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魔境の上空を旋回している飛竜の気配に、樹海のあちこちから大地や大気を震わすような雄叫びが聞こえてきます。飛竜が20体も現れた事でモンスターたちが縄張りを主張しているのか、それとも何か別の理由があるのかは解りませんが、俄かに魔境が騒がしくなってきました。


「アイツら何考えてるんだ。

 魔境のモンスターをこんなに刺激してっ!」


今にも舌打ちをしそうな程に忌々し気に言うギルさん。そんな神官戦士の彼が皆の先頭を走っています。魔境の中には当然道なんてものはありませんから、藪やちょっとした枝などを彼のメイスで打ち払いながら後続の為に道を作ってくれているのです。おそらく普段ならばその役目を担うのはアンディさんなのでしょうが、今は私を抱えているので代わってくれたのだと思います。


そしてエルさんはギルさんのすぐ後ろでルートを指示しながらも飛竜の動向に気を配り、ウィルさんは最後尾を守りつつも周囲のモンスターの気配を探っているようです。


「幸いな事にまだ私達の存在には気づいていないようですが、

 このままでは時間の問題です。何か手を打たないと……」


「おそらく飛竜騎士はリアを乗せていた籠を探すはずだ。

 リアを助けた際に真っ先に籠から距離をとっておいて正解だったな」


ふいに右手後方から現れた二足歩行のうえに4本腕という明らかに瘴気の影響を受けた火を吐く熊型モンスターの首を即座に落すウィルさんと、その血飛沫を風魔法で防いだエルさんは走る速度を落さず会話を続けながら阿吽の呼吸でモンスターを屠っていきます。ふと見ればそのモンスターの血に濡れた地面や草がジュージューと焦げるような音と匂いをさせ溶けていて、アレがウィルさんにかかっていたらと思うと血の気が引いてしまいます。


「アンディ、右っ!!!」


ただゆっくり?血の気が引いている間なんてなく、ウィルさんの声が聞こえると同時にグルンッといきなり遠心力が全身にかかったと思ったら、アンディさんが私をかばうような体勢を取りながらも横から現れた熊型モンスターのお腹付近へ渾身の蹴りを入れていました。しかもその反動を利用して一気にモンスターから距離を取り、その間に踏み込んできたウィルさんが先程同様に熊の首を落します。


あの熊、腕が4本もある事も規格外ですが体長も規格外の大きさで、当然ながら首回りも相当な太さがあります。それを一刀で切り落とせるウィルさんの力量はかなりのものです。昨日Aランク程度の魔物ならどうにか出来ると言っていましたが、その時はそれがどれぐらい凄い事なのかは今一つ実感できませんでした。なんとなくすごい事なんだろうなと思う程度で……。それがこうして目の前で見れば否が応でも実感できます、とんでもない実力だって事を。


改めて考えてみれば、幾ら瘴気の濃淡や流れを感知して危険を避ける事が出来るとはいえ、魔境のこんなに奥深くまで4人で入り込むなんて相当の実力がなければできません。生半可な実力では奥地に辿り着く前にモンスターにやられてしまいます。つまり4人全員が(得意とする分野に違いはあるでしょうが)かなりの使い手だという事になります。


皇族……それもかなり順位の高い継承権を持つ皇子二人と一緒にいるのですから、エルさんとアンディさんの出自も貴族だと思うのですが……。あまりにも4人全員が魔境での行動や戦闘に手慣れていて唖然としてしまいます。


「マズイ! 飛竜が二手に別れました!

