063.VSホーリーゴーレム
万全の準備を整え、オレ達はそろそろ見慣れてきた白亜の塔の前に立つ。
緊急離脱のための転移結晶も各自に再び配布済みだ。
昨日、ミナレスさんから聞いた辻斬りの件も、すでにみんなで共有している。
索敵も担当するシトリンはいつも以上に気合が入っている。
「さあ、行くぞ」
オレの声と共に、扉を抜けると、一昨日離脱した50層へと瞬時にワープした。
さて、ここからがいよいよラストステージ、残り日数は5日だ。
つまり最悪1日で2層ずつ攻略すればよいということ。
今までのペースなら余裕だが、アルマの話では、51層以上は、一気に難易度が跳ね上がるという。
できる限り慎重に行こう。
思いも新たに、オレ達は51層へのワープゾーンをくぐった。
結論から言うと、オレ達が58階フロアに至るまで、辻斬りに遭遇することはなかった。
どうやら、奴は、すでにこの聖塔にはいないか、あるいは、たまたま遭遇せずにここまで来ることができたようだ。
59層はボスフロアで、長時間滞在することはできないらしいので、もし、辻斬りが待ち構えているとすれば、60層だと考えられるが、そもそもソロプレイで59層のボスを攻略することは、物理的にほぼ不可能であるらしい。
つまり、その可能性もないわけで、オレはホッと胸をなでおろした。
「さあ、いよいよだな」
目の前のワープゾーンを前に、オレはふぅ、と軽く深呼吸をした。
58層までの攻略に実に3日を要した。
奇数フロアのフィールド型ダンジョンはシトリンの神視眼で比較的楽に攻略することができたが、やはり偶数フロアの洞窟型ダンジョンの方で、かなり時間を取られた。
オレのスコップ技能が使えないのはもちろんだが、一層一層の複雑さもかなり極まっており、アルマの正確なマッピングがなければ、きっと一生攻略することなどできなかっただろう。
どのフロアも魔物の強さもかなり強化されており、時には、魔人級かと思えるような、ユニークモンスターに出会うことすらあった。
オレとアンシィだけでは、とても敵わないようなそいつらも、フローラの補助とシトリンの援護とアルマの知識があれば怖くはない。
攻略進度はグッと遅くなったものの、着実に最上階を目指し、昨晩58層の一角にあるセーフゾーンまでたどり着いた。
そのまま攻略するのも良かったが、やはり万全の態勢で臨んだ方が良いということになり、全員で数時間の仮眠と休息を取った。
そして、いよいよボス部屋へと挑む。
アルマから事前にボス部屋の攻略法は聞き及んでいる。
もし、事前情報がなければ、確実に詰んでいたような割と鬼畜仕様な攻略法だが、要はオレだ。うまくやってみせる。
「行くぞ!」
オレを先頭にワープゾーンに飛び込むと、巨大な城の大広間のような空間へと転移した。
白塗りの壁や柱は、聖塔の外観にもよく似ている。
「来るぞ!」
シトリンの声に、全員が武器を構えた。
突如、地面に魔方陣が出現したかと思うと、その中から光に包まれて何者かが召喚される。
巨大な腕を持ち、山ほどにも感じる大きな体。サンドゴーレムやスノーゴーレムにも酷似したその姿は、全身が光で包まれている。
「あれがホーリーゴーレム。この聖塔を守護する白亜の巨人です!!」
アルマが巨人を指差し、そう注釈する。
「一気に行くぞ!!」
その言葉を皮切りに、オレは、作戦通り奴に突っ込んだ。
まずは、小手調べだ。奴の攻撃スピードや対応力をこの目に焼き付ける。
ヒートスコップで脛の辺りをぶったたく。しかし、奴は微塵もたじろぐ様子はない。
シトリンも遠距離から光の矢で奴を射抜くが、やはり同属性ということもあってか、たいしてダメージが入っているようには見えない。
おそらくフローラのホーリーチェインも普段ほどの効果は得られないだろう。
「ディグさん、手筈通りに!」
「わかった!」
アルマの叫びに、地面にクレーターさえ作ってしまう剛腕を避けながら答える。
オレはアンシィに飛び乗ると、嵐帝の加護による飛行能力で、滑るように奴の股を潜り抜けた。
目指すはこの大広間の四方に設置されたスイッチだ。
元来、人間の冒険者の中には、ホーリーゴーレムに有効な"闇"属性の攻撃を有しているものが少ない。
だから、正攻法でホーリーゴーレムに挑めば、どうしても長期戦となり、じわじわとこちらの体力を削られたのち、最後には転移結晶による撤退を余儀なくされてしまうことがほとんどだ。
しかし、闇属性を有していなくても、奴に大ダメージを与える方法が一つだけある。
それが、四方に設置された巨大な水晶だ。
赤、青、黄、緑。それぞれの色の水晶には、炎、水、土、風の四つの属性の魔力が込められている。
これらの水晶を破壊すれば、ホーリーゴーレムがその魔力を吸収し、それぞれの属性のゴーレムに変化するのだ。
それによってゴーレムの火力は高くなるものの、属性をつくことで、こちらからのダメージも大幅にアップさせることができる。
「おらぁ!!」
高速で水晶に接近したオレは、アンシィでまずは、黄色のそれを破壊する。
すると、水晶に込められた魔力が暴発し、黄色の魔力の渦が、空間を満たした。
