082.鍛聖アイオライト
「親方! 艶姫様からの紹介状を持った方を連れてきました!」
工房に入ったところにいた若い鍛冶師見習いに紹介状を見せると、オレは最奥にあるアイオライトの個人工房へと案内された。
開けっ放しの扉をくぐり抜けると、ムッとした熱気が漂ってくる。
ただでさえ暑かった工房の中であるが、ここはさらに暑い。
汗が噴き出るこの環境の中、蒸気すら漂わせた背中がゆっくりと振り返った。
この環境にふさわしいと言うべきだろうか。それは、暑苦しい見た目の大男だった。
ザンバラ髪に無精ひげ、上半身は裸で、筋骨隆々とした体格は、まるで戦士だ。
この人が、鍛聖アイオライト……。
「あ、あの……」
声をかけようとするも、アイオライトさんは再びオレに背中を向けた。
背中越しにその手を見れば、巨大な炉に、大剣のような、はたまた槍のような形状の武器を放り込み、熱しているところだった。
「…………少し待て」
「あ、はい……」
有無を言わさぬ迫力に押され、オレはその場で、アイオライトさんがその巨大な武器を鍛えるのを待った。
火を入れ、冷まし、打ち、鍛える。
その過程を3回ほど繰り返した後、最後の火入れを終えると、彼は、それを作業台へと置いた。
「…………待たせたな」
「い、いえ……」
巨体の威圧感もさることながら、この人、顔がめちゃくちゃ怖い。
眉間に寄った皺に引き結んだへの字口、どう見ても機嫌が悪い。
職人というのは、元来へんつくな人が多いと聞くし、作業の途中で声をかけてしまったことで、悪い印象を与えてしまっただろうか。
だが、今は、そんな己の印象など、考えている場合じゃない。
「アイオライトさんにお願いがあってきました。これを見てください」
オレは、マジックボトルから、ボロボロになったアンシィを取り出す。
改めて見ても、ひどい状態だ。
スコップとしての原型をとどめていないどころか、刃は砕け、柄は折れ、持ち手には罅が入っている。
誰が見ても、ごみだと思うだろう。
けれど、アイオライトさんは、そんな悲惨な状態のスコップを真剣な目で見つめていた。
「…………女神の神器か」
「!? わかるんですか!?」
「……以前……転生者の武器を……直した……ことがある」
凄い!! やはりこの人は、本物だ!!
この人なら、もしかして、アンシィのことも……。
アイオライトさんは、ふと、アンシィの柄に手を添えた。
「……こいつは……まだ……生きている」
「や、やっぱり……!!」
グッと胸が熱くなり、オレの両目から涙が流れた。
アンシィは生きている……。まだ、生きているんだ……!!
しかし、続くアイオライトさんの言葉は、オレの望んでいないものだった。
「だが……このままでは……こいつは……遠からず……死ぬ」
「うっ……!? お、お願いします!! アンシィを……アンシィを直してやってください!!」
心からの懇願。
けれど、アイオライトさんの表情は険しいままだ。
「…………こいつを……直すことは……不可能だ」
「で、でも! まだ、生きてるんでしょう!!?」
「…………生きては……いる……だが……それ……だけだ」
アンシィは生きてるんだ!
それなのに、何もできないわけがない……!
