081.一縷の希望
孤島での鋼帝竜との戦いから丸1日が過ぎた。
街に戻ってからはいろいろなことがあったらしい。
艶姫さんから、情報が伝えられた東冒険者組合本部では、緊急会議が開かれ、近いうちに再び姿を現すであろう鋼帝竜への対応として、冒険者の招集が行われている。
港も臨戦態勢を取るべく、漁船が撤去され、各所で大砲やカラクリ仕掛けの武器の設置が急ピッチで進められていた。
奴が再び現れるまで、どれくらいの猶予があるのかはわからない。
だが、オレにとっては、もうそんなことどうでもいい。
「アンシィ……」
机の上に置かれたアンシィの残骸。
今でも脳裏に焼き付いているアンシィの最後の瞬間。
何度も後悔し、何度も涙を流し、何度も叫びを上げた。
でも、アンシィは戻ってこない。
そう、戻って……来ないのだ。
「う、うぅ……」
全部、オレのせいだ。
アンシィを戦いの道具として使い、傷つけ、そして、最後には壊してしまった。
オレが、彼女をこんな世界に持って来なければ……。
「おい、いつまでそこでそうやってやがる」
振り向きはしない。その声は、最近聞き馴染んだ声だった。
ジアルマだ。彼女は、オレが目覚めるまで、この楼閣の部屋の中でずっとそばについていてくれたらしい。
「レベルを上げに行くぞ。今度こそあのクソドラゴンをぶっ殺してやる」
「…………無理だよ」
「無理じゃねぇ。行くぞ」
「だから無理だって……」
乱暴に振り向かされたオレは、無気力にジアルマの手を振り払った。
「てめぇ……」
「今からレベルを多少上げたところで、あいつには勝てないよ」
「そんなこと、やってみなくちゃわからねぇだろうが!」
「無理なんだよ……。オレは……アンシィがいなくちゃ……」
そのままペタンと床に座り込む。
転生者であり、スコッパーであるオレは、スコップしか装備することができない。
つまり、アンシィがいなければ、オレには戦う手段なんてないのだ。
「ちっ……思った以上の腑抜けだったな」
なんとでも言ってくれ……。
「オレは諦めねぇぞ。絶対にあのクソドラゴンをぶち倒してやるからな!!」
そう言い残して、ジアルマは乱暴に扉を開けると、部屋を出ていった。
「ああ、アンシィ……アンシィ……」
オレは再び、アンシィの残骸に手を触れる。
砕かれた刃、折れた柄、罅の入った持ち手。
語り掛けても、あの底抜けに明るい声は返って来ない。
虚無感の末、オレはその折れた柄をグッと握りしめた。
その……時だった。
「あっ……」
仄かに柄に熱が籠った。
これは炎帝の加護……!?
