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バーティカル・ライズ  作者: 原案:勇夢将士 原作・プロット:黒曜燐 執筆:森田季節
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Prologue

 日付が変わる時間になったからといって、人間の生活が翌日用にリセットされるわけじゃない。

 零時じゃなくて二十四時だ。

 コウはVRサービスの一つであるオリンポスで雑談を続けていた。


 厳密には終わり時を見失って、翌日にズレこんでいた。


 雑談というのは話題も不明瞭なぶん、終わりが見えない。

 会話というのはどこででも打ち切れるものじゃないからだ。

 竹にところどころ節があるようなもので、その節のところでしか切れない。コウは当たり障りのない高校の話をしつつ、その節を探っていた。


 どう見ても高校生のようではない、体格のいい細マッチョなアバターを使っていて、なんでそんな話なんだよという気もするが、その内容よりも、話をすることが大事なのだということをコウは知っている。


 話しているアバターたちの大半は社会人や大学生だろうが、おそらく全員が高校時代を経験している。

 たとえしていなくとも、アニメやゲームで経験しているだろう。

 話題としては無難につながる。


 ちょうど話題の流れが止まった。川の澱みのようなものを感じる。



 ここだ。



『そろそろ寝るから』と書き込もうとしたところで、先に友人の書き込みが表示された。


『そういや、最近話題の《AVENAアヴェナ》っていうアトラクションがあってさ……』

 げっ、違う話題だ。コウの口元が少し歪む。


 この感じだと十五分は続くだろう。一度動きだしたら、抜けられなくなる。次の澱みは当分訪れない。


 コウはすぐに返事をした。


『ごめん。俺、そろそろ落ちるわ、またな』

 コウは強引に終わらせることを選んだ。


 無理に引き延ばせば、楽しい雑談が楽しくないものになる。湯呑に入れられたままの緑茶がだんだんくすんでいくように。アバターで過ごす時間を楽しくないものにしたくなかった。


 さすがに寝ると宣言してすぐログアウトするわけにはいかないから、少しだけ待つ。


『そういや、そんな時間か』


 次のリアクションにほっとする。『まだ早いでしょ』なんて言われると、抜けづらくなるところだった。


 コウはオリンポスをログアウトすると、ヘッドマウントディスプレイを外して、机のすぐ隣にあるベッドに転がった。


 VRは体を動かしたのとも、ゲームを長時間したのとも異なる疲労感がある。疲労だけなら眠りにつくのに足りている。


 なのに、目は冴えていた。


 体は疲れているが頭のほうは興奮している。


 こういうことはちょくちょくあることだ。


 眠るのに努力がいるような、矛盾した状態。


 どうせしばらく眠れないと、コウはスマホを開いた。





 自分が打ち消した話題である《AVENA》なるものを、せっかくだから検索してみようと思った。


 スマホのホームに設定しているサイトのヘッドラインには悪質行為についての記事が目につく。

 また厄介なウイルスプログラムが現れたらしい。


 視界ジャックを行うウイルスだ。


 VRの発展のせいで受ける被害も大きくなったのは皮肉だな、とコウは思う。


 普及前、ウイルスはあくまでもパソコンやスマホといった、使用者の外部に対する攻撃が主だった。パソコンの挙動がおかしくなろうと、それを無視してジョギングや日光浴に出かけることは可能だ。