「な、何か、アンシィを助ける方法はないんですか……!?」
「…………あるには……ある」
「教えて下さい!!」
オレは地面に膝をついて、深々と頭を下げた。
「…………ダメ……だ」
「えっ……」
「……あまりに……危険すぎる……」
「ど、どんな危険な事でもします!! お願いです!! 教えて下さい……!!」
地面に頭をこすりつけるように懇願するが、アイオライトさんは首を縦に振ってはくれない。
「…………君は……必ず……無茶をする……だろう」
「無茶だってなんだってします!! アンシィを助けるためなら……!!」
「……だから……教えない……」
「!?」
それきり、アイオライトさんはオレに背を向けると、再び新たな武器作りを続けようと、槌を手に取った。
ダメだ。ここであきらめちゃ……。
オレは新たな鋼材を手に取り、槌を振るおうとしているアイオライトさんの前に立った。
そして、深々と頭を提げる。
「…………どく……んだ」
「お願いです!! アンシィを助けてください……!!」
「…………オレには……できない」
「オレがあげられるものだったら、なんだってあげます!! だから!!」
オレはマジックボトルから、少しでも何か高価の物を出そうとして、手が滑った。
ころころと転がるマジックボトル。
それをアイオライトさんが掴み上げた。
「…………これは……」
「あっ!! マジックボトルです!! 収納魔法がかかった便利な魔道具で、もしよかったら、そちらを──」
「……ちがう」
「えっ……?」
アイオライトさんの視線を良く追う。
すると、彼が見ているのは、マジックボトルそのものではなかった。
マジックボトルがポーチにかけるためにつけている麻縄、彼の目はそこに向いていた。
「…………レフォレス村の……麻縄……?」
「えっ、よくわかりますね……。レフォレス村のアイナって女の子にもらったんです。丈夫でとても良いものなんです」
「…………アイナは……オレの……娘だ」
「えっ……!?」
アイオライトさんは、マジックボトルを結ぶ麻縄をいとおしそうに見つめていた。
「…………そうか……俺のいないうちに……そんなことが……あったのか」
常闇の庭園に端を発するレフォレス村の畑荒らし事件、その一部始終をオレから聞いたアイオライトさんは、再び、いとおしそうに麻縄を見つめた。
「…………アイナを……助けてくれて……感謝する」
「いえ、アイナちゃん、めちゃくちゃ良い娘さんですよね」
「…………ああ……自慢の……娘だ」
険しい顔に、少しだけ柔らかな微笑みが見えたような気がする。
アイナが話すお父さん像と違わず、アイオライトさんは、強面だけど、とてもやさしい人のようだ。
だからこそ、オレを危険な目に遭わせないように、あえてアンシィを助ける方法を伝えないようにしているのだろう。
けれど、それだけは……それだけは……何としても教えてもらわなければならない。
「アイオライトさん……。アイナちゃんの髪飾りを見つけることができたのは、アンシィのおかげなんです。あいつはスコップだけど……人間以上に優しくて、明るくて……人の痛みがわかる奴なんです。そんなあいつだから、オレは絶対に、あいつを救いたい……」
言葉を紡ぐ度に、知らず知らずのうちに、涙が流れていた。
「…………オレも……恩人を……助けたい……気持ちはある」
「じゃ、じゃあ……!!」
「……だが……やはり……ダメだ……恩人……だからこそ……危険な目には……」
やはり教えてくれないアイオライトさん。
だが、なんとしても、教えてもらわねばならない。
そんな強い意志で、再び腰を折ろうとしたその時だった。
「だったら、私も一緒だったらどう?」
「えっ……?」
工房の開けっ放しの扉。
そこに背を預けるようにして、素顔のコルリが立っていた。
「コルリ……なんでここに……?」
「私もアイオライトに用がある」
とことことアイオライトまで歩み寄ってきたコルリは、長い裾から二本の双剣を取り出した。
あの鋼帝竜との戦いで使っていた双剣だ。
どちらもひどい刃こぼれが生じ、半ばから折れてしまっている。
それを見たアイオライトが目を細めた。
「あなたの武器でも、こうなった」
「…………そうか」
コルリから双剣を受け取ると、アイオライトはその折れた刀身を観察するように眺めた。
