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この世の不条理

 突然、教室全体の床が光り出した。

 教室にいた総勢40人は異世界へ転移させられたのだ。


 それまで置かれてた机やイスは消えてなくなり、教室だった風景は広々とした空間に変わった。冷たい床に、何メートルもある天井。


「やあやあ、異世界からやってきた方々」


 上から聞こえてきた女の声。

 数段高い位置にある玉座に腰を下ろし俺たちを見下ろす女と、側に立ち武装した男がいた。


「騒ぎ立てる異世界訪問人にわざわざ事の事情を説明せねばならんのは中々どうして面倒でな。転移の際に補足説明となる記憶を埋め込ませてもろうた」


 魔法により地球とは異なる世界へと転移した俺たちは、この世界の住人として戦わなければいけない。

 テンプレ的な魔王、ではなくこの国のために。


「なんで魔王じゃねーんだよ!国のいざこざの為に呼ばれたってのか俺たちは!?」


「そうだと言うておろう……。そなたらを束縛していないだけ有難いと思え」


 転移とともに俺たちを縛って無理やり、ということもできると言いたげな様だ。


「貴様ら異世界住人がこの世界へ来れば魔力総量の差で絶大な力を得ることができる。今すでに、貴様らは元いた世界よりも自由に身体を動かすことができるはずだ」


 武装した男がそう言った。

 各々自分の力を確かめ始めたクラスメイトたちは、軽い跳躍で何倍も先へ飛び、両拳を思い切りぶつければ微かな衝撃波すら発生している。

 この世界ではもはや超人的な力を得たということか。


「しかし稀に、異世界への適合が限りなくゼロに近い者が現れてしまうことがある。生きていくことは可能だが、戦闘能力に関しては雑魚同然だ………」


 ゆっくり俺に視線を合わせながらそう言って、クラスメイトたちも男の視線の先に俺がいることに気がついた。


「秋くん……」


 幼馴染の結奈が心配そうに俺を見る。今にも泣きそうな顔をしている結奈に向かって手で大丈夫とジェスチャーする。


「弱肉強食の世界において弱き者が淘汰されることは知っておろう?我が国の勇者に弱者は必要ない」


 玉座からこちらを見下す女の目は虫でも見るかのようだった。


「秋くん──!」


「いつも寝てるようなやつは、そりゃあ勇者にはなれねぇよな」


「結奈に守られてばっかのくせに、異世界来ても庇われてるとか情けないわね」


 俺が無能と分かった瞬間に今までの鬱憤やら罵倒を投げつけてくるクラスメイトたち。それは結奈以外全員からだった。


「そこでだ、この世の不適合者なるものにはここから去ってほしい。殺しも、奴隷にだってしない、ただ私の前から消えてくれんか」


 争うことなく平和に終わらせたいと言い出す女。横に立つ男に耳打ちをすると、男が何やら袋を投げ飛ばしてきた。

 床に落ちた途端、金属の重い音がした。見なくても分かる、お金だ。


「それを持って、消えろ」


 単なる命令口調へと変わり、人差し指をクイッと向けた先には出口となる門があった。


「………」


 こんなやり方だが、別に憎悪の感情は湧いてこない。お金の入った袋を手に持ち、出口へと向き直る。

 誰も何も言わない。ただ静かに俺を見ている。結奈は泣きながら俺の顔を見ている。


 一歩、また一歩前へ進んでいく。

 いつの間にか門の手前すぐまで来た。


「あ、お金……」


 なぜ今になって、お金を持っていたことに気づいたのだろう。

 何かを握っているという感触はあったのに、何を持っているのかを忘れていた。

 歩くたび振る腕によって、中のお金は互いにぶつかり合って金属の音が鳴る。

 いや、鳴っていなかった。


 一切の音が聞こえなくなっていた。少しの息遣いも、靴と床がぶつかる音も、何一つ聞こえない。

 振り返れば、結奈が泣きながら何かを必死に叫んでいるようだった。けれど俺には何も聞こえない。


 ─────────────────────


 再び出口の門へ振り返った瞬間、目先に刃が見えた。

 そう思ったときには目の前の景色がまるっきり変わっていた。


「スーハー……スーハー………んっ〜……」


「美紅…?」


「はいっ!兄様のミクです!」


 抱きついた状態のまま、顔を上げてそう言ったのは、紛れもない妹の美紅だった。


「なんでお前がここにいるんだよ」


「兄様が行くところには、どこだって着いていきます。それが例え、異世界だとしても」


 今度は俺の胸に顔を埋めた状態でそう話した。大方、俺の後をつけて学校に来ていたのだろう。


「それで、これは一体どういう状況だ…?」


「私が兄様をここまで飛ばしました。あの衛兵どうしますか、殺しますか?」


 嘘をついているようには見えない。だとしたら、俺はやはり殺されそうになっていたのだろう。目と鼻の先に刃先が見えたからな……。


「いや、殺さなくていいよ。ただ美紅がいてくれて助かった。これからのことを考えても、俺一人でどうこうできるとは思えなかったから」


「に、兄様が私を褒めてくれた……♡私はどこまでも着いて行きます。兄様を誰よりも愛しています♡……これほど優しい兄様を殺そうと考える輩は、いくら殺しても殺し足りない……目を抉って四肢を切断して……二度と男として生きていけないようにして」


「殺さないからな」


「はい、兄様♡」


 美紅からは今まで感じたことの無いオーラが漂っている。それにあの一瞬で俺をここまで飛ばしたとなると、力のコントロールもできているのかもしれない。

 さすが美紅だ、もうすでにこの世界に馴染んでいる。


「俺はこの世界の不適合者らしい。おそらく魔法という類の力は何も使えない」


「はい、聞き及んでいます。やはりまずは女王と騎士の男を殺した方がいいですか?」


「それは後だ。まずはこの世界を知らなければいけない。世界を知り、力をつけていく。要するに旅をする」


「……でも、兄様の力ではそんな事をしなくてもいいのではないですか?」


「異世界ではそれも断言できない。全て確実に知る必要がある」


 そのためには身を隠していられない。


「美紅、お前元いた世界に未練あるか?」


「兄様がいれば十分です」


 何を目的として旅をするかという話になるが、俺も美紅も前の世界に未練は無い。

 ろくな両親ではなかったから、常に俺と美紅は一緒だった。美紅が俺に過剰な執着を見せてはいたが、ただ俺がそれを受け止める力があればなんの問題もない。

 その想いが重かろうが異常だろうが、美紅は俺の妹なのだ。


「じゃあ、行くか」


「はいっ!」


 いざ未知なる異世界へ冒険していく──!


「美紅、この手離せ」


「嫌です」


 俺の腰をがっつりホールドした美紅の手は何をやっても離れることはなかった。


   ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊ ﹊


「お、おい……千瀬(ちせ)のやつ消えたのか?」


「一瞬何かが飛んできたように見えたけど……ていうか殺そうとしてなかった?」


 私にははっきり見えた。飛んできて秋くんを抱えていったのは、間違いなく美紅ちゃんだ。

 それに、飛び去る瞬間美紅ちゃんは私を見て笑ってた。

 たぶん、秋くんは大丈夫だ。

 待っててね、秋くん。


「──そなたら勇者には衣食住望むもの全て与えよう。存分に力をつけてくれ」


「おい!千瀬のこと殺そうとしてただろ、いくらなんでも殺すことないだろ!」


「………」


「何か言いなさいよ!私たちだって信用できなくな──…」


「黙れ愚民……それとも貴様が殺されたいか?」


「い、いや……」


「そうか。ではゆっくり休むといい。明日から訓練頑張ってくれ」

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