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光によって真っ白になった視界に、ぐるりと世界が回転したかのような浮遊感。ただ自分の足は間違いなく地面に接している感覚もあって、頭が混乱してしまいそうです。これも溟海(めいかい)の魔王の精神攻撃の一種なのかもしれません。ただ私の中には未だ溟海の魔王の魔力の残滓があるので、今の所はちょっとした違和感で済んでいます。


そして魔王の浄化は大地や空間の浄化とは大きく違い、浄化を拒むかのような抵抗があります。樹海の魔王(ファフナー)にしても溟海の魔王にしても瘴気によって苦しんでいるのにも関わらず、何故か浄化を拒むのです。


それは表面的、或は物理的な抵抗とは別のモノです。瘴気には意志というものは無いので、浄化に対して抵抗なんてしません。勿論、瘴気の濃度によっては手こずる事はありますが、それは軽い汚れの掃除と頑固な汚れの掃除の違いと同じで、頑固な汚れ(瘴気)の所為で、根本まで綺麗に(浄化)するのに手間と時間がかかるというだけです。


対し魔王の浄化は少し勝手が違います。魔王だって瘴気を嫌がっている事は確かなのに、ある程度浄化を進めると急に瘴気の浄化を拒むようになるのです。今、まさに目の前の溟海の魔王がこの状態でした。遅々として進まない浄化作業ですが、拒まれるようになるのと同時に溟海の魔王の絶叫が止まった事は幸いでした。おかげで私の体に傷が入る事は減り、痛みを堪えながら魔力の放出を続けなくても済むようになりました。時々魔王の爪で背中や腕や顔を傷つけられてしまいますが、頻度や傷の深さは絶叫で負う裂傷よりも小さいものです。


ですが単純に絶叫が止まって良かったとは言えない要素もありました。


「くそっ、絶叫が止まれば今度はこっちかっ!!」


離れた位置からウィルさんの舌打ちしたげな声が聞こえ、同時にズルッ、ベチャッと粘着質な何かが這いずるような音が聞こえてきました。溟海の城にはボトルシップとリンクさせた時に結界を延長して張ってあります。ですから新たなモンスターが外から入ってくる事はできません。ですが逆に、既に中に居たモンスターが外に出る事もできないのです。溟海の城から逃げだす事が出来なかったモンスターの大半は魔王の絶叫攻撃によって絶命したようなのですが、中には魔王の攻撃を耐えきって死を免れたモンスターもいたようです。そんなモンスターたちが絶叫が止まった今こそ自分を傷つけた魔王を倒すチャンスと見て襲いに来る事は、モンスターの視点で考えてみれば当然の事でした。


周囲にある宝石が発光している所為で眩しくてしっかりとは見えないのですが、古代の神殿のような大ホールの柱と柱の間を埋める程に巨大で毒々しい色をした海藻を相手にウィルさんが戦っていて、アンディさんも別の場所でタコなのかイカなのか良く解らない無数の触手を持つ軟体生物を相手に戦っていました。特にアンディさんの相手は手強く、鉄壁を誇るアンディさんの防御が無数の触手の攻撃よって突破されてしまいます。それをお兄様が魔法で援護しているのですが、とにかく触手の数が多すぎるのです。そのうちの一つが長く伸びてお兄様の背後まで回ったかと思ったら、鞭のようにしなってお兄様を背後から襲いました。


「お兄様、後!!!」


そう私が叫ぶと同時に触手はお兄様を吹き飛ばし、音をたてて床に転がったお兄様を別の触手が絡めとると締め上げます。


「ぐあぁああ!!」


その凄まじい締め上げにお兄様が苦悶の声を上げました。


「お兄様っ!!」


この時、私の意識は完全にお兄様の方へと向いてしまっていました。浄化の力を決して弱めないように気をつけて全力で魔力を放出し続けてはいましたが、意識は全てお兄様へと向かってしまったのです。


その隙を魔王は逃してくれませんでした。


ガッ!!と両手で私の頭を掴むと、無理矢理私の顔を自分の方へと向けます。それと同時に今まで以上の力で私の胸から顔を上げると、暗闇しかない眼孔でしっかりと私を見据えました。


(あっ、見ては駄目っ!!!)


