7 答えは案外身近なところに転がっている
「そもそも、小山は霜月とどれくらい話したことがあるんだ?」
熱意に押されて忘れていたが、これは重要な点だ。顔見知りか、そうでないか。この二つには大きな違いがある。
すでに何度か会話をしていて、顔見知りであるのなら、一軍である小山の会話スキルを鑑みるにすぐ仲良くなれるだろう。
しかし、話したことのない他人。つまり相手のことを全く知らない状態で仲良くなるのには、中々の時間を要する。
その確認をするために問いかけてみたのだが、小山は髪をくるくるいじりながらその、と言いずらそうにした。
「い、一度も、ない……です」
なんだろう、今とんでもないことを言われた気がする。
「え、今なんて?」
「だから、一度もないの!」
思わず聞き返した俺に、小山は切れ気味に問いを返した。
「え、あの小山夏葉が?一度たりとも話したことがない?」
「うう、だっていつもみたいに話しかけようって思っても、直前になって尻込みしちゃうっていうか、昔の私に戻っちゃう感じがして、私なんかが話かけてもいいのかなって」
おい、普段クラスで見せてる、はつらつな性格は何処に行ったんだよ。俺の中にあった小山のイメージがガラガラと崩れていく。
これじゃあまるで、俺と同じぼっちの考え方じゃないか。ああ、克服しただけで彼女の根幹は陰気なほうだった。
「やっぱり、無理なのかな……」
小山は顔をうつむかせる。
「そうとも限らない。もう一度聞くけど、小山と霜月はほぼ初対面なんだろ?」
「……うん」
「逆に考えよう。まだ初対面でよかったってな。あるだろ?第一印象で八割はその人のことが分かるって。つまり今、小山は霜月との関係の八割を決められる立場にあるってことだ」
八割は少し言いすぎな気がしないでもないが、第一印象が大事だという事は本当だ。初対面で、丁寧な物腰の人物と、荒々しい人物。どちらと友達になりたいかと聞かれたら、十割が前者を選ぶ。
「確かに!」
「だから今考えるべきはどう知り合うかだな」
目指すべきところが見つかったこれは非常に喜ばしいことだ。しかし、大事なことを失念していた。それは、俺が筋金入りのぼっちであるという事。
今まで語ってきたことも所詮は知識だけ。経験が伴っていないから方針が決まっても、どう動いていいかわからない。
悲しきかな、定めからは逃げ切れなかったよ。
その後、いくつかの案は出たがどれもパッとせず、明日結論を出すということで、放課後の会談は一先ずお開きとなった。
夜、家のソファでダラダラとしていると、春がノートと教科書を持ってやってきた。
「お兄ちゃん、勉強教えてー」
「おう、まかせろ」
妹に頼られる。兄にとってこれ程嬉しいことはない。俺は文系大学志望なので、文系科目はもってこいだ。理系科目?存じ上げませんね……
すっと起き上がり、机に広げられたノートやらを見る。
ふむ英語か、得意科目ではないが、不得意というわけでもないので、中学生の範囲なら十分教えれるだろう。
「どこが分からないんだ?」
「えっと、こことここがね……」
◇
「んー、勉強したぁー」
春が天井に届きそうなほど大きな伸びをする。
「頑張ったな」
時刻を見ると十時ピッタリ。受験生はもう寝る時間だろう。
妹をねぎらうため、湯気が上がっているホットココアをことりと机に置く。
「これ飲んだら歯磨いて寝ろよ?」
「えーお兄ちゃん、珍しく気が利くじゃん!」
「珍しくとはなんだ、珍しくとは。お兄ちゃん普段からしごでき!だろ?」
「だからそれなんなの……」
ココアに口を着けながらほうとリラックスしている春を横目に、コーヒーに口をつける。え?夜中にカフェインは良くないって?俺は受験生じゃないから夜更かししたっていいんだよ。
「そういえばさ……」
「んー?なにー?」
「もし友達作りに困ってる知り合いがいたとして、それに助言するとしたら、春はなんていう?」
そう何気なしに聞いてみる。
「お兄ちゃんって、友達がいないことで悩んでるの?」
「俺じゃねーよ。知り合いだ」
春は少し悩むような仕草をした。
「私なら、何も言わないかな」
「どうして?」
「だって、友達になるかどうかなんて、相性の問題じゃん。仮面を付けて友達になったとしても、疲れちゃって長続きしないよ」
なるほど、変な小道具を使ったところで、長続きしない。
「それだ!」
「うぇ?」
こんな簡単なところに、答えは転がっていたのか。早速明日になったら小山にこのことを伝えなくては。
「ありがとな、春」
「解決したのなら、どういたしまして?」