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20 (別視点)

(エルやリアは無事だろうか……)


どれだけ心配に心配を重ねても尽きぬ程に心配ではあるが、殿下たちやカリクス侯爵家の御子息も一緒だ。それに瘴気の大氾濫の兆しがあった危険な樹海から、無事に戻った実績もある。大丈夫に違いない、大丈夫なはずだ……。いや、だがリアは女の子なうえにまだ未成年だ。本当に大丈夫だろうか……。


「ヴェルフル魔法伯閣下、どうかされましたか?

 何か心配事でも?」


モディストス王宮から大使館へと戻る馬車の中、私と共に王国の外務大臣と交渉にあたった在王国大使が、先程まで行われていた交渉に不手際でもあったのだろうかと不安そうに尋ねてきた。交渉は概ね皇国側の言い分を通す事ができたので、改めて言わなくてはならないような問題は無い。私は馬車内に防音魔法が掛かっている事を再確認し、小さな溜息をついてから心情を吐露する。


「あぁ、すまない。交渉は何も問題は無かった。

 難航するだろうと気構えていた分、拍子抜けしたほどだ。

 ただ……、今回の交渉の事ではなく子供たちの事がな……」


そう、心配なのは溟海(めいかい)にいる子供たちの事だ。子を持つ1人の親としては溟海の浄化など出来なくても良いから怪我一つせずに戻って来てほしいと願ってしまうが、皇国の国益を最優先に考えなくてはならない外務大臣としては何が何でも溟海の浄化をしてきてほしいと思ってしまう。


なにせ溟海の浄化ができなければ、今回の交渉の前提条件が崩れてしまうのだ。大切な子供たちを危険な目にあわせてしまう事に胃が痛むが、国益を損ねた時の事を考えると頭が痛い。これが単に金銭的な損失ならば、私が他で幾らでも取り戻してみせるから子供たちを溟海には行かせないと言えたのだが、樹海を王国に押さえられてしまうと国防面でかなり危険になってしまう。そうなれば有事にはいとも簡単に皇国の人々の命が危険に晒される事になってしまうだろう。そしてその人々の中には当然ながら我が子や、まだ見ぬ孫やその更に子や孫も含まれるのだ。


それは許し難い事態だ。


そういった子供を想う相反する二つの気持ちと、万が一の時の不安が心の中で渦巻いて少し苛ついてしまう。勿論、私は大人なのだからソレを表に出すような真似はしないがね。


「魔法伯閣下の御子息と御令嬢は今頃溟海ですね……」


「あぁ、だが大丈夫だ。あの子たちは強い子だから」


声が震えないようにするだけで精一杯だなんて、我ながら情けない。エルはリヒャルト殿下かヴィルヘルム殿下の側近になる事が幼少時から決まっていた為、厳しくしなければならない所は厳しく、優しく導くべきところは優しく……そうやって側近に相応しい男になるよう育ててきたつもりだ。勿論私にも至らぬ所はあるだろうが、それでも最善を尽くしたと胸を張って言える。


だがリアは……。あの子は心に深い傷を負い、癒えていない小さな子供だ。今までツライ思いをしてきた分、たっぷりと愛情を注いでやりたい子供なのだ。勿論エルと同様に厳しくしなくてはならない所は厳しくするつもりではいる。だがあの子にとって最も必要なモノは無償の愛情であり、それを与える事が出来るのは私と妻だけだと思っている。


(そういえば、この国にはリアの生物学上の両親がいるはず……)


もし、万が一にでもどこかで遭遇してしまえば全力で殴ってしまいそうで、滞在中の予定に社交が入っていない事を感謝せずにはいられない。


「それにしても……。この国、大丈夫でしょうか?」


大使は微妙に表現をぼかして聞いてきたが、彼の言いたい事は良く解る。久しぶりにモディストス王国との交渉の場に参加したが、あの者たちは交渉する気があるのか首を傾げたくなる程だった。彼らは


