4 慣れないことをすると挙動が怪しくなる
来たる土曜日、俺は宇都宮駅の前で人の往来に辟易としていた。
あー餃子のとこね。というイメージの宇都宮だが、県庁置かれている市だけあり、流石に人通りが多い。
店のガラスに反射しているのは、らしくもないおしゃれをした自分。
(はあ……どうしてこんなことに)
そんな自分を見て、朝の出来事を思いだす。
◇
「お兄ちゃん、今日霜月さんとデートしに行くんでしょ?」
日曜日でないだけましだが、貴重な休日が実質的に消滅したことでブルーになっていると、春からそんな言葉が投げかけられる。
「いやデートじゃないが……というかなんで知ってるんだ?」
「ふっふっふ。妹のネットワークをなめちゃいかんですよ」
春はドヤ顔をしながら自慢げに言う。
「あっそ」
恐らくトークアプリで、起きているかの確認をして欲しいとでも頼まれたのだろう。
少し前の朝といい、いつの間に連絡先を交換したのだろうか。やけに仲が良いとは思っていたが、春が霜月の悪い部分(主に性格)を受け継がなければいいのだが……
「それでなんだけど……お兄ちゃん、ホントにその格好で行くの?」
「? 何か問題でもあるのか」
自分の姿を鏡で確認すると、謎のメーカーのロゴが入ったTシャツとジーパン、はねた髪に眠そうな目をしたいつも道理の自分が映っている。
「問題しかない!まず髪、寝癖くらい直しなよ!次に服装、お母さんに買ってもらった感強すぎでしょ!」
春がビシィと効果音が付きそうなほど力強く俺を指差す。
「ええ、猫カフェに行くくらいでそんなに気合い入れなくても……」
そう反論すると、分かってないとでもいうように首を振る春。
「女の子と出かけることになったら、最低限のおしゃれくらいしないと!」
そ、そういうものなのか?
「でも俺、おしゃれな服とか持ってないぞ」
思い浮かぶのはクローゼットの中身。あの中でいうと割とマジで制服が一番おしゃれかもしれない。
それに関してはお任せあれと、春は親指を立てた。なんでもこんな事態がいつか起きるだろうと予測して、事前に俺の口座に入っている金で服を買っておいたらしい。
俺はありがとうと礼を言うべきなのか、勝手に口座を使われたことに怒るべきなのか、判断がつかなかったので、
「流石は自慢の妹!しごでき!」
と陽キャの真似をしてみたのだが……
「お兄ちゃん、やっぱりキモイ」
引かれてしまった。許さん、許さんぞ!陽キャめ!
◇
とまあこんな感じで色々あって、慣れない恰好と人の多さで既に体力が削られている。
時刻は十時、待ち合わせの時間まで後十分ほどでそろそろ来るだろうか、と辺りを見回すとひときわ目立った存在が近づいてきた。
「早いじゃない、待ったかしら?」
そう声をかけてきた霜月は、黒地のワイドパンツに青味がかったブラウスを着て、首にはワンポイントのネックレス、全体的にシックな雰囲気を纏っている。
普段は制服姿のイメージがあるため、見慣れない服装の霜月を見て少し動揺してしまう。
「お、おう。十分くらいな」
「そこは今来たところだよ、くらい言いなさいよ」
霜月があきれ顔で指摘する。
しかし、それを俺に期待するのは間違っている。なんせ女子とどころか、友達と出かけた経験すら少ないからな! 因みに出かけた数回はついで的な扱いだったぞ!
「でも、変に着飾らずシンプルな服装で来たのは高評価ね」
霜月から褒められるという異常事態、明日は雨が降るかもしれない。
出来れば今すぐ降って今日の予定が中止になってほしいものだが。
「あ、ありがとう?」
「なんで疑問符がつくのよ」
今の服装は無地の白Tにジーパン、その上にカーディガンなのだが意外にも高評価を貰えた。果たして指摘される前の服装で来ていたら、どんな罵倒が飛んで来たのか想像もしたくない。
春によると「お兄ちゃんは顔とスタイルはまあまあだから、大事なのは清潔感!」らしく、的確なアドバイスが出来るのは流石我が妹と言ったところか。
「それで、この後はどうすんだ? 映画を見に行くってことしか聞いてないけど」
「そうね……バスが来る時間も迫っているし、早速行きましょうか」
そう言ってすいすいと行き交う人をすり抜けながら進んで行く霜月。一見すると冷静なように見えるが、その足取りは速足と言っていいほどで、楽しみにしているのを隠せていない。
俺としても映画館に行くのは久しぶりなので、ちょっと楽しみだ.