096.全身全霊を込めて
弓に光の矢を番え、放つ。
鋼帝竜の猛攻を受けるアルマ。
彼女を援護するために、ボクはそれをひたすら繰り返していた。
本来ならもっと連射するか、あるいは束ね打ちで一気に迎撃したいところだが、鋼帝竜の角の硬度はアダマンタイトと同等。
それを砕くためには、一発一発の攻撃に、かなりの魔力を込めなければならず、必然、手数は制限されてしまっていた。
「くっ!!」
パドラに殺到する角の数はどんどん多くなる。
いかに素早い精霊鳥といえども、そう長くは保たない。
隣でボクに魔力を送り続ける艶姫も同じ考えなのだろう。
歯噛みする気持ちで、それでもひたすらに攻撃を続ける。
しかし、最も俯瞰的な立場で、この場に立っていたゆえに、少しずつだが、鋼帝竜についてわかってきたこともあった。
鱗をパージしてからこっちの鋼帝竜は、機動力が大幅に上がったことはもちろんだが、その肌の硬度すらも鱗があったときを上回っている。
その上、身体のいたるところから角を伸ばすことができ、その速度、硬度ともに、恐ろしいとしか言いようがない。
だが、アダマンタイトほどの硬度を誇る金属がそれほどの速度で伸縮し、対象を攻撃するなんて行為がなぜ可能なのだろうか。
肉体すらも透視することのできるボクの眼は、その答えをすでに見抜いていた。
『流動性硬化魔感物質』
とでも、名前をつけようか。
パッと見ただけではわからないが、奴の銀の肌は非常に細かい金属の粒で構成されている。
それは普通のドラゴンの肌に比べれば、かなり頑丈ではあるが、流動性ゆえに、絶対的な防御力を持つわけではない。
しかし、奴は、敵から攻撃を受けた瞬間、あるいは、敵へと攻撃するための角を伸ばした瞬間、必要な部位に魔力を送り込むことで、流動する肉体を硬化し、アダマンタイト以上の硬度たらしめることができる。
鋼帝竜の生まれ持った恐ろしい特性。金属の粒が流動するスピードも、魔力で硬化するスピードも、ほとんど脊髄反射とでも言っていいような速さであり、とても人間が対応できるレベルではない。
硬化する前に、攻撃をしかけることはほぼ不可能。
それを突破するための打開策として、多少なりとも実現性があると私が考えられたのは2つ。
1つ目は、面での攻撃。フローラのスターライトのような、広範囲への攻撃であれば、奴も魔力を広範囲へ展開せねばならず、単位面積当たりの防御力は低下するのではないかという予想だ。
しかし、現状、フローラはコルリの安否確認に行っており、それを行うことは不可能。
2つ目は、多人数による、一斉攻撃。1つ目の時の理論と同じく、身体の各所に、圧倒的な火力をぶち込めば、対応できなくなるのではないかという予想。
だが、これも、アルマとボクしか攻撃メンバーがいない現状では難しい。
どちらの策を取るにしても、パーティがそろわなければ話にもならない。
すぐさま実行することができない以上、今はアルマがかき回しつつ、ボクが援護することで時間を稼ぐほかない。
しかし、そう悠長に時間稼ぎをすることも難しい。
鱗を落とし、身軽になった身体で、一歩一歩着実に港へと迫っている鋼帝竜。
このままでは、ものの1、2分で港へと到達してしまうだろう。
陸に上がれば、こちらとしては戦いやすくはなるだろうが、街への被害は間違いなく甚大なものとなる。
なんとしても、ここで食い止めなければならない。
「あかん!」
艶姫が叫びを上げた。
パドラの逃げ場がなくなった。
まるで猛禽類の鋭利な牙を湛える口のように、上下左右、すべての空間から、伸びた角が迫る。
あの物量、とても無事では済まない。
「アルマ!!」
援護も間に合わず、ただただ名を呼ぶことしかできないボク。
角の波状攻撃に飲み込まれるかと思われたその時、神視眼が、アルマの中の変化を感知した。
人にはそれぞれ固有の魔力がある。
量のいかんはもちろんだが、性質とでも言おうか、それぞれの人間にはそれぞれ固有の魔力の"色"のようなものがあるのだ。
神視眼の感知するアルマの魔力の"色"、それが、唐突に変わった。
「これは……!?」
