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ここ、溟海(めいかい)と呼ばれる海域に到着するまで、それなりの日数を要しました。というのも溟海は瘴気に満ちた海の魔境ですから、近くで漁をする事はありませんし航路も通っていません。そうすると猟師たちが住む村や補給のための町が作られる事もありませんので、当然ながら船が停泊できる港もありません。


皇家からお借りしているロストマジック(遺失魔法)で作られた「ボトルシップ」は変幻自在に大きさを変えられるので小舟程度の大きさで展開し、港ではない場所から出発するという方法も考えましたが、そうなると今度は食料やその他物資を載せる事が殆どできなくなります。前述の理由から船旅の途中で補給する事が難しい為、溟海までの航程に支障が出てしまうのです。


また、過去にボトルシップの魔法を解明しようとして色々と実験を行ったそうなのですが、中に何かしらの物を載せた状態で小型化した場合、それらの品々は全て船外に放り出されてしまったそうです。一緒に小型化してくれたら便利だったのですが……。


このように皇家が誇るマジックアイテムでも、決して万能ではありません。


世界中で、そして様々なシーンで活用されているマジックアイテムですが、当然ながら普通の道具に比べて多機能&高性能な造りになっています。ですが万能ではありませんし、無制限に使えるモノでもありません。


ボトルシップも普通の船に比べるとかなり頑丈ですが不壊(ふえ)ではありませんし、お父様が特別に調整してくださった「ケット・シー(猫妖精)の寝床」も他の物に比べればかなりの高性能を誇りますが、抑える事のできる揺れには限界があります。


何が言いたいのかといいますと……。





「も、もう無理です!!」


そう言った直後、ドンッと下から突き上げるような衝撃に身体が浮き、しがみついていたテーブルの天板の裏に頭をぶつけてしまいました。そのあまりの痛みに、疲れから痺れていた腕から後頭部へと意識が一瞬だけ移ってしまいます。その途端に別方向からの揺れが襲ってきて、緩んでしまっていた腕からテーブルの脚がすり抜けていってしまいました。


「リア!!」


あっ!と思った時には横方向に吹き飛ばされ……そうになったところを、横から伸びてきた逞しい腕が私の身体にまわされ、力強く引き寄せられました。


「大丈夫か?」


「ご、ごめんなさい。頑張っていたんだけど」


アンディさんが言葉少なに私の安否を確認してきます。


溟海と呼ばれる海域に入った途端、それまでとは比べ物にならない程の揺れが船を襲ってきました。ですが流石は皇家の秘宝とお父様の魔法技術の合わせ技で、今日まではどうにか揺れをやり過ごす事ができていたのです。


「いや、この揺れでは仕方ない。

 それにそれだけ魔王に近づいたという証だろう」


そう言いながらもアンディさんの視線は、船内で奮闘している他の人たちを見ていました。私と同じように室内の何かしらにしがみついているのはお兄様やギルさんで、2人とも自分の事だけで手一杯という程に揺れに翻弄されています。ウィルさんは辛うじてファフナーを気遣う余裕があるようで、ファフナーごと舵にしがみついていました。


「俺もリアを支えるが、

 リアも俺にしっかりと捕まっていてくれ」


男性に密着するのは恥ずかしくて仕方がありませんが、今はそれどころではありません。「はい」と返事をしてからぎゅっとしがみつきました。その後も船の揺れに合わせて私の体はふわりと浮いたり、あちこちに飛ばされそうになったりを繰り返し、その度にアンディさんが助けるという事を繰り返します。


「ま、拙いですね。流石にコレは魔樹といえど……」


あちこちから聞こえるギィギィと木々の軋む音にかき消されそうになりながらお兄様の声が聞こえてきましたが、できるのならその先の言葉は聞きたくありません。


「ファフナー、魔王の気配はまだ先か?!」


「だいぶ近づいたが、まだ先だ!」


全力で足を踏ん張りながら舵を握るウィルさんが、自分と一緒に舵にしがみついているファフナーに大声で問いかけています。大波が打ち寄せる音や魔樹が軋む音で声がかき消されそうになるので、必然と大声になってしまうのです。


「兄さん!!! 船も僕たちも限界だ!!