一瞬のち、解き放たれたその魔力をホーリーゴーレムが吸収し始める。
白い光を放っていた奴の身体が、少し土色に近い黄色に変わり、空間を地響きが覆う。
「やりました!」
アルマの声が響き渡る。
奴の属性が、光から土に変化した。さながらストーンゴーレムとでも呼ぼうか。
これで、奴には地属性の弱点である、風属性の攻撃が通る。
そして、風と言えば。
「シトリン!!」
「はぁあああああ!!」
シトリンが嵐のように吹き上げる風魔法を奴に叩き込む。
「ぢぃいいいいいいいいいいい!!!!」
初めての奴の慟哭。ホーリーゴーレムの時とは比較にならないほどのダメージが、確実に入っている。
だが、さすがに一撃ではどうにもならない。
すぐに体勢を立て直した奴は、地属性の魔力を纏うようにして、地面を殴る。
すると、床が大きく揺れ動き、さながら地震のように波打つ。
「わわっ!?」
「くっ……!!」
その衝撃に、フローラ達は立っていることすらできない。
だが、地面に立っていなければ、どうということはない。
アンシィに乗って浮遊したオレは、大急ぎで、動けないフローラ達に拳を振り下ろそうとしている奴の元へと戻る。
「食らいやがれっ!! アンシィ!!」
「やってやるわ!!」
アンシィが嵐帝の加護を全開にして、奴に突撃する。
奴にぶつかるその瞬間、オレは奴の頭を跳び越すようにして跳躍した。
アンシィのみが奴の背中から胸を貫くように、その身体を穿ち、突き抜ける。
突き抜けてきたアンシィの上に、奴の上を悠々と飛び越えたオレは再び着地した。
「ぢぃいいいいいいいいいいいいいい!!!」
弱点属性である風の力を纏ったアンシィの渾身の一撃、それにより、今日一番の叫びが大広間にこだました。
すると、次の瞬間、奴を纏っていた黄色の魔力が霧散する。
ダメージを与えすぎたことで、土の魔力が許容限界を超えたのだ。
再び、ただの光の巨人となった奴は、大ダメージ直後でやや鈍重な動きをしているものの、まだまだ、戦う余力がありそうだ。
一瞬でそれを確認したオレとアンシィは、奴を貫いた勢いそのままに、次は、また違う水晶へと肉薄する。
次の水晶は青、すなわち、水属性の水晶だ。
たたき割ると同時に、今度は水色の魔力があふれ出し、奴の身体がまるで液体でできているかのように変質する。
ウォーターゴーレム。
見た目からすると、おそらく弱点属性以外の物理攻撃も無効だろう。
だが、こちらには炎帝の加護がある。
オレが大急ぎでウォーターゴーレムへと飛ぶ間、仲間たちがなんとか時間をつなぐ。
「今です!」
「えーい!!」
タイミングを計ったフローラの声と共に、アルマが見た目に反する膂力で、ビールジョッキほどの木樽を奴の頭上へと投げ上げた。
続けざまに、4つの樽が奴の頭上へと投げ上げられたかと思うと、シトリンが風の魔法で、それらを次々にたたき割った。
すると、奴の上に何かが降り注ぐ。そう、それは油だ。
続け様に、フローラがホーリーチェインを伸ばす。
両腕から伸ばされたホーリーチェインが油をかぶった奴の近くで勢いよくぶつかった。
すると、ほんの小さな火花が奴の周りで散った。
次に瞬間、油に着火したそれは、大きな炎となって奴の身体を包み込んだ。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」
オレ以外炎属性の攻撃を持ち合わせていないオレ達パーティーではあるが、アイデア次第で、こんな風に炎を扱うこともできる。
さすがだぜ、三人娘。
「さて、そんなもんで終わりじゃないぜ!!」
ようやく奴の元へと戻ったオレは、もだえ苦しむ奴のちょうど股下あたりに着地すると、頭上に向かってアンシィを構えた。
「アンシィ!! やってやれ!!」
「炎帝煉獄陣!!!」
久々の大技。炎帝の加護の全魔力を込めた煉獄の炎が奴の直下で爆発した。
ただでさえ、追い打ちの上に、まったく無防備な真下から超火力で炙りあげられたやつは声も出せない。
さらに、シトリンが神視眼の魔力を全開にした風魔法で、煉獄の炎の火力をさらに引き上げる。
やがて、炎を振り絞ったアンシィと共に、オレは奴の直下から仲間たちの方へと飛びずさった。
いつの間にか、奴の液体質の身体は、元の白いボディへと変わっている。
しかし、まるで明滅するかのように、あれだけ明るかったその光が、大きく弱まっている。
あと一歩。
すかさず、オレはフローラを抱えると、今にも倒れ伏しそうな奴の胸元へと飛び込んだ。
ダメージの通りにくいこの白いボディ、貫くは、死の回復魔法。
「ヒールバースト!!!」
コンプレックスを最強クラスの攻撃技へと進化させたフローラの必殺技が奴の胸元で炸裂した。
「びぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!」
ついに奴の耐久力を削り切った。
ボロボロと剥がれ落ちるように光の身体が霧散し、宙に溶けていく。
やがて、その巨体が完全に消え去ると同時に、奴が元々立っていた場所には、見慣れた青い渦がいつの間にか現れていた。




