Episode3 04
最後の一人が乗った瞬間になるビープ音は、エレベーターの重量オーバーを彷彿とさせる。
タヌキの着ぐるみのアバターが円を赤くした騎士をゆっくりと両手で押し出した。
騎士が円の外に出ると、途端に赤だった円が白に戻る。
「申し訳ありませんが、今回はグループ分けタイプの亜種ですね。ここから先は最大六人で個別の組を作って、分かれないといけないんです。このゲートは我々のグループですでに埋まってしまっているので、皆さんはほかをご利用ください」
丁寧な口調と裏腹に、タヌキは大きく裂けた口で不気味に笑った。
ほかの連中の大半がここで振り落とされるだろうと確信しているような、そんな表情だ。
「おい、そんなの聞いてないぞ!」
ゲートから出された騎士が叫ぶ。
「申し訳ありませんが、別に我々は卑怯な振る舞いをした記憶はありません。六人一組までに人数を分けるケースが発生する確率は低いもので、今回そうなったのは偶然です。仮にルールを事前に説明したところで、我々のグループは六人一組。まさか三人二組や二人三組に分かれるわけにもいかないでしょう。確かに我々はこのゲートを選びましたが、あなた方がゲートに入るのを妨害したわけでもありません」
タヌキはよどみなく意見を主張した。
騎士は言い返す言葉が見つからないのか、「あっ」とか「えっ」とか声だけを漏らしている。
「ご安心ください。まだまだ問題はいくつも残っています。別に我々の問題が飛びぬけて平易というわけでもありません。解ける問題を選択すればいいだけのことです。しかもこのルート選択の問題では、制限時間が設けられていません。熟考してもいいわけです。仮に失敗したとしても、その失敗が次の糧になるでしょう。我々だって数えるのも嫌になるぐらい、失敗していますから」
騎士は黙り込んでしまっている。
反論できないというより、諦めている。
「ちなみにこれはヒントですが、この問題の答えだけでなく次に来るだろう問題の答えも我々は予想がついています」
次の瞬間、着ぐるみグループの乗ったゲートが忽然と消失した。おそらく次のステージに進んだのだろう。
参加者たちがその光景にざわめいたのはわずかの間だった。すぐにどの問題のゲートに入るかの協議に入ったり、問題内容を確認するために動きだしたりした。
極力平易な問題を選ばないといけない。それには定員がある。実際、四択の問題はすぐに人数が埋まり、ゲートの下に収まった連中がどの選択肢を選ぶか協議をはじめていた。
「コウ氏、これは急がないとまずいですね!」
クータが慌てた。アバターの手足がばたばた動いている。
「僕たちのグループは五人。がらがらの問題を選ばないと全員で次に進むことはできません!」
「わかってる! でも、どれかわかりそうな問題はあるか……?」
コウもクータも視線を上げて、問題を確認している。
確信を持って答えられそうなものは見つからない。
バレッタもあまゆーも似た調子だった。明らかにこれまでと難易度が違う。
「くっ、卑怯ですよ! アイドル問題も一つぐらい置いてくださいよ! アイドルなら七十年代でも八十年代でも地下アイドルでも知っているのに! テレビならアイドルの問題は割と鉄板ネタなのに!」
クータが都合のいい文句を言っている。コウも似たようなものだ。解ける問題は一つもない。
そうなれば最後に残るのは――
グループ全員の視線が自然とルリに注がれた。
状況を打開できるとしたらルリしかいない。
ルリは各々の顔を確認するように一瞥したあと、こう言った。
「OK。じゃあ、あたしなりにやってみる」
ルリはすぐに空いているゲートの問題を読み進めていく。
一つ読んでなるほどという顔になり、二つ目で眉を顰め、三つ目でもしかしてと表情が変わっているように見える。そうしている間にもとりあえず入っておこうというような動きでゲートが徐々に埋まっていく。
ルリが最奥のゲートを指差した。
「あれ! この先にあるあれに入って! まだ誰も入ってないやつな!」
急いでコウたちのグループは走りだす。
比較的近くにいたバレッタとコウが真っ先にゲートに追いついた。さらにあまゆーとクータが続く。ただ、ルリはまだアバターに慣れてないのか、動くのに戸惑っていた。走る方法があまりわかっていないのだ。
「あぁ……っと! 走りにくいな! リアルで前に進まなくていいってわかってるんだけど……イテテ……」
リアルで前進してしまったらしく何かに当たってよろけた様子を見せ危なっかしい。
体勢を整えたあと、先ほどよりも幾分かマシな動きで、どうにかルリもはじかれる前にゲートに入れた。
「ルリ大丈夫!? もー、気をつけてよね! ケガはない?」
「ごめん、大丈夫。気持ちが焦ると思わず身体が前に出ちゃってさ」
バレッタとルリの会話からケガがないことがわかり安堵する。
「……ルリで五人目だな。でも、これって六人揃わないとダメなのか? それとも六人未満でもOKなのか?」
コウがクータに質問する。
「どうでしたかね……。ざっと見て何人って言えるような規模じゃないですからね。六人……」
となると、もう一人入ってもらわないといけない。コウは改めてゲートの問題を読んでみたが、そもそも英語のため、問題の内容すらわからなかった。ルリはこれがどうしてわかるのだろうと唖然とする。
入る場所が見つからずに困り果てているソロ参加のアバターがコウたちのゲートを見つけ、駆け込んできた。
だがそのアバターが片足を入れた途端、ビープ音が鳴り、ゲートの円が赤く光った。
そのアバターはやむなく、足を引っこめる。
再び、円が白に戻った。
「え? どういうこと?」
バレッタは意味がわからないという声を出す。
一方でルリは冷静だった。答えを英語でつらつらと口にする。この状態が定員だというなら、回答してしまうほうがいい。
と同時のこと。
円の外側の景色が暗転した。
高速移動するような風切り音とエフェクトが流れる。
もちろんそれは効果であって、本当に高速移動しているわけではないのだが、アバターの視点で見ると、まるで自分が飛んでいるように感じる。
「わわわっ……」
アバターに慣れてないルリは錯覚でよろけた。
コウが手を伸ばそうとするその前に――
見知らぬフードの少年がルリの腕を掴んで引き戻すようにしていた。
「あっ、アンタ、六人目!? 入るなら一言くらい言いなさいよ! しれっと入らないの!」
バレッタがフードの少年に噛みつく。
「そんなルールなんてないだろ。ここに来てるってことは、敵同士でもあるんだから」
少年はバレッタを見もしないで切り捨てた。言ってることは間違ってはないが、友好的な態度じゃないことは確かだとコウは思った。
「腕、掴んでくれてありがとな」
ルリは少年にお礼を言った。ルリにとってみれば、一応は恩人だ。
「そんな感謝するほどのことじゃないでしょ。別に本当に支えられるわけじゃないんだしさ」
少年はルリを掴んでいた手を離して、ポケットに戻した。
フードの中から光って見える視線はやや鋭い。余計に立ち居振る舞いがとげとげしく感じる。
だが、倒れそうになるルリをとっさに支えようとしたのは事実だ。魂の底まで悪い奴ならそんなことはできない。
コウはそう解釈した。
「君、名前は?」
コウは極力友好的に見えるような表情を作ってから尋ねた。ステージの趣向次第で敵として戦うこともどこかであるが、共闘する確率も高いのだ。
「C=スクウェアード」
ぶっきらぼうに少年がそう答えた。