 半数は籠が落ちた地点の方へと向かっていきましたが、

 残り半数が此方へどんどんと向かってきています!」


上空の動きを感知し続けていたエルさんの言葉に焦りが滲みます。それも当然で、飛竜の飛行スピードはあらゆる動物の中でもトップクラスで、人間が全力疾走したところで絶対に勝てません。


全員の顔に焦りが滲んだとき、先頭を行くギルさんが


「兄さん! あそこを見て!!」


と、指さした先。そこには真っ暗闇の洞窟がぽっかりと口を開けていたのでした。



━━━]━━━━━━━━━-



エルさんが持つランタンの小さな灯りだけを頼りに、洞窟の中をゆっくりと慎重に奥へと進んでいきます。洞窟は特別大きくも小さくもありませんが、奥深さは少し魔法で探査したぐらいでは判別できない程に深く、また無数の生き物の気配がありました。


「あの……、アンディさん?

 走って逃げている時は抱えてくださって助かりましたが、今は自分で歩けます」


私は未だにアンディさんに左腕に座るような感じで縦抱きにされているのですが、この態勢だとアンディさんの顔が直ぐ近くにくるので恥ずかしくて仕方がないのです。


「洞窟の岩で足を傷つけたらどうするんだ?

 それにどうやらこの洞窟にはコウモリが住んでいるようだし、

 そのフンを素足で踏みたくはないだろう?」


と言われ……。フンを素足で踏むという言葉にたじろいでしまっては、その後にどんなに大丈夫ですと言っても通用しません。


羞恥心とフンを踏む嫌悪感、どちらの方がまだマシだろうと悩んでいたらギルさんが、


「万が一にも足に傷を負って、その足でフンを踏んだら化膿程度じゃすまないよ。

 危険だからアンディにちゃんと抱えてもらっていてね。

 僕の魔法でも治せない可能性があるから」


と言われたら「はい」と言う以外の選択肢はありません。仕方なく極力アンディさんの顔から視線を逸らす事で、どうにか自分の心に居り合いをつけました。



そうやって私が心の中で静かな葛藤を繰り広げている間、ウィルさんとエルさんは今後の方針を決めているようです。


「騎士の動向はどうだ?」


「飛竜は洞窟の中には入ってこれませんし、

 飛竜騎士も風属性の者たちのようなので、

 地下の探査向きの魔法は使えないと思われます。

 このままここでしばらく身を潜めておけばやり過ごせるかと……」


「そうか、解った。念の為にもう少しだけ奥へと入っておくか」


「そうですね。そうすれば万全かと」


どうやら話しがまとまったようで、このままさらに奥へ進むようです。

ですが、気になる事があります。


「あの……。モディストス王国の人は魔境に絶対に入りません。

 だから飛竜騎士も飛竜から降りる事はないと思うのですが……。

 それにモディストス王国では瘴気に濃淡があるなんて話しは

 聞いた事がありませんでしたし、地上には下りてこないかと……」


改めて落ち着いて考えてみれば、陛下の命令なので出動はするでしょうが魔境に入ってまで私を探すとは思えないのです。飛竜騎士団は貴族の長男以外で構成されている為に、私の事を良く知っている人ばかりです。勿論社交界での私ですから、化け物令嬢と呼ばれる私であったり、神に見捨てられた魔力喪失者の私ですが。


「ん? ……あぁ、そうか。君はまだ学生だったっけ?

