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困った出来事は山積みです

 王様の為に焼いた白パンを他の料理と一緒にコックさん達に運んでもらった後で、私は新しいパンの生地を捏ねて発酵させている間に中に入れる具材を何にするか考えていた。


「この世界のパンは何も入ってない固いのが主流で、固さを改善しただけで人気が出て、ちょっと総菜を加えたパンも人気っていう事は、案外シチューパンも受けがいいのかも……」


 まあるく膨らんだパンを見つめ、私の母ぐらいの代で流行ったシチューパンを思い浮かべる。

 しっかり焼いた丸いパンをくり抜いて、中にビーフシチューとかクリームシチューとか、クラムチャウダーなんかも入れて食べるタイプのパンが、この世界でも流行ったりしないかと模索する。


 一度に二度おいしいと思うのよね、あれ。

 日本じゃ一斤の食パンをくり抜いてることが多いけれど……。

 あとは不動のハニートースト! 一斤の食パンに切り目を入れてバターと蜂蜜をたっぷりかけて、てっぺんにはアイスクリームが乗ったデザートパンもいいなぁ。

 細長く焼いた小さめのパンに、練乳クリームを挟んだのもシンプルでいいわよね。

 

 総菜パンなら、やっぱりコッペパンは外せない。焼きそばとか魚のフライとか挟んで食べるふわふわもちもちのコッペパン。あれは絶対美味しい。

 私的おすすめはイカ墨を練りこんだコッペパンにイカフライを挟んでタルタルソースをかけたやつ。

 めちゃくちゃシンプルな塩パンも捨てがたい……。


 ……あぁ、やだ。日本で普通に食べてたパンを思い出したら、全部食べたくなってきたぁ……。

 

 一人でうっとりとした表情をしながら、頭の中に浮かんだ大好きなパンの数々を思い出してると、フローラさんが豪快に厨房の扉を開けて入ってきた。そのあまりの勢いに、扉が壊れるんじゃないかと思うぐらい。


「フタバ! あなたの焼いたあの白パン、大好評よ!」

「へ? あ、そうですか。それは良かっ……」

「だから追加ですぐに焼いてちょうだい! 王様も、いつも小食の王妃様もお代わりが欲しいそうよ!」


 「ついでにアタシもね!」と、どさくさに紛れて付け加えるフローラさんに、私は苦笑いを浮かべる。

 やっぱり何だかんだ言って気に入ってんじゃない。素直に認めてくれたらいいのに。


 それはともかく、急ぎで白パンが欲しいっていう王様たちの要望なら、焼かないわけにはいかないわよね。あらかじめ新作用と、使用人さんやコックさん達にも食べてもらおうと思って多めに捏ねておいてよかったわ。 


 私は丁寧に生地を丸めなおして再び窯の中に入れる。

 ひとまず焼き上がるまで少し時間があるから、次の生地を仕込んでおこうかしら。


 新しい小麦粉を台の上に置くと、キャサリンがその大きな巨体に似合わない動きでもじもじしながら、私を見下ろしているのに気付いた。


「何ですか……?」


 やや内股気味になって人差し指を台の上でぐりぐりと照れたようにいじるその姿、普通に怖いんですけど……。


「あ、あのね……アタシね、あなたのパンの腕、認めちゃおうかなって思ってるの」

「はぁ……」


 ……何。


 告白する前の女の子みたいなその言い方とか仕草とか……。ちょっと怖い通り越して気持ち悪い入ってるんですけど。


 きっと私、今もの凄い冷めた目で彼のこと見てるんだろうなって自分でも分かってるんだけど、どうしてもそうなっちゃうのよね。


「だ、だからね、その……次に焼いたパン、アタシにも多めにちょうだい!」


 ……そこ?


 さすがその体に見合った……と言ったら怒られるかしら。でもなかなか食い意地が張ってるわ。まるで子供ね。

 真っ赤な顔を両手で隠しながら「きゃ、言っちゃった!」とか「やだもぉ~! 別に意地汚くなんかないんだからね!」とか言ってクネクネしている姿をみてると、冷めると言うより呆れて思わず笑ってしまった。


 もう……、仕方がないなぁ。 


 結局、フローラさんはハッキリとは言わないけど私を認めてくれたって事だし、よくよく考えれば食い意地が張りたくなるくらい美味しかったって事なのよね。そう考えれば悪い気はしない。


