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5 ポップコーンはキャラメル派

 駅から数十分ほどバスに乗り、降りてから数分歩いて映画館に到着した。

自動ドアをくぐると、少し暗いロビーとポップコーンの香ばしい匂いが歓迎する。

 映画館にはあまり行くタイプではないのだが、こういった落ち着く雰囲気は嫌いではない。いやむしろ好きだ。

 特別な場所に来たような感じがするし、ワクワク感が数倍上がる気がする。

 個人的にはもう少し暗かったら完璧なのだが、それは求めすぎだろう。


「はい、これ」


 と言って霜月がチケットを差し出す。

 どうやら事前に予約していたようで、これにはしごでき!という他なかった。もっとも口に出すと、馬鹿にされるのが容易に想像できるので心の中でだが。


「あんがと」


 財布から千円を取り出してチケットと交換する。

 ふむ、席の場所はちょうど中心の席二つ。完璧な場所過ぎて霜月に拍手を送りたい。

 映画館で映画を見るにあたって一番重要なことは何か? それは席の位置だ。

 座った時、真正面にスクリーンがある席がベスト。脇にそれた席はなんか違う感じがするし、最前列なんかで見ようとした日には首が破壊されてしまう。


「あとは……飲み物とポップコーンか」


 席の確認を終え、売店の上に乗っているメニューを見る。やはり目が行くのはポップコーン。映画館に来て、ポップコーンを頼まない人など存在しないだろう。味は……


「キャラメルだな」

「塩ね」

「「え?」」


 聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、霜月の方を向くと彼女も同様にこちらを向いていた。

 お互いがお互いを信じられないという目で見あう。


「映画館と言えばキャラメルだろ。塩とかシンプルすぎて、食べ切る前に飽きるって」

「分かってないわね、そのシンプルさがいいの。私からしたらキャラメルのほうがくどくて食べきれないわよ」


 分かってないのはそっちの方だろ!と言いたいのを何とか抑える。

 言うなればこれはたけのこの里ときのこの山理論だ。どちらの勢力に所属している者もこちらが一番だと信じ譲ることはない。ゆえに平行線のまま、話がこじれていくのだ。

 因みに俺はたけのこ派だと表明しておく。


「はあ……いったい何をしているのかしら……」

「……全く同感だ」


 思い出せ、今日の目的は映画を見ることであって、ポップコーンについて議論しに来たわけではない。

 適当にポップコーンを選び、飲み物は……コーヒーでいいか。

 指定されたスクリーンに向かい、取ってある席に座る。

 

 上映まであと少し。カメラを被った泥棒がパトランプ頭の警察に捕まっているシーンが映っている。

 座席が埋まっている割合はまちまちと本当に面白いのか不安になってきたころ。霜月が服の裾を引っ張ってくる。


「なんだよ?」


 俺が霜月の方を向いたその瞬間、膝に置いていたポップコーンが華麗にかすめ取られる。

 おい、ポップコーンは塩派じゃなかったのかよ。誇りを捨てんなよ。


「何かしら? 私はくどいとは言ったけど、嫌いだとは言ってないわよ」


 非難めいた視線など何のその、当たり前のように消えていくポップコーン。

 確かに、霜月は嫌いだとは言っていない。これが叙述トリックとかいうやつなのか?*違います

 だが甘い!その理論を使うなら、俺も塩味を拝借していい事になる。

 俺は塩味のポップコーンに手を伸ばそうとして……やめた。まあ、今回は許してやろう。決して日和ったとかそういうわけじゃない。



 映画の中盤、部屋の陰から得体のしれない何かが、ばっと飛び出してくる。


「きゃっ!」


 驚いた霜月が小さく悲鳴を上げた。

 今のは俺もびっくりした。個人的にゆっくりと迫ってくる系のホラーは平気なのだが、急に来る系は勘弁願いたい。

 いまも心臓がバクバクと音を鳴らしている。

 え、心音聞こえてないよね?と不安になって霜月の方を見ると、彼女の手がどこかに伸びていた。その先をたどると俺が着ているシャツまで伸びており、真っ白な布地がぎゅっと握られていた。

 気にはなったが、震えながらも齧りつくように映画に視線を向ける霜月を見ていると指摘することもできず。どうしたものかと困っていたが、映画を見ているうちにそちらに引き込まれて、次第に気にならなくなっていった。


 それから数十分後、スクリーンにはエンディングが流れている。

 気が早い者は早々に立ち上がって退館していったが、俺は涙をこらえていた。

 なんだよ、ホラー映画なのに泣かせてくるなよ……

 特に終盤のあそこのシーンは堪え切れずにちょちょぎれてしまった。

 これは見に来る価値があった。春にホラー映画?と最初は疑問に思ったが、ホラーの皮を被った感動映画だったとは。

 この気持ちを誰かに共有したくて霜月を見ると、彼女も目をハンカチで抑えていた。


「おもしろかったな」

「ええ、原作の雰囲気も壊さずにいい流れで進んでいて、また見たいと思える作品だったわ」


どうやら霜月は原作のファンだったらしい。好きな作品が高いクオリティで映画化されたら、その感動もひとしおだろう。


「取り敢えず出るか」

「そうね」


 その後、近くのカフェで小一時間ほど語り合ってしまった。

 久しぶりに罵倒が飛んでこない会話をした気がするが、非常に充実した時間だったと言える。

 お互いに満足して解散になったその帰り道、ふと思い出して霜月に握られていたシャツの部分を見ると、くしゃくしゃになってシワがついていた。

 まだ跡が消えないなんてどんだけ強く握ったんだ……とは思ったが異性と出かける際の必要経費と考えたら安いものかもしれない。


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