ここから始まる
「あの、一つ気がかり……というか、どこかおかしかったのです」
フィアが手を挙げて話し始めた。
「王族である以上、国の情勢や知っておかなければいけないことは学ばされました。当然、奴隷制度についても。奴隷といってもモノ同然に扱っていいわけではありません。仕事を与えたり、身の回りのお世話、用心棒など皆正しい目的を持って奴隷を保有しています。今回私がされたように人を攫い、違法に奴隷商売を行う人達もいますが、どうにも格好と言いますか、そのような非道をする人達には見えなかったのです」
「フィアを攫ったのは現国王に関係している人間じゃないのか?」
「おそらくそうですが、森で運ばれている中で目を覚ました時には違う人でした。その人達は見た事のない防具を着けていて、とても奴隷売人とは思えなかったのです」
「嬢ちゃん、その見た鎧はどんななんだ?」
爺さんが若干食い気味にその防具についての詳細を求めてきた。
なにか心当たりでもあるのか。
「えっと、色はよく見る銀色のものなんですが、王都の冒険者方が着用している防具とはまるで違うのが、身体の関節部分以外の全身を覆っていたんです。今考えたら、あれほど用意するのに相当なお金を要すると思います」
節以外を覆った全身防具とくれば、思い当たるのは一つしかない。
しかしそうか、俊敏性を維持しつつ防御力を上げるとなると部分部分に必要なだけの最低限の防具を身につけるだけでいいのか。
途中でてきた"冒険者"というのは初めて聞いた。名目上は俺とミクも冒険中だから、同じようなものなのだろうか。
この空気でそれを質問するのは流石に控えるべきか。
「そうか……そんなものは見たことないな。そりゃメイヴェーリの騎士団でも冒険者でもねぇ」
「それは多分、鎧というものだ」
さまざまな言葉が地球と同じなのに鎧はこの世界では聞かない言葉なのはいったいどういう設定なのか。
「それはわしも知らなかった。そんな防具もあるのだな……」
とはいえ、その謎の人物がどうかよりもほぼ黒幕で間違いないメイヴェーリの現国王に聞けば分かることもあるだろう。
「それで、フィアはどうしたいんだ?」
「え……?わ、私がどうしたいか、ですか」
「親父と兄弟二人を殺したお前の叔父に復讐したいのか、もう二度と戻ることなく離れた地で過ごすことを決めるのか。お前の判断が無ければ、俺一人で行ったところでなにも意味はない。選ぶのはお前だ、フィア」
俺だけの意思で乗り込んだところで何を目的としているのか謎だ。例え代わりに俺が彼女の敵討ちと言って現国王を殺せたとしても、それでは彼女の復讐にはならないし、国王がいなくなれば国としてメイヴェーリが崩壊するだろう。
「小僧、その言い方はちと悪いんじゃねえか?嬢ちゃんが今どれだけ辛いかを考えろ」
「王族である方をお嬢ちゃん呼ばわりしている事にも気づいてよ……」
すかさずシャーリンが別方向でツッコミを入れた。
「私、は……できることなら叔父を、私たちを陥れたあの人に罪を償ってもらいたいです。けれど……私にはそんな事をできる力などありません。私では、叔父を倒すことなんてできないです」
自らの両手を握り震えた声で弱音を吐き出した。今の彼女には、これまでのフィアにはまだ誰かの手を借りるということに罪悪感がある。
俺が助けると言っても、やはり他人を巻き込めないという彼女の心優しい思いがそれを邪魔している。
「──アンタさ、兄様の何を聞いてたわけ?兄様はアンタを助けるって言ったの。兄様がそう言ったんだからアンタは絶対に助けられるの。ぐだぐだと弱音言ってないで一度"助ける"と言われたら頼りなさい」
これまで後ろで聞いているだけだったミクが前へ出てフィアの目の前で言い放った。
「良い……のでしょうか、アキさんやミクさんを巻き込んでしまっても」