 実は魔境に接している国には共通の決まりがあるんだよ。


 【瘴気に濃淡があるって事を子供には絶対に教えてはならない】


 という決まりがね。どこに国にも居るだろ? やんちゃな子供が。

 そういった子供が度胸試しや力試しに魔境に近づかないようにする為に、

 また大人よりも子供の方が瘴気の影響を受けやすいから、

 徹底的に子供を魔境から遠ざける為に作られた決まりさ」


「だからリアにも本当は教えては駄目なんだが……。

 既に魔境に入ってしまっているしな」


「何事も例外ってありますよね」


「大人、特に騎士や兵士ともなれば常識として瘴気の濃淡は教えられますよ。

 当然ながら全員が見えるようになる訳ではないのですが、

 その知識が万が一の時には自分の身を守る事になりますから。

 また、商人などは危険を冒すよりも安全に荷を運ぶことを優先しますから、

 例え瘴気を視認できても魔境に入るような事はまずしません。

 貴女の国の交易ルートもそうでしょ?」


順にウィルさん、アンディさん、ギルさん、エルさんの言葉ですが、私はその言葉に目から鱗と言えば良いのか、青天の霹靂と言えば良いのか……。


私は誰よりも瘴気に関しては知っているつもりでしたが、よくよく思い返してみれば今まで魔境に近付いた事はありませんでした。魔境に近い場所で結界を張った場合とそうでない場合の効率の差なんていう研究をしても良さそうだったのに、陛下も魔導士長も絶対に私を辺境どころか王都の外にすら出しませんでした。


「あぁ……もう、自分の浅はかさが嫌になります……」


「いや、そうじゃないだろ??

 リアは知らなくて当然の事だったんだから」


自己嫌悪して落ち込みそうになる私を、アンディさんが抱きかかえ直しながら慰めてくれます。ですが改めて思い返してみれば不自然な点は確かにあったのです。


「そういえば、朝食の時は時間が無くて

 ちゃんとした自己紹介をしていなかったな。

 リアはフルネームを教えてくれたというのに、すまない。

 俺はアンドレアス・カリクス。アスティオス皇国の侯爵家の次男だ。

 だが冒険者のアンディとして接してくれると嬉しい」


私の気分を変えようとしてくれたのか、アンディさんがいきなり自己紹介をしてくれました。そして予想通りの上位貴族の方です。その後、俺も僕も私もと全員がフルネームの自己紹介をしてくれました。


ウィルさんはヴィルヘルム・アスティオラ殿下。22歳の第二皇子。火属性の魔力を持ち、様々な討伐依頼や調査依頼をこなす凄腕冒険者。ちなみにこれらの依頼は公務扱いなんだとか……。


ギルさんはギルベルト・アスティオラ殿下。18歳の第三皇子。つい先日高等学院を卒業されたばかりで、長期に渡る調査依頼は今回が初めてなのだそう。水の魔力をもつ神官戦士で、怪我を治すのは得意だけれど病気を治すのは苦手なんだとか。


エルさんはエルンスト・ヴェルフル卿。驚異にして脅威の4属性の魔力を持つ23歳。皇国にある魔法研究所に籍を置いているけれど、主な仕事はヴィルヘルム殿下の側近兼お目付け役。魔法伯という普段は一般的な伯爵家と同じ扱いだけれど、魔法に関する場合のみ侯爵以上の権威を持つ特殊な伯爵家の長男との事。


そして先程自己紹介をしてくれたアンディさんはアンドレアス・カリクス卿。土の魔力を持つ19歳で、ギルベルト殿下の側近にして近衛騎士……なんだけれど、今のところ近衛騎士としての仕事よりも、冒険者の重戦士として傍にいる事の方が多いのだとか。少しだけ遠い目をしていたので、騎士としての誇りが強いタイプの人なのでしょうね。



……すごいですよね、この皇族と高位貴族率。私も伯爵家の出ですが、ここに居る皆さん、全員が私より家格が上ですよ。



━━━]━━━━━━━━━-



周囲を警戒しつつも、小声で様々な事を話し合いながら奥へと進む私達の耳に


「キーー、キィィーーー」


という耳障りな声が聞こえてきました。途端にサッと武器を構えるウィルさんと、グッと腰を落して何時でも退避できるように構えるアンディさん。そしてすぐにでも魔法を飛ばせるように準備を始めるエルさんとギルさん。4人とも戦闘準備がとても早く、一瞬でその顔つきや雰囲気が変わります。


「コウモリ……か?」


全員が鳴き声のする方へと足音を忍ばせ、警戒しながら徐々に近づいていきます。少しずつ大きくなる鳴き声に混じって奇妙な音が聞こえてきたのは、10クラフター(約20メートル)は確実に近付いた頃でした。


