第二十話(最終話)
堤防の桜並木、降りしきる桜吹雪、自転車を飛ばすカオリ、カオルは遅れまいと必死について行く――真夏のモエレ沼公園、蒼天めがけ勢いよく吹き上がる巨大な噴水、飛び散る水しぶき、その周りをローラースケートでさっそうと滑るカオリ、そのすぐ後ろを滑るカオル、へっぴり腰で足元がおぼつかない――どこまでも青く澄み切った秋の空、金色に染まったカオリの家の広い庭、すっかり黄葉した林檎の大樹、長い手足を上手に使い、するすると登っていくカオリ、不器用に幹にへばりつくカオル、なんとかカオリについていく――初めてのゲレンデ、一面の銀世界、急斜面をなめらかに滑り降りるカオリ、バランスを崩し大きく尻もちをつくカオル、起き上がってカオリについていく――丘の上の遊園地、ぐるぐる回るメリーゴーラウンド、カオリのすぐ後ろの木馬に乗っているカオル、アップダウンするカオリの背中、ポニーテールのロングヘアが輝く、そのえもいわれぬかぐわしさ、振り返り微笑むカオリ――。
カオルはしみじみと林檎を噛みしめる。いつもカオリの背中を追っていたような気がする。ひどく酸っぱいその味を、人生そのものの味のように感じ、確かめ、味わいつくす。カオルはほとんど芯しか残っていない果実をじっと見つめる――車椅子に乗り、打ちひしがれ、うなだれている自分の姿が目に浮かぶ――カオルには分かっていた。病気が進行して、いつかチェロすらあきらめなくてはならない日が来ることを。
日はほとんど山の端に沈みかけている。カオルはそっと目を上げる。目の前のカオリの背中は淡い残光に照らされ、ほんのりと輝いている。カオリの背中を見つめながら、暗い不安をぬぐうように心の中でそっと願った。いつまでもこの瞬間が続きますようにと――。
最終話を迎えました。ありがとうございました。
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ティーンエイジャーである2人のカオルと1人のカオリが織りなす、四つの物語から成る連作形式の小説で、 第一部「林檎の味」は札幌郊外で物語が展開しますが、第二部以降は空知地方のどこかに存在する架空の町・霜川市に舞台を移します。滝川市などがモデルになっています。
是非この機会をご利用下さい。
今後は北海道や空知地方と文学をめぐる随想でもものそうかと思案しています。