 でもVRの世界を堪能している人間にとって、その世界での視界を奪われたり、移動を止められたりするのは、肉体の自由を制限されるのと同じ。


 ましてやつい二、三年前に公開された技術革新により、その凶悪さがさらに加速してしまっていて、実際に視界ジャックされたユーザーはどうすることもできなくなってしまう。



 検索バーに《AVENA》と入力した。



 ウィキペディアやまとめサイト、それから関連動画などが無数にヒットする。


「ふぅん。盛り上がってはいるんだな」

 ベッドに転がりながら、適当にまとめサイトを眺める。


 テキストは斜め読みだ。


《AVENA》というのは、謎解きをメインにしたVRゲームの一種らしい。多人数で参加することから、アトラクションという扱いもされているようだ。


 出題される問題は誰でも解けることを前提としているようなものではなく、大半が難問奇問悪問。


 唯一公開されている問題を見ても、ファーストステージにチャレンジしている人間の動画に目を通しても、何の分野かわからない専門用語がずらっと並んでいた。

 そこまでなら難しいクイズ大会ということで終わる。


 もっとも、まとめサイトの《AVENA》の説明はまだまだ続き、そこから一気にオカルト寄りになった。

 まずゲームの制作者がジ・ワンらしいと書いてある。


 ジ・ワンといえば、伝説的なVRクリエイターだ。


 難解な作風の世界を多数発表し、VRという界隈に限れば三本の指に入る著名人。そのくせ素性はまったくの謎で、著名なハッカーですら暴けない。

 本人が実際に生きていればの話だが、生ける伝説と言ってよかった。


《AVENA》なるゲームもちょうど制作者が非公開になっているらしく、ゲームが唯一無二の点と、制作者の顔が見えない点から、ジ・ワンが作ったものではないかと、声をあげる者たちも増えはじめている。



 まとめサイトのその次の項目もまた憶測だ。



 クリア報酬の噂として掲載されている女の子アバターのスクリーンショットが掲載されている。


 乱暴に言えば、アニメ的なタッチの美少女アバターの部類だ。

 それも誰かが盗撮したかのような角度で、出典も当然明かされていなかった。


「こんなものまで、ジ・ワンが作ってるのか……?」

 過去のジ・ワンの作品とは世界観がずいぶん違う。


 コウはジ・ワンの熱狂的なファンではないが、それでもジ・ワンの作品には独特の取り込まれるような感覚があった。

 それがこのゲームには感じられない。


 ジ・ワンはおどろおどろしいVR空間も虚無的なVR空間も過去に作ってきたが、《AVENA》の空間も美少女アバターもその流れから外れているように思える。


 ただ、ジ・ワンの作品は解釈がいくらでもできるのが通例なので、どんなものでも結びつけられそうだが。

 簡単なまとめサイトでわかるのは、その程度だった。



 確実なのはそのゲームがリアルタイムで無茶苦茶盛り上がっているらしいということだ。



 サイト下部にあるコメント欄にも、考察や反論がにぎわっていた。


 コウのようにジ・ワンとは無関係だと否定的なことを書いている奴。ジ・ワンの根拠が示されていると考える奴。そもそもゲームの特殊性を論じる奴。ゲームの難易度にすら意味を見出そうとする奴。アバター参加の必然性を解釈する奴。百家争鳴といった感じだ。




「はぁ」

 疲れからくるため息ではなかった。


 これだけ他人が熱狂するものを自分も作れれば、過去は変わったのかもしれない。




 コウも熱中したものはあった。




 去年の高校一年の冬、絵画コンクールに全力をぶつけたコンクールは落選した。


 自分の無根拠な自信より、ほかの人間の冷徹な評価のほうが事実を示したのだ。

 もともと絵を描くことに反対していた父からは感情のない言葉を投げつけられたが、今は思い出したくもない。

 グレることも暴れることもなかったから、誰かを傷つけることはなかったが、あの日以来、コウは一生懸命になることが億劫になってしまった。


 いや、傷つけた相手が一人だけいた。

 絵を褒めてくれた同級生の女子一人に、きつい言葉をぶつけてしまった。


 ――どこが? ヘタクソだろ。伸びしろだってない。無責任に評価するのはやめろよ。


 言葉が頭にあふれた。


 眠れなかったとはいえ、体は眠りに近づいていたから、タチの悪い悪夢みたいにあの時の言葉がまるで音声を持ったみたいに蘇る。



 ――才能のある奴にこの気持ちはわからないだろうけどさ!



 完全な八つ当たりだった。



 ――才能のない奴にとったら、才能のある奴に関わられるのが一番こたえるんだよ! 無視されたほうがマシだ!



「こんなところで黒歴史が噴き出してくるのかよ……」

 思い出したくない記憶を振り払うように首を左右に振った。疲れのせいで動きは鈍かった。おかげで黒歴史もろくに振り払えなかった。



 スマホは手から放した。文字を追う体力は切れていた。




 結局、コウはなかなか寝つけず、眠りにつくまで数回やってきた黒歴史に苛まれることになってしまった。




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