089.遥か地の底で
「砲撃開始や!!」
「了解!! 各所、砲撃開始!!」
伝令が伝わり、港のいたるところに設置された砲台から、大量の鉄塊が吐き出される。
それらは吸い込まれるように、鋼帝竜の身体の各所へとぶつかり、弾ける。
陸上だけやない。
水中では、ジャスパーが開発に成功した"魚雷"という水の中を進む"みさいる"も数は少ないものの発射され、陸上と合わせて、最大級の波状攻撃を展開していた。
せやけど……。
「鋼帝竜!! 止まりません!!」
それだけの火力を投入して尚、鋼帝竜はその歩みを止めない。
それどころか、脚を大きく振り上げると、水面を打つようにスタンプした。
その結果、波紋のように広がった波は、港に設置された砲台を次々と押しつぶしていく。
「くっ、やっぱり一筋縄ではいかんか……」
歯噛みする。
冒険者頼りだった8年前の戦いに比べて、今回は、カラクリを中心とした迎撃用の兵器もかなり充実したつもりやった。
しかし、それでも、災害とまで称されるこの竜を止めることすらままならない。
カラクリでは魔物に勝てない。
そやけど、それに異を唱えるように、通信機から一報が届く。
「艶姫嬢。出すぞ」
「ああ……期待してんで」
ジャスパーの声に、顔は見えずとも、うちは大きく頷いた。
「な、なんで、こんなことにぃ……!!」
僕こと、機巧技師見習いのブルートは、身体中に巻き付けられた管を眺めながら、嘆きの声を上げた。
「いい加減覚悟を決めんかい」
狭い空間の中で、スピーカー越しに親方……ジャスパー親方の声が響く。
「で、でも、無理ですって!! 僕、戦いの経験なんか……!!」
「仕方にゃいじゃろう。元々の搭乗者の体格に一番近かったのがお前なんじゃ。アジャストし直しとる時間はにゃい!」
確か"こいつ"に元々乗る予定だったのは転生者の少年という話だったっけ。
システム的に、体格が近い人間じゃないとうまく操作できない事情があるのは、見習いの僕でもわかるんだけど、それでも、素人の僕が乗って、どうにかなるとは思えない。
「やっぱり無理ですって、親方!!」
「だーれが、親方じゃい!! "博士"と呼ばんか!!」
そんな不毛な会話をしているうちに、いつの間にか、天から光が降り注いでいた。
見上げれば、いつの間にか天井が真っ二つに裂け、そこから青空がのぞいている。
「さあ、イーズマを守る"巨神"の初お披露目じゃ! 派手にぶちかませぇい!」
「ああ、無理ですってぇええええええ!!!!」
『伍』
整備を担当していた先輩職人達が一斉に、"こいつ"の傍から離れる。
『肆』
ゼンマイが回り始め、機体の各所が駆動する感触が伝わる。
『参』
カタパルトがわずかに持ち上がり、射出の準備が整えられる。
『弐』
視線の先、親方が頭の猫耳と親指をピンと立てたのが見えた。
『壱』
回転式掲示板に『発進』の文字が浮かぶ。
『零』
「あああぁああああああああああああああああ!!!!!」
思いっきり高所から落下したかのような強く引っ張られる感覚。
直後、重力が逆さまになったかのような浮遊感と共に、目の前が一瞬真っ白になった。
さらに、わずかな後、全身に衝撃が走る……どうやら地面にたたきつけられたらしい。
「こりゃあああ!! にゃんじゃ、その腰の入っとらん着地は!! せっかくのお披露目にゃんじゃぞ!!」
「えっ、あっ、おおっ!!」
スピーカーから響く、親方の声を聞き、周囲を見回す。
カメラのように幾重にも張り巡らされた鏡から見えるのは、まさにイーズマの風景。
そして、見下ろす街々には、イーズマ城の天守閣と同じくらいの大きさの巨大な影があった。
「さあ、行くのじゃ!! この極東の都、イーズマの守護神! その名も……」
『イーズマジン!!』
僕の乗る"それ"が、腕を振り上げ、勝手に大仰なポーズを取った。
巨大カラクリロボット、イーズマジン。
ジャスパー親方の一世一代の大発明に乗り込んだ僕の視線の先には、今まさに、イーズマへと迫りくる鋼帝竜の姿があった。
「アイオライト!」
「……コルリ……か……!」
工房の前、弟子たちに腕を引かれながらも、その場を動こうとしなかったアイオライトに私は声をかけた。
「待っててくれて、感謝」
「……ああ……」
「親方! 早く逃げないと……!!」
港から少し離れた海上には、すでに鋼帝竜の姿が確認できる。
職人街には人っ子一人いはしない。ここもすでに戦闘区域なのだ。
「……お前たちは……先に……行け……」
「で、でも……!!」
「……用を……済ませたら……すぐ行く……」
「……わかりました。親方、信じてますから!!」
私の姿を見て、何かを察したらしい2人の弟子は、お互いに顔を見合わせて頷くと、振り返らずに走り去っていった。
無口で不愛想で、勘違いされがちなアイオライトだけど、弟子たちには随分慕われているいるらしい。
アイオライトに促され、私とジアルマは、工房の奥まで移動する。
袖口から、大空洞で手に入れたヒヒイロカネを取り出すと、アイオライトは一瞬目を見開いた後、静かにそれを受け取った。
「……これなら……十二分に……魂魄刀を……作れる」
「うん」
「……あれを……」
「うん」
ディグとアイオライトは元々示し合わせていたらしい。
私が、彼から受け取った"切り札"を差し出すと、アイオライトはすぐにそれを無造作に"破り去った"。