 ・自分たちが絶対に正しい

 ・自分たちに反論するものは全て悪である

 ・周囲の者は全て自分たちを優遇して当然


と思い込んでいるとしか思えない言動を繰り返し、その話の通じなさに途中から頭痛と眩暈を耐えながら会談を続けねばならなかった程だ。私が前回、王国で仕事をしたのは先の外務大臣から仕事の引き継ぎをした時なので、かれこれ7~8年程前になる。あの当時はもう少し外交というモノを知っていたように思うのだが……。


「私からは何とも言えないが……。

 念の為、今後は王国のあらゆる情報を緊急事態……

 つまり宣戦布告直前のつもりで集めてほしい。

 今この時を以てディンメルングの一部指揮権の行使を許可する」


「はっ!!」


「くれぐれも王国側に察知される事の無いように。

 そして君を待つ家族が居る事を忘れないように……」


「はい、しかと心に刻みます」


そう言うと同時に、私は右手の指にはめられていた指輪の一つを外した。私の両手の指には幾つもの指輪がはめられているが、私的なモノは結婚指輪の一つのみで、他は全て何かしらの権限の証であったりマジックアイテムであったりする。


そのうちの一つ、皇国の諜報部隊「ディンメルング」の指揮権を表わす指輪の中で一番ランクの低い銅色の指輪を大使に渡す。これによって私が指定した対象の情報を集める事と、いざという時の皇国人の脱出の補助を命令する事が可能となる。


「すまないが後は任せて大丈夫だろうか?

 私はこの後すぐさま皇国に戻りたいのだが……。」


「はい、お任せください。

 魔法伯閣下の使い魔の(おおとり)の使用許可は既にとってあります。

 ですから大使館に戻り次第、鳳で皇国へお戻りになる事も可能です。」


「……頼もしくなったな。

 では、報告は何時ものように。

 ただし暗号化を2ランク上げる事を忘れぬようにな」


20年ほど前、私が初めて受け持った部下の中の1人が目の前の大使だ。私も何かと手探り状態の時期で、彼には色々と苦労を掛けたと思う。そんな事を思いながらも必要な事柄を話し合っていると、あっという間に大使館へと到着した。


大使館職員が馬車の扉を開けると同時にすぐさま馬車を降り、手際が良い大使の部下が許可書を差し出してくれたのを受け取ると、私は鳳を即座に召喚してその背に乗り、大空へと舞い上がった。皇帝陛下への報告がある為、一度皇国に戻る必要はあるが、その後は子供たちを助ける為に溟海に向かうつもりだ。


国家の一大事だから、仕方なく息子と娘を向かわせた。

だが、国家の一大事ならば子供ではなく我々大人が向かうべきなのだ。


流石に陛下に出陣して頂くわけにはいかないし、私達大人にも直ぐに行く事の出来ない事情がある。例えば私ならば王国と直接交渉し、王国軍の派遣や駐留を防がなくてはならない。だがその仕事を終えた今ならば行けるはずだ。そんな事を思いながら私は一路帰国の途についたのだった。





━━━]━━━━━━━━━-





「クソッ!!!!」


「ッ!!」


部屋の主が力いっぱい投げつけたインク瓶は豪奢な壁に当たり、大きな汚れを残して砕け散った。その飛び散ったインクやガラス片が壁際で控えていた侍従の私を掠めたが、仕事柄そんな程度の事で逃げ出す事は許されない。


この部屋の主のマグヌス・ガステール公爵は、今朝まではかなり上機嫌だったのだが、今の表情は憤怒の余り醜悪なまでに歪み切っていた。





つい先刻。


アスティオス皇国が数日前に申請してきた会談がセッティングされ、皇国の外務大臣であるエアハルト・ヴェルフル魔法伯と駐王国大使の2名がやってきた。


「通常、会談の申し入れはもっと前に行うものではないのかね?

