097.相棒
「…………できたぞ……新たなる……魂の器が……」
アイオライトさんは額の汗を拭いながら、真新しいスコップを作業台へと乗せた。
神域の大空洞の最下層からさらに地面を深く深く掘り抜いた地の底。
そこで手に入れた精製途中のまだインゴットほどの大きさにはなっていないオリハルコンを、オレが回収し、アイオライトさんの元に持ち帰ってから5日。
玉手の札の効果で、外界から時間が隔絶された工房の中で、ついにアンシィの新たな身体が完成した。
いわゆる剣先スコップモードの状態で、作業台に置かれたそれは、見た目こそ、以前のアンシィと大きな違いはない。
色味が以前よりもややビビットになり、プラモデルの筋彫りのように、パーツ毎の接合部分がより細かく、顕著になった程度の違いだ。
しかし、この世界に存在する3つの伝説級の金属の合金によって作られたそれは、間違いなく世界で最強のスコップ。
姿かたちはさほど変わらずとも、目には見えないオーラのようなものを放っているように感じた。
「これが、アンシィの新しい身体……」
「……この器に……魂を……移す」
オレは、こくりと頷くと、隣の作業台に安置されていたアンシィのバラバラになった身体を隠していた布を取り払った。
「どうやったら、アンシィの魂を移植できるんですか……?」
「……君は……ヒヒイロカネの……試練で……神器の魂と……対話したと……言ったな」
「はい、オレの魂に焼き付いたアンシィと少しだけ話しました」
「……ならば……君自身が……魂を通す……"道"に……なれるはずだ」
「オレ自身が"道"に……」
オレはこくりと頷くと、作業台と作業台の間へと立った。
そうして、左手で、ボロボロになったアンシィの柄を優しく握る。
右手は力強く、アイオライトさんが鍛えた世界最強であろうスコップの柄を握った。
「アンシィ……」
穏やかに呼びかける。
オレを通り道にして、さあ。
それから何の反応もない時間が過ぎた。だが、オレはどこか確信めいた気持ちでアンシィの柄を握り続ける。
どれくらいそうしていただろうか。やがて、ゆっくりと何か温かいものが、オレの左手から身体の中へと流れ込んだ。
匂いがした。
陽だまりのような、大地そのもののような、どこかホッと安心する"彼女"の匂いが。
魂魄刀。実際に作るのは初めてだったが、師匠から鍛造の方法自体は聞いていたため、作ること自体が難しいわけではなかった。
元々、コルリからの依頼で、以前から多くの双剣を作ってきたため、コルリが使いやすい重心、長さはすでに頭に入っている。
そして、コルリから彼女が使う"奥義"についても伝え聞いた。
武器に負担のかかる大技。この技を放った際にかかる金属疲労を極力減らせるように、左右の刀のバランスをできる限り調整する。
鞘走りの代わりとなる、左の剣はやや重く、剛性を高く。速度が重要となる右の剣はやや軽く、しなやかに。
微に入り細を穿つ調整を繰り返し、究極ともいえる双剣が完成した。
ヒヒイロカネで作られたそれをコルリが手にした瞬間、それぞれの剣は、蒼く、紅く、輝いた。
蒼がコルリ本人の色だとすると、紅は彼女の亡くなった姉の色だ。
故人の魂の色が反映されるなど、本来あることではない。
どれだけコルリの魂に、姉の魂が焼き付いていたかわかるというものだ。
「ありがとう。最高の剣」
「…………ああ……イーズマを……守ってくれ……」
「うん」
「おいおい、俺様の方はどうした!?」
話を挟んできたのはコルリが連れてきた破壊者の少女、確かジアルマといったか。
コルリの双剣を作っている合間、彼女の神器級の大剣もきっちりと強化している。
迷宮で得ることのできる神器級の武器は、オリハルコンの性質に近い、形を変えられる特殊な金属でできている。
汎用性の高いものではあるが、それゆえに、こと剛性や攻撃力に関しては、アダマンタイトにはわずかに劣る。
それを、鋼帝竜の鱗から精製したアダマンタイトでコーティングすることで、より強化してやった。
あくまでコーティングにとどめたため、神器級の武器が持つ、変形能力にも対応している。
俺が違う作業台へと置いていた強化済みの大剣を差し出すと、彼女は奪い取るようにそれを受け取った。
「すげぇじゃねぇか!! こいつぁ!!」
「当然、アイオライトは、イーズマで最高の鍛冶師」
「へへっ、ただの筋肉根暗親父かと思ったら、やるじゃねぇか!」
バンバンと俺の肩を叩く少女……こういうノリは苦手だ。
「もうすぐきっとディグが来る」
「…………ああ……そちらも……任せろ……」