バシッ! バシッッ!!と何かが力いっぱい叩きつけられているような音が、耳障りな鳴き声の合間に聞こえてくるのです。ですがそれ以上近づくことはできませんでした。何故なら


「ストップ。 これ以上は瘴気が濃いから近付かない方が良い」


とエルさんが眉間の皺を復活させながら制止した為です。イヤーカフに付与した結界が上手く作用していないのかと不安になるほどの深い皺です。


「エルさん、瘴気の影響が……?」


「いえ、大丈夫です。貴女の力はちゃんと働いてくれていますよ。

 ただこの先の瘴気が余りにも濃すぎて……。

 私には瘴気が黒い靄のように見えているのですが、

 その靄が濃すぎて向う側が何も見えないぐらいなんです」


大丈夫と口では言いつつも眉間に皺が1本追加された事から察するに、相当に濃い瘴気なのでしょう。確かに徐々にではありますが、私も胃の奥の方がムカムカとしてきます。


「エルがそう言うのなら、これ以上近づくのは危険だな。

 それにどうも単なるコウモリの喧嘩のようだし、別ルートを行こう」


「それが良いね。下手にコウモリを驚かせて洞窟の外へと出られたら

 飛竜騎士に異変ありと思われてしまうからね」


ウィルさんの提案にギルさんも同意し、アンディさんも頷いて来た道を戻ろうとした時。頭のてっぺんから足の先まで全ての毛穴が一気に開き、更に全身の毛が逆立ったかと錯覚するほどの何かが襲い掛かってきました。


「くっ!!」


そこに居た全員が確かに感じたのです、膨れ上がる瘴気を。

コウモリの耳障りな鳴き声が一気にけたたましさを増したかと思ったら、大量のコウモリがこちらに向かって飛んできていました。


血のように真っ赤なコウモリは私よりも大きく、その醜悪な顔と相まって悲鳴すら凍り付いて出せないレベルの恐怖です。


「まずい! エル!」


「解ってます!」


幼馴染だというウィルさんとエルさんが最小の言葉で最大の効果を発揮し、エルさんの風魔法でコウモリの翼を引き裂き、そこから逃れたコウモリをウィルさんの剣が的確に屠っていきます。それと同時にギルさんの防御魔法が完成し、


「エオル・アルギズ!」


という詠唱を終えると同時に5人全員が薄い光の幕に覆われました。これは瘴気を退ける事は出来ませんが、モンスターの攻撃を少しだけ逸らしてくれる効果がある魔法です。この光の防御魔法は効果が小さいと軽視されがちですが、「大難を小難に、小難を無難に」してくれると思えば、決して軽視できない効果です。


ただ今回は敵が多すぎます。四方を囲むように次から次へと現れるコウモリに、強まった瘴気。その瘴気の所為で判断力が低下し始めているウィルさんは徐々に傷を負い始め、私をかばうようにして戦うアンディさんも同様に傷を負い始めていました。


今、ここで私が出来る事は恐怖に固まる事でも、戦えない無力さを嘆く事でもありません。


確かに誰かに抱え上げられたままや、モンスターに襲われている状態で結界を張った事はありません。でも、やるしかないのです。


……いいえ、違う。私がそうしたいのです。心が叫んでいるのです。

私自身が、自発的に、みんなを守りたい……そう願ったのです。


アンディさんの負担にならないように、彼の首に腕を回して身体を固定します。そうして手を組み目を瞑り、心を落ち着かせて結界の発動を試みます。


エルさんのイヤーカフと違い、大地に直接結界を施せばモディストスの王都にいる魔導士長には私が生きていて結界を張った事が知られてしまうでしょう。でもそれを隠す為に皆が怪我を負う方が辛いのです。私に色んな初めてを教えてくれた優しいこの人たちを守りたいのです。


自分の中にある何かをグルグルと回転させ、その速度が高まりきると渦が光へと変わります。エルさんのイヤーカフに結界を付与した時にやった事とほぼ同じです。違う点は使う魔力量が此方の方がはるかに多い事と、流し込む先が大地な事だけ。


ただ恐怖心の所為かなかなか渦が光へと変わらず、時々耳に入るみんなの呻き声に集中が乱れ、焦りばかりが募っていきます。


「大丈夫だ、心配するな。守るって約束しただろ?」


ふと耳に入ってきたのは、努めて明るく振舞うウィルさんの声でした。


(大丈夫。心配しないで。私も皆を守りたいから!)