「……ふふふ。分かりました。じゃあたくさん焼いておきます」

「あら、ほんと!? やったぁ~!」


 ひときわ大きな声でそう叫んだ瞬間、他のコックさん達が厨房に入ってくる。その途端、彼は咳ばらいをしながら何事もなかったかのように私に視線を向けた。


「そ、そういう事だから、頼んだわよ!」


 何て、すました顔で颯爽と歩いて行ってしまう後姿を見送る。 


 はいはい。分かりました。

 あなたがどんな女子よりも女子らしく、ツンデレさんだってことがね。


 くすくすと笑う私を、他のコックさん達は不思議そうな顔をしてみてきた。

 ウキウキした様子を隠すことが出来ないまま、自分の持ち場に戻ろうとしたフローラさんがふと、何かを思い出したのかピタッと動きを止めたかと思うとぐりんとこちらを振り返ってくる。


「ああ!! そうだ! あとね、聖女様が酷くあなたのパンに感激していたようで一度会いたいと言っているそうよ!」

「聖女様……?」

「そうよぉ。知らないの? 聖女様はこの世界の闇を払って救って下さる尊い存在よ! 王様と同じくらい尊い存在なんだから!!」


 ……へぇ。そうなんだ。


 私は物凄く淡白な考え方をしているのかしら。今までがむしゃらに生きてきたから、そう言うのって何か現実味がないと言うか他人事と言うか……。

 まあ、そもそも私にはあまり深く関わることもないでしょうし、この国の在り方にどうこう言うつもりもないしね。郷に行っては郷に従えと言うし、それとな〜く関わればそれでいいんじゃないかしら。だって、私はしがないただのパン職人だもの。


「その聖女様には、いつお会いすれば良いんです?」

「今よ」

「今!?」


 え、随分性急じゃない? 今って何処で会うのよ?


 そんな事を思っていたら、突然バーンと豪快に調理室のドアが開かれ、この場にいる全員が驚いて一斉にそちらを振り返った。


「わぁ! いい匂い! ここで作られているのね!」


 何とも場違いな、鈴を転がしたような声が響き渡り綺麗なドレスを身にまとった女の子が入ってくる。後ろについて来ていたお付きのメイドさんは少しオロオロしているような感じだったけど、女の子は素知らぬ顔で厨房に入って来る。そしてキョロキョロと見回し、私と視線がかち合うと目を輝かせて小走りに走り寄ってきた。


 え、ええ?? も、もしかして?


「初めまして! 私聖女のアユと言います! 今日食べたパン、凄く懐かしくて感激しました! 聞いたらこのパンを作ったのが異世界から来た人だって言うから、何か凄く親近感湧いちゃって! 見た感じ、日本人ですよね? 嬉しいなぁ、ここで日本人に会えるなんて。これからも仲良くしてくださいね!」

「え……あ、はぁ……」


 う、うわぁ……凄い。フローラさんとはまた違う意味で圧が凄い。確かにサラサラの黒髪で可愛い顔をした子だけど、何かちょっと……ズレてる? 他人との距離感が分かっていないって言うか……。って、待って。今この子日本人って言った? と、言う事はこの子も日本から来たの?


「は、初めまして。双葉と言います。えぇっと……アユさん?」

「はい! アユです!」


 私の手を握って嬉しそうにするこの子も、何だか子犬みたいに見えてしまう。

 私何か変なフィルターかかってるのかしら。


「同じ日本人同士仲良くして下さい! 私今まで一人ぼっちだったから寂しくって……。でも、同じ境遇の双葉さんがいるって分かったら、凄く元気になります!」


 目をウルウルさせながら話すその仕草。あ、あざとい……。

 多くをこちらに語らせる事をさせないその圧倒的な喋り方に気圧され過ぎて、私が二の句を告げられずにいると背後にいたメイドが「聖女様、そろそろお茶のお時間が……」と声をかけてくれたことで、私の手を握っている手がようやく離れた。


「あ、そうだった! いっけな~い! じゃあ双葉さん、私もう行かなくちゃいけないんで、また会ったら声掛けて下さいね!」


 アユと名乗る聖女様は勝手に言いたい事言って帰ってさっさと行ってしまった。

 さすがのフローラさんも何も言う余裕がなかったみたいで、だんまり決め込んでいたし……。と、言うか嵐みたいな子だったわね……。


 残された私たちが、思わずポカンとしてしまったのは言うまでもなかった。



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