「…………もっと……強い武器が……欲しいのか?」
「うん、それもとびっきりのが欲しい」
「……悪いが……この双剣……以上の物を……作れる……自信が……ない」
「確かに。普通に手に入る金属で、その剣よりも強力な武器はあなたでも作れない。でも……」
どこか探るような視線をコルリはアイオライトさんに向けた。
「伝説の金属ならば、どう?」
「伝説の金属……?」
そうだ。そういえば、艶姫さんと初めて出会った時、イーズマには、神が与えし金属が存在すると聞いた。
そう、確か……。
「……オリハルコン」
「ディグも知ってた?」
「あ、ああ……艶姫さんから聞いた」
「アイオライト。アンシィを助けるために必要なもの、それはオリハルコンなんでしょう?」
コルリの言葉に、一瞬、視線を逸らしたアイオライトさんだったが、しばらくすると観念して、首を縦に振った。
「……ああ……だが……あくまで……オリハルコンは……必要なものの……一つに……過ぎない」
「ふーん、少なくともオリハルコンの在りかはわかってる。神域の大空洞。それがわかっている以上、ディグと私はそれを採りに行く。どうせなら、他に必要なものも先に教えておいてくれると助かる」
アイオライトさんは、もはや止められないと判断したのか、項垂れるように、ゆっくりと椅子に腰かけると、口を開いた。
「……神器を……復活……させるのに……必要な……ものは……3つだ」
3本指を立てたアイオライトさんは1本ずつそれを折っていく。
「……1つは……神の作りし……至高の金属……オリハルコン」
2本目の指を折る。
「……1つは……人の魂を……力に変える金属……ヒヒイロカネ」
最後の指を折る。
「……1つは……最高硬度を誇る……最強金属……アダマンタイト」
すべての指を折り切ったアイオライトさんはゆっくりと視線をオレ達へと向けた。
「……これら……3つの……金属が……必要に……なる」
「オリハルコンにヒヒイロカネ……そして、アダマンタイト」
伝説級の金属が3つも必要になるとは……。
だが、泣き言など言ってられない。
「そのうち、一つは、もうここにあるわ」
と、コルリが自身の裾の中から、一抱えある金属の塊を取り出した。
「……これは……アダマンタイト……!?」
アイオライトさんの難しそうな顔に、わずかな驚きが見て取れる。
「アンシィが突撃した時に、剥がれ落ちた鋼帝竜の鱗の欠片。これだって、アダマンタイトだよね?」
「……ああ……これなら……相応の……武器を……作れる」
恭しく金属を受け取るアイオライトさん。
「でも、私が作って欲しい武器は、アダマンタイト製の武器じゃない」
「…………魂魄刀……か?」
「そう」
コルリが頷く。
「……それには……ヒヒイロカネが……必要だ……」
「わかってる。だから、私はディグと一緒に行く」
アイオライトさんとコルリは視線を合わせると頷き合った。
そして、2人の視線がオレの方へと向く。
「ディグ。アンシィを助けるために必要な残り2つの金属、オリハルコンとヒヒイロカネは両方とも神域の大空洞にあるわ」
「……ああ!」
「今、動けるのは私達2人だけ。ディグの仲間達もまだ眠ってる。誰の手助けも受けられない。それでも……」
「行くに決まってる……。オレは、絶対にアンシィを助ける……!!」
「そう……言うと思った」
コルリはアイオライトさんに向き直る。
すると、アイオライトさんはどこからか二振りの剣を持ってきた。
「……今ある……ものの中では……一番の……ものだ」
「ありがとう」
コルリは二振りの剣を受け取ると、袖の中へと閉まった。
同じく、アイオライトさんは、オレにも何かを差し出した。
「こ、これは……」
それはスコップだった。
おそらくさっきのコルリの剣と同じ材質で作られているのだろう。
剣先状の刃は、炉の灯りを反射して、わずかに紅色に輝いている。
「……元々……オレは……農具作りが……専門だ……自信作だ」
そう言って差し出してくれたスコップをオレは受け取る。
どことなく手に馴染む重さ。
悪くないどころじゃない。
今のオレにとって、最高の逸品だ。
「あ、ありがとうございます!!」
「……無理だけは……するな」
「はい!!」
深々と頭を下げたオレは、どこか決意を込めた瞳のコルリとアイコンタクトを交わすように頷き合った。