心の中でウィルさんに返事をした途端、自分の内側から光が溢れ出すようにして、結界が発動するのが解りました。


そこまでは良かったのです。ただ発動すると同時に自分の中から想定以上の魔力がごっそりと抜け落ちていくのが解りました。抜け落ちるというよりは強制的に吸い上げられている感じです。そしてその感覚には覚えがありました。なにせ王都で毎日欠かさずに魔晶石に結界の魔力を込めていた時と同じ感覚でしたから……。つまりこんなに距離が離れているにも拘らず、更には指輪を既に外しているにも拘らず、まだ魔力を魔晶石へと送る回路が生きているという事です。体格が戻った事を考えれば回路の状態は万全ではないのでしょうが、少しでも回路が生きていれば魔力を吸われてしまうのかもしれません。


想定外の魔力の大量消失に貧血を起こしたかのようにぐらりと頭が揺れます。気分が一気に悪くなり、それを堪えるように元々瞑っていた目を更にギュッと瞑って何とか堪えました。





「な、何だこれは!」


「エル! 外に向かう奴を全て落せ!」


「全く貴方は人使いが荒いんですよ!!」


「リア……? 君なのかい??」


驚きに満ちたみんなの声と、徐々に小さくなっていくコウモリの断末魔のような鳴き声。それらを耳だけでなく自分の目で確認したいようなしたくないような相反する気持ちに、目を開けるのに少しの勇気が必要でした。そうやって逡巡していると、ポンポンと背中を叩かれます。


「リア、もう目を開けても大丈夫だ。

 コウモリは全て居なくなった……って顔色が悪いぞ、大丈夫か?」


アンディさんの声にゆっくりと目を開けると、心配そうに私を覗き込むアンディさんとウィルさんの顔が近くにあり、そのすぐ後ろではギルさんとエルさんも私を気遣うような表情をしています。


そのままゆっくりと周囲を見れば、洞窟の天井から床までしっかりカバーする光のカーテンが出来上がっていて、それが私達をぐるっと囲っていました。どうやら無事に結界は張れたようです。結界内のコウモリが全て浄化されて消えているという事は、あれらは動物のコウモリではなくモンスターだったという事です。そして結界の外には無数のコウモリの死体が転がっていて、中でも一番視線を逸らしたくなった死体は結界の境目に居た為に身体が綺麗にそこで分断された死体でした。


「……これも貴女の力ですか?」


エルさんが神妙な顔で聞いてくるので、私は小さく頷きました。


「今朝、言ったように私は瘴気を退ける魔力を持っていますが、

 それを常時展開して結界を張る事ができるんです……。

 ……王国でも大地に結界を張って……魔境からの瘴気を防いで……」


皇国側に瘴気やモンスターが例年以上に流れ込んでいるのは、私の結界の所為かもしれないと思うと顔を上げる事ができません。まずは謝罪をすべきでしょうが、その謝罪一つとっても結界を張っていた事、隠していた事。どれから謝罪するべきなのか……。


「君は何も悪い事をしていないだろう?