そう思った時には既に遅く……。

私は先ほどまでの浮遊感とは真逆の、真っ暗になった世界にどこまでも落下していく感覚に包まれるのでした。





━━━]━━━━━━━━━-





ふと気付けば真っ暗な空間の中に横たわっていました。なにせ目の前に広げた自分の手すら見えない程の真っ暗闇なのです。ファフナーが初めて守護界(エリア)に私を招いた時と似たような状況ですが、あの時はこんなに真っ暗闇ではありませんでしたし、私のすぐそばにはファフナーが居てくれました。流石に心細くなってしまい、


「誰か……いませんかか?」


と暗闇に向かって声をかけてみますが、何度試しても返事が来ることはありません。


その時、ポッと遠くに小さな明かりが灯り、その光の中に誰かがいる事がうっすらと見える影から解りました。敵か味方かこの時点では解りませんが、少なくともこの真っ暗闇の中で1人でいるよりは何かしらの進展があるはずです。そう思ってそちらに向かって歩き始めた途端、耳元で誰かが囁きました。


(違います、そちらではありません)


その声にビクッと身体を震わせてしまいます。確かに自分の事すら見えない程の真っ暗闇ですが、何度確かめても周囲には誰もいなかったはずなのです。それが吐息がかかったと錯覚してしまう程の耳元で囁かれては、驚くのも当然というものです。


「誰っ?!」


バッとその場を飛び退いて、腰に下げているお父様から頂いた短剣の柄に手をやります。ところがそこには柄はなく、それどころか自分が身につけているはずの活動服すらありません。触った感じですと、下着と活動服の下に着る簡易的な服のみの状態のようです。いつの間に、そして誰にこの様な恰好にされてしまったのか……。


(良いですか? あの光に背を向けて真っ直ぐに進みなさい。

 惑わされないで……。アレは弱った心を引き寄せる誘蛾灯のようなものです)


なおも聞こえる声に、私は戸惑いしかありません。歴戦の戦士の方々なら違ったのでしょうが、私は暗闇に腕を伸ばしてそこに何があるのかを実際に触って確かめるという方法でしか暗闇の中の様子を知る事ができません。ただ恐る恐るそれを実行しても、そこに誰もいない事を再確認するだけです。なのに私の耳元で囁くような声が聞こえてくるのだから、恐怖でしかありません。


誘蛾灯という存在やその方法は、王国を出てウィルさんたちと一緒に行動するようになってから知った事の一つです。樹海でキャンプをした時に、少し離れた所に火を灯した松明を置いて蛾などの虫をそちらに誘導しれば良いのだと教えてくれたのはアンディさんでした。つまりあの光は私を誘い込む為の罠だと声は言っているのですが、それが本当かどうかは私には解りません。


(私の事を信じられないのも当然ですが、

 あの光に向かえば貴女の大切な人たちとは二度と会えませんよ)


そう言われてしまうと、光に向かいたいという気持ちが一気に萎んでしまいます。勿論その言葉の方が嘘の可能性もあります。ですが最初こそ驚きはしたものの、私に語り掛ける声に悪意を全く感じないのです。


かなり悩みましたが、ひとまず状況が変化するまでは声に従う事にしました。光に背を向け真逆の方へと進み始めて少し経つと、背後から


(どうして? どうしてそちらに行くの?

 ねぇ、此処の方が明るくて良い場所よ??

 美味しいお茶やお菓子も用意しているのに、どうして来ないの?)


と私を呼び止めるかのような声が聞こえてきました。とてもとても優しい声でしたが、その声の響きと言えば良いのか、声の裏に潜む感情には覚えがありました。例えるならガウディウム伯爵夫人(生みの親)ミーモス侯爵夫人(王妃教育係)が、国王陛下がおられる時に私にかける声の響きです。そう、陛下がおられる時()()です。そして決まってその直後には、いつも以上に厳しく当たられるのも日常茶飯事でした。その声の違いは本当に些細な物で、陛下や魔導士長ですら気付かない程でしたが、直接被害に遭う私には見過ごせない違いでした。


思わず速足になる私に更に背後から語り掛けてきます。


(ねぇ、あなたのお兄様やお友達も一緒なのよ?

 ほら「リア、こっちにおいで」貴女にも聞こえたでしょ?)


女性の声の合間にお兄様の声が聞こえました。確かに、えぇ間違いなくお兄様の声でしたが、お兄様の声にガウディウム伯爵夫人やミーモス侯爵夫人たちと同じ違和感を感じた事は初めてでした。


その事実がダメ押しとなって、速足どころか無我夢中で走り始めました。必死に走り続けていると、背後から掛けられる声がどんどんと変化していきます。最初は(待って、どうして?)といった感じだったのに、今ではもう立ち止まる気すら消し飛ぶような、


「まぁぁあああてえぇぇぇぇーーーー!!!!」


と地の底から響くような不気味で恐ろしい声が背後から迫ってくるのです。チラリと肩越しに背後を見れば、髪を振り乱した女が爪が伸ばし放題になっている手をこちらへと伸ばし、何度も何度も私を掴もうしながら追いかけてきていました。


「ヒィッ!!!」


あまりの恐さに喉から甲高い悲鳴が漏れ出てしまいます。もう二度と振り返らないと心に決めて、もつれそうになる足を必死に前へと送り出します。


(もう少しよ、急いで!!!)