「アンシィ!! 生きてるのか、アンシィ!!!」
オレは必死に呼びかける。
けれど、それ以降、二度と手のひらに熱が伝わることはなかった。
「どうやら、アンシィはんはまだ死んではおらへんみたいやね」
「艶姫さん……!」
いつの間にか、部屋の中には艶姫さんが立っていた。
しかし、昨日の姿とは違い、打掛の裾は乱れ、目の下にも少し隈ができている。
ギルドマスターとして、昨日から一睡もせずに、フル回転で働いているのだろう。
そんな忙しい中で、いったい彼女は何をしに来たのだろう。
「ディグはん。まずはこんなことに巻き込んでもうてすまん。全部、うちらのせいや」
「…………いえ」
実際、艶姫さんにはなんら悪いところはない。
ただただ、鋼帝竜という天災に見舞われただけに過ぎないのだから。
それに鋼帝竜が現れた理由……もしかしたら、ジアルマが大地を割くほどの攻撃をしたから、それに反応して目覚めたということも考えられる。
どちらにしろ、誰かに非を求める気にはなれなかった。
「もし、ディグはんが望むんやったら、出国の手筈をすぐにでも整える。お仲間2人はまだ目を覚まさんけど、船で移動させるんやったらなんとかなるはずや」
「ありがとうございます、でも……」
オレはアンシィを見つめる。
「ディグはん、アンシィはんを助けたいか?」
艶姫さんの問いかけに、オレは力強く頷いた。
「……わかった。それやったら、ここを訪ねるといい」
「これは……」
そう言って、手渡されたのは、紙が2枚。
1枚は、とある場所を示した地図。そして、もう1枚は、手紙だ。
「アイオライトの工房の地図と、ギルドからの紹介状や。彼やったら、もしかしたら、アンシィはんを元に戻すことができるかもしれん」
「ほ、本当ですか……!?」
「あくまで、可能性があるというだけや。すまんけど、はっきり助けられる、とは言われへん」
「で、でも、可能性はあるんですよね……?」
「……今はそれに賭けてみるしかあらへん」
オレは、艶姫さんの目を見て、こくりを頷いた。
「言ってみます。それしか……今のオレにできることはないから」
「うん。悪いけど、うちは鋼帝竜への対策で忙しくて、君にこれ以上力を貸してあげることができへん」
「こうやって情報をいただけただけで十分です。……フローラとシトリンを頼みます」
深く腰を折り、そう伝えると、オレは居ても立っても居られず、バラバラになったアンシィの身体をマジックボトルに入れ、部屋を飛び出した。
街では急ピッチで、鋼帝竜への迎撃態勢が整えられていた。
市民の姿は見えず、ほとんどが冒険者や技師、職人達の姿ばかり。
そんな忙しない街中を、オレは必死で駆ける。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
名工アイオライト……鍛聖と評されるその人物ならば、あるいはアンシィを直すことができるかもしれない。
一縷の望みをかけて、オレはアイオライトの工房を目指す。
しかし、初めての街だ。
ある程度の場所については地図を見ればわかったが、正確な場所ははっきりとはわからない。
あちらでもない。こちらでもない。
気持ちだけが焦って、走り回っているうちに、オレは角から出てきた誰かとぶつかった。
「おっとっと……!」
ぶつかった人物が持っていたペレットが、石畳の地面にぶちまけられる。
「す、すみません……って、あっ……」
「ディグ君じゃないかぁ……!」
オレのぶつかった相手、それは、同じ客船で友達になったブルートだった。
「いやぁ、たいへんなことになったね……。まさか、伝説の竜が、現れるなんて……」
一緒にペレットを拾い上げたブルートは、冷や汗を浮かべながら、頬を掻いた。
「ブルートは逃げないのか?」
「うーん、それもちょっとは考えたけどさ。親方達は最後まで戦うみたいだし、僕もこのピンチ一緒に乗り越えたいなって。まあ、僕にできることなんて、こうやって製鉄の材料を運んでくることくらいなんだけど」
少しひ弱そうな見た目なのに、しっかりと腰を据えた彼の態度に、思わず、ほぅ、と息が漏れた。
ブルートはあの鋼帝竜の強さを知らない。知らないからこそ、こうやってまだ冷静に構えていられる部分はあるだろう。
けれど、逃げる機会がありながらも、お世話になる工房のために、この街にために、自分にできることをしようとするその姿勢には、素直に尊敬の念を抱く。
アンシィが死んだと思って、何もかも投げ出そうとした自分とは大違いだ。
「もう心は立派な技師なんだな」
「腕前の方も早く相応になりたいものだけどね。さっ、無駄話してる時間はないんだった。早く、親方達のところにこいつを運ばないと」
「あ、ちょっとだけ待ってくれ! あのさ、この辺で、アイオライトっていう鍛冶師の工房があるらしいんだけど、知らないか?」
「へっ……?」
ブルートは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をすると、すぐ目の前の建物を指差した。
「アイオライトさんの工房だったら、ここだよ」