 ちゃんと胸を張って前を見る!」


トンッ!と強めに背中を叩かれ、反動で思わずアンディさんに抱き付いてしまいました。余りにも簡単に身体が動いてしまった事に驚いて自分の手を見たら小さい子供のそれに戻っていて、慌てて全身を確認してみたら全てが小さく縮んでしまっています。


「ァ、アレ? 私また小さくなってる?」


どうも回復しつつあった魔力が、結界を張る為に使用した魔力と魔晶石へ吸収された魔力で一気に消費され、再び枯渇寸前になってしまったようです。1日の間に伸びたり縮んだりと私の体は一体どうなっているのでしょうか……。


「リアの靴を回収しておいて良かった。

 その体格ならコレが再び履けるだろ?」


私の靴のストラップを自分のカバンのサイドに上手に掛けて持って来てくれていたようで、アンディさんは屈むと自分の太ももに私を座らせて靴を履きやすいように置いてくれました。ところがせっかく靴を履いて立とうとした途端に立ち眩みがおこり、ふらついた私を慌ててアンディさんが支えてくれます。


「ご、ごめんなさい。ちょっと眩暈がしてしまって……」


「本当に大丈夫か? やはりまだ抱えていた方が良くないか?」


そう言って再び抱え上げようとするアンディさんを丁重にお断りして、しっかりと足に力を込めて立ち上がります。途端にストンと落ちるズボンに思考が停止して硬直してしまいましたが、幸いにも借りていたチュニックがエルさんの膝上丈と長めだったおかげでワンピースのようになり九死に一生を得ました。これ以上、羞恥のあまり死にたくなるような黒歴史の量産は避けたいところです。


何はともあれ安全の確保が確認できたら、早々に結界は解除しなければ。王都の魔晶石に魔力が流れたという事は、ほぼ確実に魔導士長には気付かれてしまっています。今すぐ行動を起こさなければ彼らを巻き込むことになりますし、彼らの身分を考えたら国際問題になる可能性だってあります。


「しかしすごいな。この術があれば、魔境調査がずっと楽になる。

 ……と、言いたいところだが、

 君の身体にかかる負担を考えると使わない方が良いのだろうな」


自分の顎に指をかけたウィルさんが大発見だと言わんばかりに顔を輝かせたと思ったら、直ぐに凄く苦いお薬を飲んだかのような表情へと変わりました。


「結界を張った途端にこの体格ですからね。

 ただ私が知る限り、魔力の増減で体格が変わるなんて記録は無いんですが……。

 確かに持って生まれた魔力量によって体格は変わりますが、

 それはあくまでも魔力の器のサイズという意味でしかなく……。

 魔力の残存量で体格がこんなに変わるなんて前代未聞です。

 町に戻ったらこの瘴気を退ける魔力の事を詳しくお聞きしたいものです」


結界の境目で掌を出したり引っ込めたりしているエルさんは、どこかモディストス王国の魔導研究所に居た人を思い出させます。未知の現象に対する好奇心だとか、自分の手でそれらの謎を解き明かしたい願う探求心だとかがそっくりです。


4人がそうやってそれぞれ安全の確認や情報整理をしている間に、私は少しずつ距離をとるように後退ります。巻き込みたくない……なんて言うには遅すぎる事は自覚していますし、この先どうすれば良いのか自分でも解りません。でも……


「みなさん。色々とありがとうございました。

 どうか今すぐにここを発って、少しでも離れた場所へ移動してください。

 結界を張った事で王国の魔導士長に居場所が知られてしまったと思います。

 それと我儘を言って申し訳ありませんが、灯りを一つ貰っていきます」


そう言って予備のランタンを手に取ると、更に一歩下がりました。


「何を言っているんだ!

 リア、君がいくら結界を張れるといっても魔境は危険すぎる!」


「解っています。でも……このままでは国際問題になりかねません。

 だから、ごめッッ!!」


だから、ごめんなさい。……そう言うはずでした。ですがその言葉は自分の意思とは全く無関係に途中で切られてしまって、最後まで言う事ができませんでした。それどころか呼吸が一瞬止まり、直ったと思っていた眩暈に再び襲われてしまいます。


皆の元を離れようとした私の横腹に、黒い塊がドゴッ!!という鈍い音をさせてめり込んだ所為で……。


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