耳元で応援してくれているのは最初に声をかけてくれた女性のようですが、言われるまでもなく、これ以上はない程に急いでいますっ!!!って泣き言をぶつけたくなる程に背後が恐ろしく……。そんな私の服を背後からグッと誰かが掴むのが解りました。恐怖のあまり悲鳴すら出せませんが、あの髪を振り乱した女性に捕まってしまったのだと直感で悟ります。


王国に居た頃の私でしたら、この時点でもう諦めていたかもしれません。陛下や魔導士長は良くしてくださいましたが、家にも学校にも居場所は無く、つらい事ばかりが続く毎日でした。


ですが今の私は違います。私を「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれる家族が居て、何かと気遣ってくれるヒルデを始めとした侍女や従僕たちがいます。家は居心地の悪さを我慢しながら家族の命令を聞いて働く場所ではなく、心と身体を休める事ができる大切な場所だという事を皇国に来て知りました。ウィルさんやアンディさん、ギルさんといったお友達もできました。この一件が終われば高等学校にも通えるとのことなので、そこでも新しいお友達ができるように努力は惜しまないつもりです。



だから……、私は諦めません!!



ビリッと何かが破けるような音がしますが、全力で後ろに倒れそうになった体を前へと起こし、無我夢中で暗闇の前方へと手を伸ばしました。誰もいないと解っていても、そうせずにはいられません。


ところがその暗闇の向う側で誰かが私の手を握ったのです。


(よくやったわ!!)


という声と共に。





━━━]━━━━━━━━━-




誰かに引っ張られるようにして暗闇の中から抜けた途端、淡く青い光が揺らめく空間へと出ました。光自体はそこまで強くはないのですが、急激な光度の変化に目が追いつかず、眩しいを通り越して目が痛いほどです。その青い光の中に1人の女性が立っていました。


「大丈夫? お水、飲めるかしら?」


そう目の前の女性は言うと、両手を揃えて窪みを作ります。そこにみるみるうちにキラキラと輝く綺麗な水が溜まっていきました。ですが水を飲みたい気持ちはあるものの、肩で息をする程に呼吸が乱れている私には水を飲む余裕がありません。少し待ってとジェスチャーで示してから、息を整える事に注力します。


後を振り返れば真っ暗な闇があり、その境目で髪を振り乱した女が暴れているのが解ります。どうやら何かしらの作用があってこちら側には入れないようで、その事にホッと安堵しました。その途端に膝がガクガクと震えだしてしまって、まるで腰が抜けたようにへたり込んでしまいます。


「あら、大丈夫?? まずは座ってゆっくりと身体を休めましょう。

 ここは私が招き入れない限り誰も入れないから安心して。」


慌てて手の中の水を消した女性が私を優しくその場に座らせてくれますが、その時になって目の前の女性と闇の中で暴れている女性がどことなく似ている事に気付きました。受ける印象は全く違いますが、目鼻立ちがどこか似ているのです。


ターコイズグリーンの綺麗な髪は一緒です。

片方は艶やかな波打つ髪で、もう片方はこれでもかとみだれ髪ですが……。


コーラルピンクの輝く瞳は……ちょっと解りません。

何せあの恐い方の顔は暗くて判別ができないので……。


ただ、全体的にとてもよく似ているのです。


「アレと私が似ている……そう思っているのでしょ?」


私の様子にそう聞いてきた女性に、私は恐る恐る頷きました。


「そう恐がらないで。ちゃんと理由を説明するわ。

 アレは私の感情、本能とも言えるわね。そして私は私の理性なの。

 もとが同一の存在の一部だから似ているのも当然なのよ」


「理性と感情??」


「えぇ、話すと長くなるんだけど……」


苦笑する目の前の女性はとても穏やかで、暗闇との境界上で暴れている女性と同じ人だとは思えませんが、理性の対義語が感情である事を考えれば納得もできます。ただ、ここはいったい何処なのか、私は確か……。そう、溟海の魔王の浄化の途中だったはずです。逃げる事に必死過ぎて二の次にしてしまっていました。早く浄化に戻らなくてはと慌てる私に、目の前の綺麗な女性が


「貴女、私を浄化しにきた子でしょ?」


と言ったのでした。


普通に考えれば衝撃的な発言ではあるのですが、彼女の正体については心のどこかで察していたようで、自分でも驚く程すんなりとその言葉を受け入れる事ができました。理性を司る彼女だけを見ていたら納得できなかったかもしれませんが、感情を司るという同一存在のアレを見た後では納得しかありません。


「貴女が溟海の魔王なのですね」


一度大きく深呼吸をしてから、言葉を選んで話しかけます。目の前の彼女はいきなり激昂して襲い掛かってくるようには見えませんが、遠くで暴れているアレと同一存在だと思うと警戒心が湧いてしまいます。


「えぇ、この世界の人たちが私をそう呼んでいるのは知っているわ。

 ところで()()()()()()()()()()?」


溟海の魔王だという彼女は、出会った時から少しも変わらない穏やかな笑顔でとんでもない事を告げたのでした。


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