その12
おごそかな調子で言ってから、サリー姉ちゃんが敵意に満ちた目でサターニアをにらみつけた。
「あんたのせいで赤っ恥かいたじゃないの。あとで見てなさいよ」
「は? ちょっと待ちなさいよ。いまのはあんたが勝手に勘違いしただけでしょうが。私は関係ないじゃない」
「待て待て待てえ!!」
ルーファスが怒号した。その全身から発せられる魔力がさらに膨れ上がる。いや、膨れ上がったのは魔力だけではない。その身体もだ。すさまじい魔力の重圧に、またもやサリーナ姫が膝を折る。まともな人間では耐えられないレベルの魔力を放出しながら、ルーファスが着ていた服をひき破った。その身体がぐんぐんと巨大化していく。
「私は認めぬぞ。サターニア様が貴様のようなドラゴンを愛するなど。そして、殺されていながら、平然と蘇るなど。そんなことはあってはならぬことだ――」
地獄の怨嗟のような調子で言うルーファスの身体は、俺がガラスーサの砦跡で見た、バルガスの真の姿――巨大なドラゴンになっていた。そのルーファスがマグマみたいに輝く目で俺を見降ろす。
「貴様が死んでも生き返れるというのなら、今度は骨も残さずに燃え尽きてもらうとしよう。これならどうしようもあるまい?」
「さあねえ。そんな目に遭った経験はないからなんとも。それにしても好戦的な宰相様だな。あんた政治よりも軍関係にいたほうがよかったんじゃないか?」
軽口で答えながら構えかけ――俺は妙なことに思い至った。
「待てよ」
ルーファスは前世で魔界の宰相だったんだよな。それが人間に生まれ変わったということは、いまはほかの誰かが魔界で宰相をやっているということである。ほかにも元帥だの軍師だの、頭のまわる奴は魔王のそばにいるだろう。
そいつらだって、何かきちんと策を考えて、それを魔王に進言しているはずだ。そしていま、俺はこういう状況にいる。
「――なるほど。そういうことだったのか」
「貴様、何を考えている?」
「べつに。こっちのことだ」
言いながら俺はルーファスを見あげた。
「あのな? ガラスーサの砦跡で、バルガスがその姿になって俺にブレスを吐いたのを忘れたわけじゃないだろう? いまの俺にはそんなもん通用しないんだ。俺を殺すなんて不可能だぞ」
「バルガスの力のみであったならな」
ルーファスの声は、何故か余裕に満ちていた。次の瞬間、その魔力がいままで以上に膨れ上がる! 俺は驚いた。こいつ、これ以上に魔力を上昇させられるのか!?
「確かに私はバルガスの血肉を得て、その力を自らのものにした。ただ、魔族の血肉を得るのはこれがはじめてだとは一度も言っておらぬぞ」
ルーファスの魔力はさらに圧をあげていた。この俺の魔力障壁をぶち破れるレベルである。確かに、これはバルガスの魔力だけじゃないぞ。しかも、魔力の持つ特性が闇だったり土だったり水だったり、まるで統一されてない。単体の魔族が持つ魔力とは思えなかった。
「――そうか」
俺は気づいた。これは蟲毒と同じである。ツボのなかに複数の毒虫を入れて共食いをさせる術だ。最後に残った毒虫は強烈な毒を持つ。ルーファスを魔族でそれをやったのだろう。
そしてルーファスは、その魔族を自分で食らったのだ。おそらく、過去に何回も。バルガスはそのなかのひとりに過ぎなかったのである。
「いままで、このことを悟られぬように、ずっと魔力を抑えてきたのだがな。もう遠慮する必要もあるまい」
どっとルーファスが魔力を放出した。ヤバい! バルガスとは比べ物にならない重圧が俺の身体を抑え込む。この状態でブレスを吐かれたら、いくら俺の魔力障壁でも耐えられないぞ!!
「では、今度こそさらばだ」
ルーファスが言うと同時に、その口が大きくあけられた。喉の奥から赤いマグマのような光が見える。
次の瞬間、ルーファスの口から、どっと炎が吐きだされた。