彼氏殿が来る前に抹消しないといけないものって後なんだ???
「彼氏殿が来る前に抹消しないといけないものって後なんだ???」
ゴミ袋片手に私は台所の前でたたずむ。
あーもー! 昨日ちょっと片づけたのに目算が甘かった!!
自慢じゃないけど私の彼氏は綺麗好き。それはもう、私が引っ越してきてからずっとサビと思っていた洗面台の汚れも過去にピッカピカに磨き上げてくれたり、万年サボりっぱなしなエアコンの掃除を肩代わりしてくれるくらいに綺麗好き。
そんな彼氏殿が今日もお泊りにやってくる。昨日片づけたけど、最後の仕上げは今日仕事から帰ってきてからやればいいや〜とか思ってた昨日の自分を殴りたい。
「冷蔵庫!! 二週間前に買った玉ねぎの百円サラダが発掘された!!」
「炊飯器!! 蓋を開けたら焦げっぱなし!!」
「調味料入れが醤油まみれ!!!」
一人暮らしを始めてから最初の頃は頑張ってた自炊も、最近はサボり気味だったのがまずかった。最後に自炊したのは二週間前かな。玉ねぎのサラダの賞味期限的に。
なんで土壇場でこんなことに。彼氏殿のために夕食作るぞと意気込んで材料買ってきて冷蔵庫を開けてから、私の悲劇は始まった。彼氏殿の到着時刻まではあと一時間。誰ですか、ご飯炊き忘れたお馬鹿さんは!!
掃除をしながらオムライスを作らないと。彼氏殿ご所望のオムライス。私の料理スキルを見越した彼氏殿がチョイスしたメニューに涙が出そう。オムライスすらまともに作れないとかはあっちゃいけないし、彼氏殿がお腹壊すから賞味期限切れた卵と、さっき買ってきた新しい卵は絶対に混ぜてはいけない。とりあえず、ご飯が炊けていないのでまず炊飯器の掃除からです!!
わっしゃわしゃと炊飯器の蓋やら釜淵についてる焦げとかお米の塊を消去! お米とお水をインしてハイ炊飯!
お米を炊いてる間に調味料周りを磨いて、冷蔵庫の中にあってはいけない賞味期限切れの食材たちをゴミ袋に入れた。
ここまでやればとりあえず台所周りはもう平気?? バレたら問答無用でゴミ箱にインされたり嘆かれたりするようなものはもうないよね!?
ゴミ袋を片手に綺麗になった(私基準)台所を眺める。ぴろりん、とコンロの側に置いていたスマホが鳴った。
『駅ついたよ。もうすぐ着くからね。お茶ある?』
やばい、タイムリミットあと三十分! ご飯炊けそう!? オムライス! ベーコンと冷凍ミックスベジタブルをレンジにぶち込む!
彼氏殿優しい。私の家にお茶が常備されていないことが見越されている。大丈夫だよ、彼氏殿のためにお茶買ってきてるし、なんなら彼氏殿のためにコーラも買ってきた!
しゅぱぱっと彼氏殿に返信をして、私はふぅ、と息をつく。もう一度台所を見渡して、埃だらけの食器たちを見つけて、ふっと遠い目になりながら洗い直し始める。都心1Kの廊下と台所が一体型になっているマンションの部屋に食器棚なんて置けないからね。食器桶に洗いざらしにされたものが置きっぱなしなんですよ。
先日この食器桶についてこんこんとお説教されたのを思い出してせっせと洗い直す。レンジがチンした。具材の温めが甘い。再加熱。
あ、と気づく。ゴミ袋、足元に放置しっぱなし。ゴミ出しは明日だから袋結ばないといけな―――
ピンポーン。
鳴り響くチャイムやっばい来ちゃった!
「は、はーい!!」
ぱたぱたぱたと、玄関にお迎えにあがる。私に尻尾があればぶんぶん振ってる。彼氏殿! かっれっしっどっのっ!
「ただいま」
「おかえり!」
付き合いたての頃にいらっしゃいって言ったら、「私は君のところに帰ってくるんだよ?」って言われて以来、なんだかこの気恥ずかしいルーティン挨拶になってしまった。気分は新婚さん。おかしいな、私達同居してないんだけどな!