 このままじゃ僕たち全員、海の藻屑になってしまう!!!」


聞きたくなかったお兄様の言葉の先を、部屋中に響くような大声で叫んだのはギルさんでした。溟海はかなり荒れているという知識は持っていました。だからこそ皇家秘蔵のボトルシップを貸与して頂いたのです。ですが事前に学んだ溟海と実際の溟海とでは、その危険度が桁違いでした。


荒波に揉まれ揺れ続ける床は知らず知らずのうちに体力を削り、同時に食欲も削りました。海という未知なモノに対する好奇心はあっという間に恐怖心に変わり、精神力も削りました。


「大丈夫だ、リア一人ぐらい抱えて泳ぎ切ってみせるから」


優しい声に顔を上げればアンディさんが優しい眼差しで私を見ていました。その時になって私の手が小さく震え、その手でアンディさんの服をこれでもかと握りしめている事に気付きました。私が泳げないという事は港に向かう道中で話してあったので、気を遣ってくださったのだ思います。


「仕方ない、魔王の居場所を特定できるまでは使いたくなかったんだが……。

 ギルとエル、ここまで来てくれ!!

 それから可能ならリア、君にも来てほしい」


ウィルさんが何か決意した表情になると私達を呼び寄せました。私も直ぐにウィルさんの元へ向かいたいところなのですが、一瞬たりとも床が水平になってくれない船内を移動する事は私には難しく……。結局、行きたくても行けない私はアンディさんに補助してもらいながら移動します。


「予定より早いが潜航モードに切り替える。

 魔力の消費量が今までとは桁違いに跳ね上がるがそれしか方法は無い。

 皆の魔力を舵の真ん中にある宝石に籠めてくれ」


ボトルシップの秘められた能力の潜航モードを起動すると、船全体を魔法の大きな膜が包み、それによって水中を進む事が出来るようになるのだそうです。初めてこの事を聞いた時は帆船が水の中を進むという私の常識外の機能に驚いてしまいました。船が魔樹で作られている理由もこの潜航モードの為で、頑丈さはあくまでも付随的な効果でしかありません。実はボトルシップという名前もガラス瓶に入った携帯サイズから付けられた名前ではなく、膜につつまれた船の形状が由来なんだそうです。


ただこの潜航モードも当然ながら万能ではありません。

ウィルさんが言ったように消費する魔力量が桁違いで、通常モードなら私やお兄様が日常生活で使う魔力よりも少ないぐらいの魔力で航行可能ですが、潜航モードだと軽く見積もって5倍以上、航行する深度によっては更に跳ね上がってしまいます。理由は船に備え付けられている海水から綺麗な空気(酸素)を作り出すマジックアイテムを発動させ続けなくてはならないのですが、深海になればなるほど綺麗な空気を生成しづらくなり魔力の消費量が増えてしまうのです。同時に汚い空気(二酸化炭素)の排出も行わなくてはなりませんし、船を進める為の動力も風の魔力を持つフライングクロースの被膜ではなく、海流を操って進むマジックアイテムを使用する為に消費魔力が激増してしまいます。


ただ幸いなことに、此処には魔力が豊富すぎて頭身が高くなり過ぎないように調整しなくてはならないレベルのお兄様と私がいます。更には私達兄妹よりは少ないですが、それでも貴族の平均的な魔力量よりもずっと多いウィルさんとギルさんもいます。アンディさんの魔力量は貴族の平均的な量ですが、彼の魔力は全量を防御の為に温存しておく計画なので問題ありません。


激しく揺れる船内で私達は順番に宝石に魔力を籠めていきました。前もって言われていた通り、私1人で大量の魔力を籠めるような事はしません。誰か1人に負担が偏れば、計画にほころびが出るとお兄様に厳重注意されていますから。それに私は船の周囲に張り巡らせている結界を維持する為の魔力も必要なので尚のことです。


「第二皇子ヴィルヘルム・アスティオラの名において、潜航モード起動!」


その言葉に反応して舵の中央の宝石が光ると、ブゥンという音と共に空中に四角い光の窓が現れ、そこに次々と文字が浮かび上がりました。文字を見れば事前に登録しておいたウィルさんの名前や魔力紋、声といった起動者の情報のようです。それらの項目が順にチェックされていき、全ての項目が暗い赤字から青く光る文字へと変ると周囲に魔力が迸り、床や壁の魔樹に刻まれていた古代文字の文様が浮かび上がりました。


(これで……、これでこの酷い揺れから、ようやく解放される)


思っていたよりも船の揺れは私にとって辛かったようで、無意識のうちにホッと息を吐いてしまいました。


ところが操舵室全体が淡い魔法の光でいっぱいになった次の瞬間、窓の向こう側に見えた視界いっぱいに広がる城壁のような大波が船を襲いました。私は恐怖のあまり固まってしまい、悲鳴を上げる事すらできず……。私達を乗せた船は黒く冷たい海の中へ深く、何処までも深く沈んでいくのでした。



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