「私は兄様についていくだけだから。兄様の決めたことが私のすること。だから兄様がやると言ったら私もやるの!」
ミクが自分からここまで他人に主張するのはこれまでも見たことがない。主張の内容は少し懐疑的なものではあるが。
「っ………お言葉に、甘えさせていただきます」
「あぁ、全然構わない」
下唇を噛み締めるその姿は自分自身にやるせない思いがあるのだろう。
本当は、できることなら自らの手で粛清したいと思うのは当然のことだ。
ミクは大事な妹だが、両親を大切に思ったことは一度もない。
毎日のようにミクに暴力を加えていた父親と、ギャンブル漬けで家に帰ってこない母親がいつどこで死んでいようとどうでもいい。
元いた世界に未練がないのはあの二人がいるからなのかもしれない。
外へ出て、村を歩く道中。
「何か思うことでもあったのか?」
「……別にそんなのじゃないですよ。ただ、あの女が兄様の助け舟を無下にしようとしたから注意してあげただけです」
「……そっか」
ミクが変わったのは高校に入ってからだ。
それまで大人しく消極的な性格だったが、やはり原因は言わずとも分かる。
けれど変わったといっても外面的や話であって内の性格は今もそのままだ。他人に対する人見知りは極めつけ、学校で友達と過ごしている風景は見たことないし、決してその事について話したことは無かった。
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数日この村に滞在し、フィアの身体も完全回復に至った。
「それじゃあ、行ってくる」
「あぁ、気ぃつけて行けよ。できることならわしも行きたかったがのう」
「いろいろと世話になった。こんなものまで貰っていいのか」
「服なんぞいくらでも持っていって構わん。ただ服を作るのが好きな婆さんがいるだけだ」
着ていた制服は汚れていたため、別の物をくれた。制服と比べても断然動きやすく、何より肌触りがいい。
「本当になにも武器を持たないでいいのか?剣の一つや二つ持っていて損は無いぞ」
「俺たちの中に剣を使う者はいないからな。持っていても邪魔になる」
「そうか……」
結構残念そうにしながら手に持っていた剣を下ろした。
かと思えば、なぜか鞘から剣を抜き始めた。
「いや、小僧。やはり行く前にお前の力を確かめる必要がある」
突然剣を構えた。
「ごめんね、爺ちゃんはただアキさんと戦いたいだけなの。あんな老いぼれだけどまだまだ現役だって言ってるから」
「老いぼれは余計じゃシャーリン………ほれ小僧、わしに一発当ててみ」
戦い、というよりは単なる一度きりの力試しをしたいわけか。
「分かった。これで納得したら行かせてくれよ」
「当然じゃ」
距離をとり、爺さんと対面する。
およそ30メートル、しかし間合いとしては既に触れられる範囲。
この村に来てからの数日間、毎日のようにこの世界の気を体内に巡らせていた。
だいぶ馴染んだことで力加減も可能になった。
前のような惨事を起こしてはまた一帯の木をなぎ倒してしまう。
「……小僧、手加減をしようというのか?」
途端爺さんから発する雰囲気が丸っきり変わった。
とてつもなく膨大な気配を諸共せず放出している。今までが抑えていたということか。
否が応でも分かる強者から感じる気配に肌がピリつき始めた。殺意だ。
全力を出さなければ殺られてしまう。
「……っ!」
地面を蹴りあげ瞬時に間合いを詰めた。
バゴオォォン!!!
強烈な破壊音とともに衝撃波で砂埃が舞った。
紛れもない全力の一撃。
相手が年寄りの爺さんであることも忘れて放った渾身の正拳だが。
「わっははは。──合格じゃ」
視界があけた先では剣を構えたままの爺さんが立っていた。
服一枚も傷はなく、その場から一歩も動いてはいなかった。あのとき怪物を吹っ飛ばしたものよりも威力があったと自覚していた。
爺さんの足元を見れば、僅かに靴が後退した跡があった。