「疲れたね、荷物持ってくね」
「うん、その前にこっち来て?」
おいでおいでと誘われて、ふよふよとつられて彼氏殿に近づく。彼氏殿は荷物を置くと両手を広げた。
「はい、ぎゅう」
「〜〜〜っ、ぎゅう〜〜〜!!!」
彼氏殿!! 彼氏殿!!! 彼氏殿のにおい!! 彼氏殿フィーバータイム突入しました!! 彼氏殿!! かっれっしっどっのっ!
「ごめんねぇ、ご飯まだできてないのぉ」
「んーん、いいよ、大丈夫」
ハグを解いた彼氏殿が笑って許してくれる。ありがとう彼氏殿。お腹空いてるだろうに、ごめんよ。
荷物を持って狭い廊下を大移動。途中、置きっぱなしのゴミ袋に苦笑いされたけど、お咎めはなしでセフセフ。
荷物を部屋に置くと、彼氏殿の持ってきた紙袋の中になんかよくわからないものを見つけた。ダンボール?
「彼氏殿、これなに?」
「ああ、それ、掃除機だよ」
SOUJIKI??
「あのー……私のお部屋、綺麗だよ? 掃除したよ??」
「ん? よく聞こえないなぁ」
「ほらほらほら、コロコロもしたし、クイックルワイパーもしたし、床綺麗でしょ???」
「ハッ」
は、鼻で笑われた……!?
「前から何度も言っているけどそれで汚れが取れると思うな。特にその床の敷布。コロコロだけじゃ取れない汚れは絶対にある」
「ぐ、ぬぬ……!」
とうとう私の汚部屋に我慢できなくなった彼氏殿は掃除機をご購入してから泊まりに来てくれたようです。これは明日一日部屋中を掃除されるフラグ……? 思わず遠い目になってしまったけど、彼氏殿の善意には感謝しておかなくては。
「ありがとー。それじゃあ私、向こう戻るね。ご飯まだ途中なの」
「うん。ごめんね」
いやむしろこの汚部屋に呼んでしまった私がごめんなさいでは??
私は笑って台所に戻る。炊飯器がピーッと鳴ってご飯が炊けたのを教えてくれた。ささっ、オムライス作り再開〜!
炊けたご飯にバターとチンした具材とケチャップを混ぜ混ぜしてハーブソルトで味を調える。
特急で卵を焼いて、お皿に盛りつけてー。
「かーまちょ」
「ふぉっと!? もー、ご飯作ってる時は危ない〜」
「ふふ、いい匂いだねぇ。食べちゃいたい」
後ろから抱きしめてきて、鼻をすんすんと鳴らす彼氏殿。その食べちゃいたいの主語はどこにかかってますか!? え、どこ!? ねぇ彼氏殿!?!?
「あ。」
「ふぇっ!?」
彼氏殿が声を上げる。後ろを振り向いてみると、彼氏殿の視線が明後日の方を見ており。
「彼氏殿ー……?」
「ねぇ」
すん、と彼氏殿の顔が真顔になる。
振り向いた私の顔をじっとのぞき込んできて。
あ、え、これはもしやもしや、食べちゃいたいの主語はもしやの!?
「あれ、何」
「ふぁい」
指を差されたのはレンジの上。
レンジの上にある―――
「どうしたのコレ!?!? 中身何!?!?」
「ほわっう!? ア゛ッ、蜂蜜!!」
「蜂蜜!?!? 白くなってんじゃん!! これもう食べれないでしょう!!? いつのなの!!」
「えっ、まだ食べれる!! 彼氏殿に買ってもらった蜂蜜だもん!! 蓋開けれなくなっただけだから、蜂蜜食べれるもん!!!」
「私が買ってあげたやつかコレ!!!」
しまったーーーー!! 一番バレちゃいけないやつバレたーーーー!!!
あわあわしてると、はぁあああと盛大なため息をつかれてしまう。
「貸して」
「え、でもこれ開かないから……」
「ん」
きゅっぽん。
「開いたよ」
「はわ……」
あれだけ私が開けられなかった瓶の蓋が……!!
「こうなる前にちゃんと食べること。ね?」
「善処しますん……」
ダメダメ彼女ですんません。
「じゃ、ご飯にしよう? 早く君のオムライスが食べたいな」
「ふぁい!」
にっこりと笑いながら、額にちゅ、とキスしてくれる彼氏殿。
こうして私は飴と鞭の使い方が絶妙な彼氏殿によって、躾けられていくのだった。