061.休息日~フローラ~
陽が傾き始めたころ、オレは西ギルドにアルマを送り届けると、元気に手を振るアルマと別れた。
休日も残すところ半分もない。
あとは、何をしようか。
「ん、あれは……」
西ギルドから二つ隣の筋を何気なく歩いていると、見知った顔を見つけた。
フローラだ。
だが、普段とは装いが違う。
レース地のオフショルダーブラウスに、薄緑色のサーキュラースカート。
おそらくレナコさんにもらった服のひとつだろう。
休息日でもないと、なかなか着る機会のない服だろうし、気分を変えてみたかったのかもしれない。
そんな恰好をしたフローラは冒険者にこそ見えないが、やはり本人の顔が良いのと元のオレの世界風な装いなこともあってか、やや目立っている。
先ほどから、遠巻きに何人かの野郎がフローラのことをガン見しているし、ナンパされないうちにちょっと声をかけた方が良さそうだ。
「うーん、やっぱり1人では……でも……」
「へい、そこのかーのじょ」
「えっ……?」
ふざけてナンパ風に声をかけたためか、最初ビクッとしたフローラだったが、振り向いてオレだけとわかると、ホッと胸をなでおろした。
「もう、ディグ、誰かと思いましたよ」
「ごめんごめん。でも、本当にこんな風に声をかけられるところだったぞ」
オレとフローラが親し気に会話しているのを見てか、さっきからフローラに声をかけるタイミングを見計らっていたらしい野郎どもが、苦々しい顔で去っていった。よしよし。
「ところで、こんなところで何を突っ立ってたんだ?」
「あ、えーと……このお店に入ろうか入るまいか悩んでいまして」
「ほうほう」
目の前の建物を見ると、そこはオープンテラスのカフェだった。
カップル御用達の場所のようで、店内にいる客はほとんどが男女セット。
そして、ほとんどのペアが一人では食べられないほどの大きなパフェを一つのグラスから仲睦まじく食べている。
なるほど。
「あ、もしかして、あのパフェ目当てか」
「そ、そうなんです! あのチョコレートパフェがとても気になってしまって……! でも、さすがにあれを丸々食べたら、もっとお腹にお肉が……って、あっ!」
オレに食いしん坊だと思われたと感じたのか、フローラの顔がみるみる赤くなる。
甘味に関しては、フローラもアンシィと同じくらいよく食べるもんなぁ。
お腹の肉についても……うん、今さらだぞ。
というか、ソロで食べるうんぬんよりも、あれか。カロリーオーバーの方を気にしてたのか。
「オレが一緒に食べようか?」
「えっ……いいんですか……!?」
「ああ、たまには甘い物ってのも悪くない」
「ディ、ディグとおしゃれなお店で二人っきりでパフェ…………ぜ、ぜひ!!」
フローラが珍しくオレの手を取って、店へと入る。
よっぽど食べたかったんだなぁ。
店員に指で2人ということを伝えると、2階の一番道よりの席へと案内された。
ここからだと聖塔の威容がよく見える。
白亜の聖塔をバックに、オープンテラスに佇むフェミニン美少女……うん、なかなか画になる。
「フローラ、今日のその恰好、めちゃくちゃ可愛いな」
「ほ、ほんとですかっ……!!」
「うん、レナコさんにもらった服だよな?」
「そうです! どうせ休息日だったら、普段着られない服を着てみたいと思いまして……。結局お昼まで悩んじゃったんですけど、ディグにそう言ってもらえて、選んだ甲斐がありました」
まるで、オレに見せること前提みたいに言ってくれてるが、そうか、そんなに悩んだのか。
部屋でいろいろな服を取り換えては、一人ファッションショーをしているフローラの姿が目に浮かぶ。
「髪もちょっと違うな」
「き、気づいてくれました!? ちょ、ちょっと毛先を巻いてみたんです……レナコさんがこういうのもかわいいって、祝勝会の時に教えてくれたので」
レナコさん、グッジョブ。
と、フローラの格好を絶賛しているうちに、注文していたチョコレートパフェがやってきた。
「うわぁ……!!」
フローラがその姿に目を輝かせる。
実物がテーブルの上に乗ると、なかなか迫力があるな。
1人では、当然食べきれそうもない量だが、2人いればなんとかなるだろう。
「んじゃ、さっそく食べようか」
「はい!!」
お互いに柄の長いスプーンで最初の一口を掬う。
口に運ぶと、なかなか濃厚なチョコの甘みとほのかな苦味が広がった。
うん、ややビター寄りのようで、そこまで甘味が好みというわけでもないオレでも食べやすい。
「おいしいです……。ああ、本当に夢みたい……」
恍惚とした表情を浮かべながら、パクパクとチョコレートパフェを口に運んでいくフローラ。なかなかペースが速いな。
フローラに追いつこうと終始無言でパフェにぱくつくが、とても追いつけない。
まあ、オレはパフェを食べることよりも、おいしそうに食べるフローラの姿を楽しませてもらうとしよう。
普段、どことなく自分を押さえがちなフローラだけど、甘味を食べている時は本当に幸せそうで、見ているだけでこちらまで幸せな気分になってくる。
多少太ってしまうのなんて気にせず、もっと食べてくれてもいいんだけど、まあ、その辺りは複雑な乙女心なのだろう。
「ディ、ディグ、私の顔に何かついてますか……?」
スプーンを置いて、食べる様子をマジマジと見つめているオレを不思議に思ったのだろう。
フローラが小首をかしげた。なんだか、そんな動作もとてもかわいらしい。
「いや、ただ可愛いな、って」
「か、可愛い……!? も、もう! そういうのはシトリンやアルマちゃんに言ってあげて下さい……!!」
本気で照れた様子のフローラに苦笑してしまう。
うちのパーティーメンバーの女子達は、なんでこう自己評価が低いんだろうね。
常に自信満々なのはアンシィだけだ。
「あ、口元にクリームが……」
必死で食べているせいか、珍しく唇の下にクリームがついていたので、オレは人差し指でそれを拭ってやった。
そして、何気なしにその指についたクリームをなめた。もったいないしな。
美紅のばあちゃんもよく食べ物は粗末にするなと言ってたし。
「なっ…………なっ…………!!!!?」
「ん、どうしたフローラ?」
「なんでもありません!!!!!!」
なぜか真っ赤になったフローラは、今までよりもさらに勢いよくパフェを食べだした。
こちらには視線も向けてくれないあたり、甘味モードに頭が切り替わったのだろう。
「本当に……無自覚すぎます……」
「ん、フローラ、何か言った?」
「なんでもありません!!」
その後、結局9割ほど、フローラがパフェを平らげ、満足げに店を後にし、宿へと戻った。
宿に戻ると、アンシィの姿はなく、どうやら屋台へとでかけたらしい。今頃どこかでたらふく食べ歩いていることだろう。
さて、自分もそろそろ、ミナレスさんに会いに、再び西ギルドに向かうとしよう。