変化の瞬間、迫ってきていた大量の角を、アルマが大剣の一閃で砕いた。
いや、あれはすでにアルマじゃない。
ジアルマでもない。
容姿、能力、性格、まるで、アルマとジアルマのすべてが混ざり合ったかのような……。
「ユニオン……か!」
心当たりがあった。
デュアル族には、大昔対峙した経験がある。
その時、切り札として彼らが使っていたのが、ユニオンだった。
2つの人格の一時的な完全融合。
今のアルマは、ジアルマであり、同時にアルマでもある。
2人の統合された心と身体とその能力は、見事に鋼帝竜の角を砕いたのだ。
身体から紫苑の光を放ちながら、アルマとジアルマの融合体は、次々と鋼帝竜の角を砕いていく。
その強さは、単体でのジアルマよりもずっと上だ。
アルマは特に戦闘に特化した能力を持っているわけではない。
それでも、2人が融合することで、あれだけ戦闘力の向上が見られるということは、いかに2人が特殊なデュアル族かということを物語っていた。
とにかく、これで少し盛り返した。
このまま、アルマ&ジアルマが時間を稼いでくれれば、あるいは……。
「いや、ダメだ……」
融合した2人の猛攻を受けながらも、鋼帝竜は歩みを止めない。
それどころかさらに前進する速度を上げた。
やはりこいつの耐久力は規格外すぎる……。
「皆が揃うまでは……ボクが……!!」
神視眼の魔力を全力で解放する。
ボクの肩に触れ、魔力を送り続けてくれている艶姫が、ビクッと震えた。
気合を入れる、とはこういうことをいうのだろうか。
全力で魔力を練ったボクは、弓を手放すと、両腕を鋼帝竜へと向けた。
「エアウォール!!」
全身全霊を込めた魔力で、空気の壁を作り出す。
弓では、鋼帝竜の歩みを止めることはできない。
ならば、力押しだ。
全力のエアウォールで、波の時と同じように、鋼帝竜を押し返す。
「はぁああああああああああああ!!!」
必死になる、という感覚。
思えば、ディグと出会う前は、こんな感覚になったことは一度たりともなかった。
でも、彼と、仲間達と冒険を続けるうちに、ボクは、必死になる、という感覚を徐々に学習していった。
今のボクには、守りたいものがある、守りたい人がいる。
そのためなら、自分の限界以上の力だって、きっと引き出してみせる。
港まで、あとほんのわずかな距離を空けて、空気の壁が鋼帝竜とぶつかった。
巨体から発揮される圧倒的な圧力。
壁に接して、なお進もうとする鋼帝竜の進軍に真っ向から抗う。
「うっ……うぉおおおおおお!!!」
巨体と空気のぶつかり合い。
少しでも気を抜けば押し込まれる。
だが、これまでの戦闘で、すでにボクも艶姫も多くの魔力を消費している。
残り少ない魔力を絞り出しながら、ボクは、ひと時もエアウォールが破られないように、力を込め続けた。
でも……。
「くっ……」
限界は近かった。
神視眼が明滅し、3つの目の奥が灼けるように熱い。
全身からは大量の汗が噴き出し、口の中はカラカラだ。
このまま続ければ、ボクの命はないかもしれない。
「シトリンはん! もうやめぇ!!」
艶姫の悲痛な声が響く。
でも、ボクは信じてる。
「絶対に守り抜くんだ……。ここさえこらえれば……きっと……」
『シトリン、力を抜け!』
「えっ……」
ボクのよく聞こえる耳に、どこからか"あの人"の声が届く。
ああ、やっと……やっと……!!
「任せたぞ……」
エアウォールを解除し、よろけたボクの身体を艶姫が支えてくれる。
空気の壁による妨害のなくなった鋼帝竜は、残りわずかな港までの距離を詰めようと、再び歩みを進めた。
その……時だった。
ドゴォーーン!!!
何かがめり込むような音とともに、鋼帝竜の身体が、突然大きく"沈んだ"。
まるでそう。海の中に"落とし穴"でもあったかのように。
ふふっ……やはり君は常識外れのことをしてくれるな。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
朦朧とした意識の中で、ボクが世界で一番信頼する"あの人"の叫びが港に響き渡った。