その10
十分後、とりあえず替えの服に袖を通した俺は風呂場からでて謁見の間まで行った。案の定、アーサー王は青い顔で部屋のなかを行ったり来たりしている。俺と一緒にいるサターニアを見て、アーサー王が目を見開いた。
「ああ、サリーナ」
「私、サターニアなんだけど」
サターニアの返事に、アーサー王が失意の表情になった。
「そうであったな。それにしても、身代わりの娘が決まった日の翌日に、まさか」
青い顔でつぶやくアーサー王の隣には宰相のルーファスがいた。で、その子飼いだって言ってた魔族のバルガス。
それはいいけど、なんで俺は呼ばれたんだろうか。
「あのー」
仕方がないから俺は手をあげて質問してみた。
「俺はどうして」
「これを読んでもらおうか」
俺が最後まで言う前にアーサー王が俺に右手をむけてきた。なんか、紙が握られている。
「朝、メイドがサリーナを起こしに行ったとき。ベッドに置いてあった」
「はあ。これが賊の書き置きですか」
俺は受けとってみた。
“昨夜、この城に飼われた、巨大な力を持つ男をガラスーサの砦跡へ行くように命じろ。ひとりでだ。断れば姫の命は保証しない”
俺は顔をあげた。
「短い文面ですけど、わかりやすい脅迫状ですね」
「昨夜、余が声をかけた、巨大な力を持つ男と言ったら、そなたしかおらぬ」
アーサー王が青い顔のまま俺に話しかけてきた。
「だから命令だ。ガラスーサの砦跡まで行ってくるがいい」
断るわけにもいかないだろうな、と俺は思った。放っておけばサリーナ姫の命がどうなるかわからない。
気がつくと、横からサターニアが手紙をのぞきこんでいた。
「ひとりでって書いてあるわね。私が一緒に行ったらいけないの?」
「あたりまえでしょう。この城からサリーナ姫が消えたことは絶対に知られてはならぬ一大事です」
これはルーファスの言葉だった。
「なので、サターニア嬢には、これからサリーナ姫の身代わりとして、この城にいてもらうことに」
「あーそうか」
ルーファスの説明に、サターニアが納得した顔でうなずいた。で、俺のほうをむく。
「じゃ、ちゃちゃッと行ってきて、それで、なるべく早く帰ってきてね」
気楽に言ってくれるもんだな。サリーナ姫を拉致した賊が何を企んでいるのかもわからないってのに。俺はルーファスのほうをむいた。
「それで、ガラスーサの砦跡ってのはどこにあるんですか?」
「王都をでて、北へ五十キロだ」
「そりゃ遠いですね」
「賊は馬を使ったのだろう。ロンにも馬で行ってもらいたい」
「悪いけど、俺は馬の乗り方なんて知りません」
俺が言ったら、横で聞いていたアーサー王があきれたような顔をした。
「昨夜から思っていたのだが、そなたはどういう村で育ったのだ?」
「村じゃなかったですよ。あと、馬もいなかったもんで」
「そうか。では馬車を用意させよう。それに乗って行ってもらう」
「はあ。じゃ、そういうことで」
「では、わたくし目は馬車の手配に行ってまいります」
アーサー王の横でルーファスが会釈し、背中をむけてでていった。無言でバルガスもつづく。
ルーファスが部屋をでたあと、アーサー王が俺の後ろに立っている衛兵に目をむけた。
「ロンは丸腰だ。何か武器を都合してやれ」
「わかりました」
衛兵が敬礼しながら返事をした。で、俺の前までやってくる。
「得意な武器は?」
「何も得意じゃない」
「は?」
「あえて言うなら、徒手空拳だな。俺に武器はいらない」
「――そうでしたか」
なんか納得がいかないって顔をしながら衛兵がうなずいた。アーサー王も眉をひそめてこっちをむく。
「ロンはマーシャルアーツ系のファイターだったのであるか。それはわかったが、武器の扱いも学んでおけ」
難しい顔をしながら言ってきた。
「素手での格闘は闘技場では喜ばれるが、所詮は見世物だ。戦場では役に立たん」
「生きて帰ってこられたらそうしますよ。じゃ、行くか」
で、城をでたら馬車が用意されていた。驚いたのは御者台にいたのがバルガスだったことである。
「あんたが行くのか」
「道案内をするものは必要だろう」
バルガスが俺を見て言う。そういえば、こいつの声を聞くのはこれがはじめてだな。こんな声だったのか。
「それに、行く途中、何があるかもわからんからな。普通の御者なら途中で逃げだすかもしれんが、俺は逃げん」
「なるほどね」
俺は後ろをむいた。ルーファスが俺を見ている。サターニアはいない。顔が顔だから、城からでられなかったんだろう。
「行ってこい」
ルーファスの返事を聞いて、俺は馬車に乗りこんだ。
「じゃ、頼む」
バルガスが鞭を揮い、馬車が走りだした。




