たまには理知的にな
時計は夜の6時を回る。外には心地いい風が吹いて、家の窓を開けているらしいお隣さんからはキャハハハ、と元気な子供の声が聞こえる。過ごしやすい季節だ。
今わたしは、にいざきの部屋にいる。
にいざき「我がボロアパートへようこそこいずみ。急に呼び立ててごめんな。どうしても今日語りたかったんだ。座ってくれ」
こいずみ「いきなりお呼びがかかったから何事かと思ったわ。それで話とは?」
にいざき「本日私の身に起こったことをぜひ聞いて欲しいんだ」
こいずみ「なんだ気になる入りだしじゃねえか。いいでしょう、語ってみなさい」
にいざき「最近な、イケメンを待ってるだけじゃダメなんじゃないかと思って。こちらもいい女になるために勉強しようとして、本屋にファッション雑誌買いに行ったんだ。そこで起こったことなんだが…」
神妙な顔つきでとうとうと語り出すにいざき。
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書店の雑誌コーナーの前に立ち、百面相で悩むにいざき。黙っていれば割と顔が整っているため、百面相をしなければモテそうではあるのだが。百面相さえしなければ。
にいざき「(やっぱりモテるには服か。それとも化粧なのか?案外適度に鍛えられた体つきなのかもしれない)」
しばらく考えていると「ナチュラル」という項目に分類された雑誌を見つけた。1冊に3つの内容が纏められていて、1つはファッション、もう1つはメイク、最後に美ボディストレッチというまさに全て欲しい情報が載っているのだ。素晴らしい。
にいざき「これだ!」
すぐさま手に取り、買う予定満々である。思った以上に早く買う雑誌が決まったため店内をウロウロしていると。
目の前にものすごくタイプなイケメンが!!
「(おいおいまじか!勉強しようとした事を神がお褒めになってご褒美賜ったのか!?やばいぞ、高身長黒髪の王道イケメンだ、誰もが好きになる!ありがとう神!)」
心の中で感謝が止まらない。あまりのイケメンさに驚き思わずひとつ裏の本棚に隠れる。本棚の角から彼を見ると、どうやら資格取得のための対策本を選んでいるようだった。
にいざき「(なんと!彼は勉強熱心なんだな。あんなに真剣な顔で本を選んで…。内容は違えど私もこれから勉強に励む身。共に高め合おうじゃないか。
仮に同棲してると想像して、もし彼が勉強に疲れたらコーヒーを入れてあげよう。お茶請けはチョコクッキーがいいな、糖分補給だ。あとはリラックス用に大きめのビーズクッションもいるなあ。
も、もし私が疲れたって言ったら肩とか揉んでくれちゃったりして、そしたら私の髪からシャンプーの香りなんかしちゃったりして、彼がそれをいい匂いだねなんか言っちゃたりして。え、良い未来が見える。ちょっと声掛けてみようかな)」
仲間意識をもち勝手に励まし合う姿を妄想するにいざき。キモめである。妄想が止まらなくなる前にある程度のところで切り替え、彼が見える位置までじりじり近づいてみると。
prrrrr…
そのタイミングでにいざきのスマートフォンが鳴り出した。相手はこいずみであり、彼女から電話がかかってくる事は珍しいので話の内容が気になった。店内であるためとりあえず小声で話そうと電話にでてみた。すると。
こいずみ「あ、もしもしにいざき〜??毎日可愛いが溢れるこいずみでーす!今駅前のタピオカ屋にいるんだけどお、目の前に超〜絶カッコイイダンディおじさまがいるの!!
誰かと待ち合わせしてるっぽいんだけど後ろ姿が最高で!背が高くてちょっと焼けててサングラスかけてて!いい匂いしそう〜〜もうヤバーい!ちょっと今から来れない?私だけの心に留めておくのはもったいないからにいざきにも見てほしいんだけど!!!」
急に店内にボリューム大の音声が響いた。にいざきは、スマートフォンをスピーカーモードにしてしまっていたのだ。小さい書店であったし他にいたお客さんも静かに買い物をしていたのでみんな余計に集中して音声を聞いてしまったらしい。注目を浴びた。
にいざき「あ、ごめんなこいずみ。私いま出かけてるから行けなさそうだわ。もしだったらこの後家にこない?話したい事があってな。うん。じゃあ6時頃に。ありがと、また後で」
冷静そうな顔を保ちながら電話を切るが、汗が止まらない。1つのミスがもう取り返しつかないレベルで重すぎたので緊張すればいいのか焦ればいいのか分からなくなってしまった。これが最後になると分かっていたから、最後に、と意を決してゆっくり彼の顔を見てみる。
お兄さん「…。」
目が合った。お兄さんもこちらをみていた。電話が鳴る前なら、目が合った時点で脈アリだと確信し距離を縮めにかかっていたのに。お兄さんはなんとも言いづらい顔を私に向けている。冷たい目で、少し引いているのが分かる。もう分かった。そんな顔で見ないでくれ。
もう二度とここで買い物はできない、という言葉が心に浮かび本を元の場所に戻しそのまま書店を出た。
そして、今に到る。
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にいざき「これが今日、私の身に起こった悲劇だ」
こいずみ「あの時まさかそんな大事な場面だったとは…。や、あ、あの。あの時は興奮してて、口も止まらなくなっちゃって…それで、あの」
にいざき「…。」
こいずみ「ス、スミマセンデシタ…」
にいざき「…。」
沈黙が長すぎて場が持たない。起こってしまったことはどうしようもないが謝るだけでは足りないと理解した。何かお詫びをしなきゃと考えていると遂ににいざきが口を開いた。
にいざき「…まあ、自分の日頃の行いが良くなかったために神様から天罰を賜ったんだろうな。私も素行を見直す良い機会になったと思うようにするよ。スマホはもう絶対にスピーカーにしない」
こいずみ「ほ、本当にスミマセンデシタ。今日はぜひ、夕ご飯を作らせてください。腕によりをかけて、にいざき様の大好きなビーフシチューを作らせていただきます。材料を買いに、行ってきます」
にいざき「…おう」
時計は夜7時を回る。
にいざきの家からはビーフシチューの香りと、缶の飲み物をカチンと乾杯する音が聞こえた。許しを与えてくれたにいざきに感謝し、明日からは電話する時にスピーカーじゃないよな?と一言確認してから話をしようと、赤い顔で誓うこいずみであった。確認、忘れるな。