祟られた写真部事件 問題編⑥
写真部の部室から失礼して、空先輩と並んで廊下を歩く。
「空先輩、あの解決はないでしょう」
「あの解決というのは?」
「何かが原因だって。要するに何もわかってないじゃないですか。ミステリー小説なら極刑ものの結末ですよ」
ミステリー小説をそれなりに嗜む僕としては、名探偵のあんまりな結論に物申さずにはいられなかった。
そんな僕の抗議を、空先輩は迷惑そうな表情を隠さずに受け流した。
「誰もそれが結論だなんて言っていないだろう。ひとまずの推論というだけだよ。そもそも今、どこに向かってると思っているんだい?」
「え? 部室じゃないんですか?」
「それ、逆方向だよ」
言われて気づく。確かにそうだった。何も考えず空先輩についていっただけだから気がつかなかった。……どこに向かっているか、か。ふむ。
「すみません、用事を思い出したので部室に戻ります」
「このキュラ君は……誰も外に出るなんて言ってないだろう。用があるのは保健室だよ」
「なんだ。じゃあ行きます」
「……今度流水に沈めてあげようか?」
「先輩こそ、今度火あぶりセット用意しておきましょうか?」
「誰が魔女だ、私は魔法使いだよ」
空先輩に肘で小突かれる。正直言ってあまり痛くはない。
「そういえば、先輩」
「何かな」
「…………」
歩いているといつの間にか、部室棟から本校舎に繋がる渡り廊下に差し掛かる。
まあ、聞く意味もないよなぁと思いつつも、一応聞いてみる。
「幽霊の仕業だとは、言わないんですね」
「まあね」
僕の言葉も先輩の言葉も、狭い渡り廊下に多重に反響して返ってくる。正しい響きを失った音は、どうにも虚ろに思えてならなかった。
「オカルト研究部の部長あたりなら、嬉々として盛り立てたと思うけれど。写真に写りたがった霊がおまじないをやめさせるために、部員に呪いをかけたんだー、とね」
先輩が冗談めかして付け足した言葉も、奇妙に跳ね返って虚ろさを宿す。
空虚さに満ちたこの渡り廊下は、なにやら現実感が失われているような心地がした。
カツン、カツン、と二人分の上履きが鳴らす音すら反響音と化し、曖昧になっていく。
「先輩は、魔法は本当にあるって言わないんですか?」
「……現実にも魔法はあるよ」
やはり虚ろだ。渡り廊下での反響音は、どうしてか虚ろだと感じてしまう。
やがて、渡り廊下の果てに差し掛かる。その境界線を踏み越えながら、先輩は言った。
「でも本当にはない」
渡り廊下の外に出ながら発されたその言葉は、はっきりとした音として聞こえてきた。虚ろな反響音とは違う音は、間違いなく先輩の本音だと感じさせる。
しかしその言葉は、明確な矛盾を孕んでいた。現実に魔法はあるのに、本当にはない。現実にあることと、本当にあることは同じではないのか。
「だから、現実にかけられた魔法を解くのは僕の役目なんだ。そうでないと、まあ……なんだ。困る人もいるだろうからね」
先輩は曖昧に言葉を濁した。
その濁した本音が聞きたかった。どうして空先輩は、魔法を解くことを己の使命とするのか。魔法部の部長ともあろう者が、未知を未知のままとせず、そのヴェールを剥がしてしまおうとするのか。
しかし僕は何も聞けず、気がつけば保健室の前まで来ていた。
「うーっ、アヤちゃん、これやっぱり呪いだよぉ。写真に写りたがった幽霊が、おまじないをやめさせるために取り憑いたんだってばぁ」
保健室の中から、先ほど聞いたような台詞が聞こえてくる。声の主は女子のようだ。
「おっと、オカ研が来てるとは聞いていないんだけどな」
先輩は苦笑しながら、冗談めかしてそう言った。とはいえ本気で声の主がオカ研だと考えているようではなかった。
先輩は開け放たれていたドアから迷いなく保健室内に入っていく。どうやら保健室の先生は不在のようだと確認してから、僕も先輩の後に続いた。
「オガ、落ち着け。呪いなんてあり得ないから」
「でもぉ」
先輩は声のする方――保健室のベッドの一つへと歩み寄り、そのカーテン越しに声をかけた。
「ちょっといいかな」
「えっ、わたしたちですか? あっ、声……。す、すみません!」
「ああ、そうではないんだ。別に注意しに来たわけじゃない。まあ誰か寝ているなら静かにした方がいいとは思うけれど」
「は、はい……」
先輩がまともなことを言っている。ここはパラレルワールドだろうか。
などということを現実逃避的に考えてしまう。保健室にあまり縁のない学生生活を送ってきた僕としては、保健室=ズル休みという固定観念がまとわりつき、どうも居心地が悪かった。
「私は魔法部の者だ。写真部でおまじないの最中に人が倒れた件について、再発防止のための調査を命じられてね。今ちょっと――」
先輩が保健室の他のベッドに目を遣る。全てのベッドはカーテンが開いており、つまり話し声を抑える必要はないようだ。
「誰も寝ていないようだから、ここで話を聞かせてもらってもいいかな?」
「……アヤちゃん、いい?」
「だから言ってるでしょ。もう体調は何ともないから。別にいい」
「それじゃあ、あの、どうぞ」
カーテンが開かれる。その中にはカーテンを開けた女子が一人と、ベッドで身を起こしている女子が一人。計二人しかいない様子だった。
ベッドの女子――綾瀬さんは、クールという印象を抱かせる子だった。何事にも動じなさそうで、今も澄ました顔をしている。体も別に弱そうには見えない。
むしろ隣の子――ベッドの傍で綾瀬さんの身を案じる緒方さんの方が、よっぽど虚弱そうだった。眼鏡をかけた少し気の弱そうな子で、これぞ文化部の生徒という感じだ。
「えっ、魔女?」
「魔法使いだ。とりあえず、失礼するよ」
「失礼します」
緒方さんの驚きをさらりと無視した空先輩に続いて、僕も入らせてもらった。男女比の偏りが酷いが気にする意味はないだろう。探偵役は空先輩で、僕はほとんど喋らないカカシなのだから。