 たった5日で多忙極まりない私のスケジュールを調整したのだ、

 感謝してしかるべきだと思うが??」


たかだか伯爵ごときが公爵である自分と同じ地位にいる事が気に入らないのであろうガステール公爵は、それだけ皇国の人材が枯渇しているのか?などと侮蔑の言葉を吐き出して、滅多に見ないレベルで整った顔面の男に蔑んだ視線を送った。


「お時間をとって頂き、ありがとうございます。

 さて先日、貴国が我が国に通達されました樹海の占有に関する件ですが、

 皇国は断固として認めないという事をお伝えしに参りました」


涼しげな顔でサラリと感謝の言葉を述べた隣国の外務大臣は、テーブルの上にスクロール(書簡)をサッと広げると単刀直入に本題を切り出した。


「ハッ、ご自分が何を言っておられるのか解っておいでか?

 樹海の瘴気を取り除いた我が国が占有する事に異議を唱えるとは……。

 皇国も随分といじましい事だ」


ガステール公爵はフッと鼻にかかった笑いを漏らして蔑んだ視線を送るが、相手の外務大臣や大使は顔色を一つも変える事なく、


「そもそもそこが間違っております。今回の樹海の瘴気の大幅減は、

 我が国が瘴気の氾濫の調査を兼ねた討伐隊を樹海深部にまで送り込み

 魔王の討伐に成功したからであり、貴国は一切関係ありません」


とキッパリと言ってのける。広げた書簡にもその旨が書いてあり、どうやらこれが皇国側の見解らしい。


「魔境の王を倒したなど、荒唐無稽にも程がある。

 道化師にでも転職なされてはどうかな?」


自分の有利を確信しているのかニヤケ顔のガステール公爵だったが、一向に態度を変えない皇国側に苛立ちを募らせていくさまが傍目から見ても良く解る。


「えぇ、直ぐには信じて頂けないだろうと思いまして、

 実は今、同じ部隊が溟海に向かっております。

 これで溟海の瘴気が薄まれば何よりの証拠となるでしょう」


「は……はは……、馬鹿馬鹿しい」


そう言って会談を切り上げようといたガステール公爵だったが、皇国側がそれを許さず。その後、会談は主導権を終始皇国側に握られ続けたまま終える事となった。





その結果、侍従は先程からガステール公爵の八つ当たりを喰らう事となっていた。


「クソッ!!! 伯爵ごときが!!!」


そう言って、今度はペーパーウェイトを投げつけてくる公爵に、侍従は


(魔法伯と伯爵は似て非なる存在なのだが、そんな事も知らないのか?)


と内心では思うが、そんな事を口や態度に出せば比喩ではなく首が飛ぶ。ただただ大人しく置物になったつもりでやり過ごすのが、一番被害が少ない事を公爵の侍従になってから学んでいた。



マグヌス・ガステール公爵

モディストス王国の貴族派筆頭で野心に溢れたこの男は、自分の姉を当時の王太子に無理矢理嫁がせた事がある。想い合っていた恋人が居たのにも関わらず……だ。


確かに貴族である以上、家の都合や政略によって結婚をするのは当然といえる。ましてや皇国程ではないにしても、王国もかなりの女性不足の国だ。貴族の女性が自分の意思など全く無い婚姻をする事も、複数の夫を持つ事も珍しくはない。また平民であっても政略のコマを欲しがる貴族が居る為、女性ならば簡単に下位貴族の養女に収まる事が可能だ。


そんな国に生まれた公爵家の令嬢に先代公爵は野望を滾らせ、現公爵もその野心に乗った。高位貴族との婚姻を避けたがる王家を、あの手この手で黙らせて無理矢理嫁がせたのだ。これには当時の王太子、今の国王……いや、前国王か。前国王が平民の娘と恋仲になり、どうにか自分の妃にしようとしていたところに付け込まれた。


高位貴族との婚姻を渋る王家ではあったが、同時に平民との婚姻もありえなかった。だから当時の王太子は恋仲の相手を子爵家の養女としたのだが、この時点でもまだ王妃にする事は難しい。それなりに魔力を持つ娘ではあったが、当然ながら後ろ盾は無いに等しい。そして子爵家の娘では王妃どころか側妃にすら上がれない身分だった。


