんだから!」と、念を押すように睨みを利かせるフローラさんに、私は思わず笑ってしまう。

 この人、すっかり私の味方みたいになっちゃってるわ。


「あら……?」


 獣のように剥き出しの怒りを見せていたフローラさんが、ふと私の手に持っていた籠の中のハンカチに気が付く。そしてそれを拾い上げると、まじまじと食い入るように見つめる。


「あ、それは……」

「こ、これは!? これどうしたのよ!?」

「あ~……えっと……」


 彼がここまで食いつくってことは、このハンカチになにかあると言う事よね? 全部話しちゃったら葉平もイズムスも、せっかく見つけたあの憩いの場所が無くなる気がする。何て言ったらいいんだろう……。


「さ、さっき、そこで拾ったんです」

「な、何ですって!? と、言う事はまだ近くにイズムス様はいらっしゃるのね!?」


 何とか取り繕うようにそう言ってみたんだけど……。


 あれ? おかしいな。フローラさん、さっきまで私の心配してませんでした?


 ハンカチを見た瞬間の目の色の変わりようは、すさまじかった。

 頬を紅潮させて目を見開いて、ちょっと鼻息荒くなると体中を打ち震わせながら、突然自分の体をぎゅうっと両手で抱きしめる。


「はああぁあぁん! 愛しのイズムス様がいらっしゃってるなんて!」


 うわぁ……そっちかぁ……。


 見えないはずのバラが、彼の背後に見えたような気がした。

 ふとコックさん達を見ると、彼らも苦笑いを浮かべて身を引いている。


 するとフローラさんは「こうしちゃいられないわ! ダーリン! 今会いに行きます!」と叫び、厨房の扉を勢いよくドーンと開いて駆けだして行ってしまった。


 残された私はただポカンとその場に立っていた。


 ははは……何か、私が泣いていた理由は良く分からないけど、全部あの人が持って行ってしまったな。

 それにしても、ダッシュで追いかけてしまうくらいフローラさんはイズムスが大好きなのね。


 確かにイズムスは綺麗な顔立ちをしていたっけ。鼻筋も通っていて、かなりの美男子ではあったな。きっと他の人からもすごくモテるんでしょうね。そんな雲の上のような存在の彼と私をくっつけようと奮闘していた葉平は、子供だからしょうがないけど、現実を分かってないなって思う。


 籠をテーブルの上に置くと、下に落ちていたハンカチを拾い上げながら思い出していた。


 あんな風に聞かれたことなかったから、考えもしなかったけど……。でも、何かああいう話が出来てちょっと気持ちが楽になったかも。別に相手は何の気もなく疑問に思ったことを聞いてきただけだろうけど、それも優しさだったと素直に受け止めておこうかな。


 私はハンカチを綺麗に畳んでエプロンのポケットにしまい込んだ。

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