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いつか魔法が解けるまで  作者: イノリ
第一章 「解呪の魔法使い」
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祟られた写真部事件 問題編⑪

「いい場所だろう、ここは。神様の息吹が感じられる」

「ええ。よくわかります」


 空先輩はおべっかではなく、実感の籠った声でそう言った。なんの関わりのない老人にも、どうやらそれは伝わったらしい。


「いやはや、若いもんはそういう感覚を失っちまったと思っとったけどね、案外わかる子もいるもんだね」

「たぶん私が特例ですよ。こっちの後輩はそんな繊細な感覚持っていませんから」

「空先輩、ちょっと? 僕にもなんとなくならわかりますよ?」

「はっはっは、そうかそうか」


 老人が笑う。滑稽さを笑ったのではなく、やり取りのおかしさを笑ったのだと信じたい。


「それで、少し聞きたいことがあるのですけど、いいですか?」

「ああええよ、なんでも聞きなさい」


 老人は上機嫌な様子で空先輩の頼みをあっさりと引き受けた。

 同じよさを共有できた者同士、何か通じるものでもあったのだろうか。


「あなたはどれくらいの頻度でここへ?」

「ああ、月曜の午後は暇でなぁ。だから毎週、このくらいの時間に来てんだよ」

「何をしに?」

「まぁ大きな目的は、あれだ。掃除とお供えよ」


 格好から今日もそれをしに来たのだとわかる。老人の中ではきっと、これは毎週のルーチンワークのようなものなのだろう。


「野ざらしじゃ汚れちまうしなぁ。そいじゃあお狐様にも悪い」


 老人は偉大なものを仰ぐように狐の像を見つめる。そこには現代人からは忘れられた、本物の崇敬が宿っているような気がした。


「なるほど。ところで、アップルジュース、お好きなんですか?」

「あ、これか? まぁなぁ。神様への贈り物として適切かどうかはわからんが、俺は酒が苦手でなぁ。そいでいつも、ジュースをお供えしてんだ。……そうだな、先にお供えだけ済ませちまうか」


 老人はバケツと手ぬぐいを置くと、祠へ歩み寄り、アップルジュースをその前に置いた。そして手を合わせ、しばし瞑目する。

 やがて合わせた手を解くと一礼して、最後に、元からあったアップルジュースを持ち上げた。


「あれ? それ、持っていくんですか?」


 つい気になって、僕の方から聞いてしまう。


「ははは、まぁジュースは神様のお口には合わないらしくてなぁ。あんまり飲んでくれんのよ。だもんで、俺が責任もって片づけさせていただくというか……な?」

「ああ……」


 まあ言いたいことはわかる。お供えしていてもどうせ誰も飲んではくれないのだから、自分で片づけてしまってもいいだろう、と。

 それならお供え自体やめてしまえばいいのではと思うが、おそらくそういう理屈ではないのだろう。お供えはする。それはそれとして神様は飲んではくれないのだから、自分で持ち帰る、と。そういう理屈なのだ。

 まあ神様自身が飲まずに放置したのだから、それを持ち去ったからといって罰を与えるほど神様も狭量ではないだろう。


「ああでも、たまーに神様が飲みに来てくださるんだ。俺が来てみると中身が空になってたり、パックごとなくなってたりしてな? 先週もそうだった」

「いや、それは……」


 誰かがお供え物を横領しているのでは……。

 老人もそんなことは気づいているだろうに、はっはっはと気持ちよく笑っている。


「そいじゃ、掃除するか」

「ああ、私も手伝いますよ」


 先輩は即座に声を上げた。ボランティアなんてする柄じゃないくせに。それも神域ゆえだろうか。


「おっ、いいのかい? 助かるねぇ」

「あー、そこのヘタレた後輩はさっき暑さでふらついてたので、休ませてやってください」

「すみません」


 一応、頭を下げておく。しかし老人はまたも快活に笑って首を振った。


「はっはっは、そんな無理に手伝わせようとは思ってないさ。そいじゃお手伝いいただけるなら、まずは――」


 そうして、寂れた神社のお掃除の様子を眺めながら、ふと空先輩の言葉を思い出す。

 魔法――この世ならざる超常のものは、現実には存在するが、本当には存在しない。

 その意味を、この神宿る場所に来ることで実感として掴みかけて。

 しかし掴み切れず、僕も回復して掃除に参加する頃には、得たものは全てこぼれ落ちていた。

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