6 友達
週明けの月曜日。死んだ顔をしながら登校している生徒が多い中、俺は自身の下駄箱の前で立ちすくんでいた。
通り過ぎる他生徒たちから怪訝な顔をされるが、今はそれが気にならないほど視線が一転に釘付けになっている。
四角い空洞。いつもは上履きしか入っていないその場所に、なんと一枚の手紙が入っていたのだ。
これはあれか?ラブレターとかいうやつなのか?いや断定するのはまだ早い。中身を見てみたらあなたが嫌いです、という逆ラブレターかもしれない。
破れないよう慎重に開け、中の紙を確認する。
内容は……
『今日の放課後、別棟の空き教室に来てください』
と書かれていた。
……え、本当に?
この後、放課後までの時間は全く身が入らず、霜月に「体調不良なら、早退したほうが良いわよ」と言われてしまった。……そんなに挙動不審だっただろうか。
そして放課後、誰もいない空き教室で手紙の主を待っている。
俺はここに来たことを後悔していた。良く考えれば、友達のいないぼっちに告白する酔狂な人間など、はたして存在するだろうか?もしかして今も誰かに自分の姿を取られていて、ドッキリ大成功―!とか言って教室に突撃してくるんじゃないか?
憶測でしかない考えが頭の中で現実味を帯びてきたころ、少し立てつけの悪いドアがガララと不規則な音を立てて空いた。
誰の声も聞こえない、静かな空き教室の入り口。そこには、クラスメイトの小山夏葉が立っていた。
◇
「こ、こんにちは」
小山は前髪をいじりながらそう言った。
「あ、ああ。こんにちは」
手紙を送ってきたのが、小山だった?あまりの衝撃にオウム返しのような言葉しか出てこなかった。
どうやら一人のようで、廊下に人の気配があるなどもなく、ドッキリの可能性は薄そうだ。
小山と俺の間に気まずい無言の時間が流れる。そういえば前の週にもこんな感じのやり取りをしたような気が……
「この前は私から話しかけたのに、急に帰ってごめん」
小山は一度大きく深呼吸をすると、意を決したようにそう切り出してきた。
「別に、気にしてないぞ」
ぼっちにとって、会話が急に終わることは日常茶飯事。あの後、家に帰って何かキモイ行動でもしただろうか、と自問自答したのは内緒だ。
「そっか。それで、ここに居るってことは手紙……見たんだよね」
「そりゃあな」
「じゃあ聞くけど、草壁君って霜月さんと仲がいいよね?」
「はい?」
何故ここで霜月の名前が出てくるんだ?というか今、俺と霜月の仲が良いって言った?俺たちの関係は友達などではなく、どちらかというと主従関係の方が適切だと思うんだが。ちなみに俺が従者の方。
「え、違うの?」
「いや、俺と霜月は友達ダヨ」
反論したい気持ちになったが、これ以上事態をややこしくしたくないのでやめておく。
「よかったぁ」
いや何が。さっきから会話の要領を得ない。
「結局呼び出された理由は何なんだ?俺と霜月の仲が知りたかっただけなのか?」
小山はそれもあるけど、と前置きをして
「彼女と、霜月さんと、友達になりたいんです!」
そう言い放った。
クラスで人気者の小山が、冷酷な霜月と友達になりたい?
「そりゃまたなんで?言っちゃなんだが、小山は友達多い方だろ?別の奴でもいいんじゃ……」
「霜月さんが良いんです!」
小山の意思は固そうだった。
「あの、これ見てください」
そう言って差し出される携帯の画面。中には、黒髪ロングの三つ編みで眼鏡をかけた正に文学少女といった風貌の女性が写っている。
「これは?」
「中学の時の私です」
「ええ!?」
画面に写っている少女と小山を見比べる。確かに似通っている部分はあるかもしれないが、髪の色や眼鏡をかけていないこと。何より纏う雰囲気が全く違った。
「私、こんな感じだったから中学でいじめられてて……」
小山は悲痛な面持ちで話し始める。
いじめか、俺もされた経験がないというわけではない、机に落書きされたり、上履きを隠されたり、流石に画鋲を入れられるといったことは無かったが。
「最初はなんか悪口言われてるな、くらいの小さい事だったんです。我慢してれば、いつかおさまるだろうって。でも、だんだん過激になってきて、先生にいっても話半分で聞いてくれなくて、学校に行きたくないって思うくらいに追い詰められてて。そんな時、霜月さんが助けてくれたんです」
小山が語った暗い過去。確かに霜月の性格上、いじめを見過ごすことなどしないだろう。真正面から鋭い言葉を相手に放っている姿が容易に想像できる。
「憧れて、対等になるために今まで意識してこなかった見た目とかも気にするようになって。必死に努力を積み重ねて。でも、霜月さんとはまだ友達になれてない」
だから普段から仲良さげな俺に手伝ってほしい、と。実際のところ、小山の努力は十分実を結んでいる。
今のクラスにおける立ち位置が、それを物語っていた。
しかし、それではだめなのだろう。小山という少女にとって、友達の数はさほど重要ではないのだ。
大事なのは、霜月という自分を救ってくれた救世主が友達であること。ただそれだけ。
「分かった。手伝うよ」
「え?」
「霜月と友達になりたいんだろ?」
正直言ってめんどくさい。唯我独尊を地で行く霜月と友達になるなど、難易度が高いなんてレベルじゃない。
だが、話したくないほどつらい過去を、決死の覚悟で話してくれた彼女を見捨てるほど、俺は腐った人間ではなかった。