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その3

「ありがとうございます女神サリー様。私の人生で、これほど喜ばしいことはありません」


「ただ、お願いがあります」


 サリー姉ちゃんがいたずらっぽく自分の指を立てた。


「その代わりに、プライアドの岩山で私があなたに言ったことは、ほかの皆様には内緒ということで」


 あ、サターニアと勘違いして食ってかかった、あのときのあれか。あれは格好悪い状況だったからな。本性もバレたし。


 一瞬置き、サリーナ姫が微笑しながらうなずいた。


「わかりました。天界に招かれるまで、誰にも言ったりはいたしません」


「ありがとうございます。そのときは、私が迎えに行きますので」


 言って、楽しそうにサリー姉ちゃんがこっちを見た。


“そういうわけだから、ロン、あなたはこの人と結婚しなさい”


 また無茶苦茶なことを言ってくる。俺はあきれた。


“それでいいのか?”


 試しに俺からも思念を送ってみたらサリー姉ちゃんが小さくうなずいた。月のときと同じで基本的にやりとりはできるらしい。


“べつにかまわないわよ。人間の寿命なんて、長くても百年くらいなんだから。サリーナ姫の終わりのときは私がちゃんとフォローをするし。そのあと、あなたは私と一緒に楽しくやってればいいのよ”


“いや、そうじゃなくて”


 俺が一国に加担したら世界の軍事バランスがおかしくなる。天界の方針として、それは許されるのかって意味で訊いたんだが。そのことを説明しようとした俺の横に立っていたサターニアが、いきなりサリー姉ちゃんの前に立ちはだかった。


「そんなことが許されるわけないじゃない!」


 なんだか不愉快そうに言いだした。


「ロンは私の婚約者なの! 私と永遠に一緒にいるの! それがなんで、人間のお姫様となんて」


「ロンはゴールデンドラゴンです。つまり、私たち天界と友好関係にある。――このことは知っていると思っていましたが?」


 サリー姉ちゃんがサターニアにむき直った。


「そのゴールデンドラゴンが魔王の娘と婚姻を結ぶなど、ありえない事態だとは思わないのですか?」


 サリー姉ちゃんの表情には少しだけ余裕が見えた。いま、この場にはアーサー王やら衛兵やら国民やら、とにかく自分を女神と慕う信者が大勢いる。多勢に無勢って奴だな。サターニアが悔しそうに俺のほうをむく。


「ロン、何か言ってやってよ」


「じゃ、言うけど。皆さんさようなら」


 俺はサリーナ姫と、アーサー王、それから衛兵たちに言って、魔力全開で空へ舞い上がった。予想外の展開だったのか、サターニアが驚いた顔で俺を見あげる。


「ロン! どこへ行くの!?」


「どこか遠い場所」


 あらためて俺はドラゴンの姿に戻り、そのまま王都を飛びだした。行き先はカタースタート山脈ではない。反対方向である。カタースタート山脈に逃げこんだらすぐに居場所を特定されるからな。どこかへ行方をくらませたら、さすがにサターニアたちも諦めるだろう。


 と思っていたのだが。


「ねーロン、遠い場所ってどこ? 私も行くわ」


 全力で飛んでいる俺の横で、いきなりサターニアの声が聞こえた! 横を見ると、俺のすぐ右に並んでサターニアが飛んでいる! いま俺は時速二万四千五百キロで飛んでるんだぞ!!


「何を驚いてるの。あなたと一緒に空を飛ぶくらい、私にだってできるわよ」


 驚く俺を見ながら、いたずらっぽくサターニアが笑いかけた。


「私が魔王の娘だっていうのは伊達じゃないんだから」


「あーそうだったな」


 俺は返事をしながら左を見た。ということは。


「ロン、あなた、面倒になったからって逃げるのは男らしくなわよ」


 という声はサリー姉ちゃんだった。サターニアと同じく、俺のすぐ横を並んで飛んでいる。俺の周りにはどうも超越者が多すぎるな。


「あの、ロン様?」


 しかも、そのさらにすぐそばをサリーナ姫まで飛んでいた! 全身を魔力所壁で覆われ、サリー姉ちゃんに抱きかかえられるみたいな感じになりながら俺のほうを見ている。


「こうなったら覚悟を決めなさいよ」


 というのは誰の言葉だったのか。というか、俺はこれからどうなってしまうのか。


「どうしても結婚しないって言うんなら、べつにそれはそれでもいいから。だったら女神である私と一緒にいなさいよ」


「私と結婚しなかったらお父様とお兄様が黙ってないからね」


「ロン様、どうかわたくしと」


「だからなんでそうなっちまうんだよ!!」


 俺は空を飛びながら絶叫した。


「俺は人間世界で、普通に生きていたいんだ!!」

この話はこれで終了です。最後まで読んでくださった皆様、ありがとうございました。

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