それだけ言葉を交わすと、コルリは一礼し、虹色の壁を抜け、駆けて行った。
「ちょ、おい! 待ちやがれ!! 俺様も行くぞ!!」
紫髪の彼女も続く。
イーズマの街へとせまる鋼帝竜。あの2人と俺の武器ならば、きっと止めることができるだろう。
さあ、あとは……。
片隅の作業台に安置された壊れたスコップを眺める。
女神の力で神器となり、心を持ったスコップ。
以前、やってきた転生者の少年が持っていた"あの武器"にも酷似したそれに少しだけ手で触れる。
心がある武器は、こうやって手で触れてやることで、何か感じられるものがある。
うん……やはり、彼女はまだ生きている。
いや、違うな。
彼女は明確に"生きようとしている"。
本来なら、粉々に砕け散った時点で、死んでしまいかねなかった魂。
しかし、彼女の生きようとする強い意志が、その魂を未だにこのボロボロの器にとどめ続けていた。
そう、まるで、自分を蘇らせてくれる誰かに期待しているかのように。
「……相棒……か……」
お互いを信頼するとはこういうことか。
この転生者と武器は、今まで出会ったどんな人々よりも厚い信頼で結ばれている。そんな風にさえ思えた。
と、目の前で、虹色の壁が揺らいだ。
瞬間、倒れるようにして、何かが工房の中へと入ってきた。
「……ディグ……!」
そう、それは件の転生者の少年だった。
その姿は、まさに満身創痍という言葉にふさわしい有様だった。
俺が持たせたミスリル製のスコップも刃が砕け、ひどい状態だ。
自分の限界すらとうに超えた、そんなボロボロの身体で、それでも彼はその血の滴る手に、大事そうに握っていたのだ。
俺との約束の品、伝説の金属<オリハルコン>を。
「…………君は……」
なんという精神力だろう。
全ての力を振り絞り、気を失って眠り込む彼の顔と作業台に置かれたボロボロのスコップを交互の見る。
まったく……この2人は……。
お互いがお互いを思って、ここまで力を出し尽くせるなんて……。
彼には娘を助けてくれた義理がある。
だが、それ以上に、彼の頑張りに報いたいという気持ち、そして、職人として、最高の品を作り上げたいという気持ちが、強く強く胸に広がっていた。
何の因果か、俺が若い頃、レフォレス村の野鍛冶として、初めて鍛えた品もスコップだった。
これから鍛えるスコップは、俺の原点にして、最高傑作。
「…………任せておけ……ディグ」
気を失い、そのまま眠りについたディグの顔を眺める。
「…………最高の魂の器を……用意してやる……!」
さあ、鍛聖アイオライトの一世一代の大仕事。
次に彼が目覚めた時、人類史上他に類を見ない、最高の魂の器をお目にかけよう。
魂とはなんなんだろう。
身体に宿る何か。人の心そのもの。その人をその人たらしめる個性。
いろいろな解釈ができるように思う。
でも、オレにとって、一番しっくりくる魂の定義とは"想い"だ。
強い気持ちそのものが魂なのだと、姉との対話を乗り越えたコルリの姿を見ているとそう思えた。
では、アンシィの魂とは、"想い"とは何なんだろう。
少し前、オレはそれがわからずに悩んでいた。恐れていた。不安だった。
だけど、あの試練の最中、オレは、アンシィの本当の気持ちに気づくことができた。
いや、あれは、本当のアンシィじゃない。
オレの魂に焼き付いた、アンシィとは似て非なるもの。
だから、本物のアンシィに、もう一度問う。言葉を尽くす。
オレの身体を通り、新しい身体へと移っていくアンシィに。
『なぁ、アンシィ。もう一度、オレの"相棒"になってくれるか?』
流れゆく魂のアンシィには、言葉を伝える手段はない。
けれど、確かに聞こえた。
彼女の明朗で、快活で、透き通った青空のように晴れ晴れとした声で。
『当たり前でしょ』
と。
笑いがこみ上げた。
ああ、そうだ。そうだったんだよ。
オレ達の"想い"は最初から一緒だったんだ。
変に悩んで、うじうじして、空回って、失敗して、言葉にすることを恐れた。
本当にバカなオレ。
でも、そんなバカなオレでも、彼女は受け入れてくれる。
楽しいことだけじゃなくて、辛いことも一緒に乗り越えたいと言ってくれる。
最高の仲間、最高の相棒。
右手を通して、彼女の魂の最後の一辺が、アイオライトが作った世界最高にして、新たなる魂の器へと流れ込む。
その瞬間、スコップはまばゆいばかりの緋色の光を放った。
「……お、おお……!!」
「さあ、アンシィ……」
その光の中、オレは生まれ変わった相棒の柄に、改めて触れる。
「行こう!!」
グッと柄を握り込んで持ち上げると、光を放つスコップは、ドクンと力強く脈動した。