瞬間、私とアイオライト、そして、ジアルマを含んだ工房の一角が、まるで、時空がゆがんだようにたわみ、捻じ曲がる。
気が付いた時には、私たちの周り数メートルの範囲で、虹色に輝く不可思議な壁が形成されていた。
「何だ、こりゃ?」
突然、変化した周囲の様子に、ジアルマが怪訝な声で尋ねた。
「これは"玉手の札"」
「名前だけじゃわからねぇ」
「玉手の札は、一定の範囲を、周囲の時間の流れから切り離すレアアイテム。今、この空間だけは時間がものすごく早く進んでる」
「意味がわからん」
うん、この子、頭悪そうだけど、やっぱり頭悪いみたい。
「とにかく、時間の余裕ができたということ。アイオライト」
「……10日……いや7日……くれ……」
「わかった」
7日。外の時間に換算すると、およそ14分くらい。
それなら、あの"ろぼっと"とかいうカラクリでも、何とか足止めできる……かもしれない。
正直、不安の方が大きいが、今はとにかく、任せてみるしかない。
「ジアルマ」
「気安く名前を呼ぶんじゃねぇよ」
「7日間ある。修行には十分」
「ああ?」
「あなたは力は強いけど、いろいろめちゃくちゃ。イメージトレーニングする」
私は、袖の中から、円錐状の魔道具を取り出す。
「お前の袖……何でも出てくるな」
「この魔道具は私が兄弟弟子との修行で時折使っているもの。お互いの意識をつないで、仮想空間で戦うことができる」
「戦う?」
ジアルマの口角が上がった。
「お前と殺し合いできるなら、のってやってもいい」
「いいよ。7日間、存分に試合し合おう」
お互い、魔道具に手を触れる。
鋼帝竜と戦うまでに、できる限りのことをする。
私も頑張る。だから──
「待ってるよ。ディグ」
遥か大空洞の最下層に残したパーティリーダーに向けて、私は小さくつぶやいた。
「はぁ……はぁ……はぁ……暑ぃ……硬ぇ……」
神域の大空洞の最下層。
そこからさらに深い深い穴を掘ったその底で、オレは、フラリと一瞬よろめいた。
尋常じゃない熱さに、恐ろしく硬い岩盤。
それらに阻まれて、オレは未だオリハルコンの眠る土の奥深くまでたどり着けずにいた。
身体中から汗が噴き出る。
深く掘り進むにつれ、明らかに周囲の温度が高くなってきた。
地底は高温、高圧だということは、なんとなくどこかで聞いたことがあったが、もはやサウナ状態などとっくに越している。
やけどすらしそうなほどに高熱。その上、腕が折れそうになるほど硬い地面を、オレは少しずつ少しずつ掘り進んだ。
しかし……もはや限界が近い。
「あと……もう少しなんだ……」
気を抜けば落ちてしまいそうな意識の中、オレはマジックボトルから震える手で回復薬を取り出すと、一気に飲み干した。
異空間と繋がっているマジックボトルに入っているものは、基本的に入れた時の温度がそのまま維持される。
単純な回復効果だけでなく、その冷たいのど越しにオレは生き返る思いだった。
しかし、そうやって吸収した水分も、すぐに汗となって体外へと排出される。
一度すっきりとした頭に、再び靄がかかり始める。
どんなに気合を入れたところで、これ以上、この場にとどまり続けることは不可能。
ならば、残りの距離を一気に掘り抜くほか、道はない。
「はぁ……はぁ……最後の……大博打だ……」
瞬間的な穿孔に最も向いているスキル……『スコップドリル』に全てを賭ける。
「これで無理なら……いや……」
無理なもんか。オレは絶対に……。
「アンシィを……助けるんだ!!」
スキルを発動。オレの全身全霊を込めて、銀のスコップの先端を地面に叩きつける。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!!」
本物のドリルのように高速回転するスコップが、硬い岩盤を一気に削り取り、穴を穿つ。
だが、その瞬間、銀のスコップが軋んだ。
反射的に、力を緩めるオレ。
ダメだ……。こいつ、もう……。
大空洞での魔物達との過酷な戦い。そして、これまで硬い岩盤を掘り続けたダメージ。
銀のスコップの耐久力はすでに、限界に達していた。
そのままスキルを発動し続ければ、こいつは間違いなく砕ける。そうアンシィのように……。
今にも壊れてしまいそうなスコップの軋みに、オレがスキルを中断しようとしたその時だった。
"ドクン"と、スコップが脈打った。
「えっ……」
オレの意思じゃない。スコップ自身が意思を持ったかのように、回転を続ける。
まるで、このまま掘り続けろ、とでも言わんばかりに……。
「お前……」
名工が作ったものとはいえ、こいつは本当にただのスコップだ。
アンシィのように、この世界に来たことで、神器となり、意思を持ったスコップとは違う。
でも、それでも、こいつは生きている。
そう思った。こいつの熱い脈動は、決してオレの妄想なんかではない。
「いいのか……?」
物言わぬスコップが、確かに答えた。
『構わない』と。
「ありがとう……」
涙さえも蒸発する深い深い穴の中、オレは再び、腕に力を込める。
銀のスコップの脈動が強くなる。
このまま行け、とでも言うように。
今度こそ、オレは、己のスキルに全身全霊を込める。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
あらんばかりの力を込め、オレと銀のスコップは、最後の岩盤を掘り抜いた。
 