そこで前公爵とマグヌスは王太子にこう持ち掛けたのだ。


「我が家の娘を王妃とし、王子を産んでその子が王太子となった後なら

 公爵家も子爵家令嬢が側妃となる事を全面的に認めましょう」


と。ただしそれまでは後宮に住まわせることは良いが、会う事は許さず。全ては産まれた王子が王太子になってから……という約束が交わされた。


同時に前公爵とマグヌスは公爵令嬢に対し、


「公爵令嬢としての勤めの障害となるのなら、

 お前の想い人の騎士の命など必要ない、今すぐ殺す事も可能なのだぞ」


と脅し、更には王太子と結婚して息子を産み、その子が王太子となった後でなら、離縁するなり辺境の地にある離宮で好いた男と暮らすなり好きにしても構わないと、飴と鞭を使い分けて懐柔した。


つまり王と王妃は利害が一致したビジネス的な関係であり、そんな2人から産まれたのが現国王のジェラルド陛下だった。


ちなみに、王妃はジェラルド陛下が立太子された年に、病気療養という名目で辺境にある離宮に引きこもってしまっていて、王都には一切近付こうとはしない。


そんな歪な家族関係を当然として育ってきたジェラルド陛下に、僅かな憐憫を覚えなくはないのだが、それ以上にあの馬鹿さ加減には辟易としてしまう。


(任務でさえなければ……)


そんな事を思いながらもディンメルングNo.9の誇りにかけて、仕事はきっちりこなす事にする侍従(諜報員)だった。





━━━]━━━━━━━━━-





王宮の一室ではジェラルド陛下がミーモス公爵令嬢を抱き寄せながら


「私と君が神の寵愛を受けた結果、この国はどんどんと良くなっていくだろう。

 もはや魔境は恐るるに足らず。後は国璽さえ見つかれば……」


王の地位を証明し、公式な書類に必ず必要となる国璽が未だ見つからない事にジェラルドは苛立ちを隠せない。これが見つからない所為で、外交的な手続きが全て暫定のモノになってしまっているのだ。保管場所を知っているはずの前国王は頑なに在処を話さず、我が父ながら腹立たしくて仕方がない。


そもそもあの父は母を辺境に追いやった以降、好いた女(側妃)の元へと足しげく通っていたのだ。その結果、私には随分と年の離れた弟が出来た。平民の血が混じった者を弟と呼ばねばならぬとは、屈辱でしかない。


そうやって自分は好き勝手やっていたくせに

私にはあんなバケモノを王妃に迎えろと命じる……。納得できるわけがない。


「大丈夫ですよ、ジェラルド様。

 国璽なんて、また新しく作っちゃえば良いんです!」


「あぁ、レイチェルはなんて美しく、優しく、そして賢いのだろう。

 そうだな、新たな王が生まれたのだ。国璽を新しくしても良いだろう」


「そうですよぉ。

 あっ、それから前国王陛下の側妃様とその息子の第二王子殿下は

 臣籍降下して頂いて、元居た家に返してはどうでしょう??

 だって後宮は今後、王妃になる私が仕切るんですよね??

 なのに前国王の側妃様がおられると、イジメられそうで……」


目をウルウルとさせて、今にも零れ落ちそうになる涙を拭う仕草をしながら俯くレイチェル令嬢を見たジェラルド陛下は、感極まったように抱きしめた。


「あぁ、母上を追い出すような悪辣な女を、君に近づける訳にはいかないな。

 早急に手配するように指示を出しておこう。君の事は私が必ず守る」


「ありがとうございます、ジェラルド様!

 だーーーい好きです!」


ひしっと抱きかえすレイチェル令嬢とジェラルド陛下。

そしてそれを見ているメイドの私。さて……これ、どこまで報告すれば良いのでしょうか。正直頭が痛いですが、ディンメルングNo.14の誇りにかけて仕事はしっかりとこなしたいと思います。


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