006.一宿一飯の恩義は返す
さて、オレのスコップがしゃべりはじめてから早くも3日が過ぎていた。
その間、オレは近くの地面を、掘って、掘って、掘り続けた。
スコップさん曰く「アタシにホレないモノはないわ! アタシを使いまって技能レベルを上げれば、地上まで掘り抜ける力がきっと得られるはずよ」だそうだ。
その言葉に偽りなく、いくらか掘るたびに技能レベルが上昇し、様々な追加スキルを得た。
例えば、スコップ技能LV5で獲得したスコップモード変更だ。
このモードチェンジ機能を使うことで、園芸用片手持ちスコップから両手持ちで柄の長い剣先スコップへと形を変化させることができた。
進化ではなく変化。任意で元の園芸用スコップの形にも戻すことができる。
しゃべれる上に、形状変化機能まであるとは、どうやらスコップさんはこの世界に来たことで、なにやら色々な力が目覚めてしまったようだ。
ともあれ、それにより掘る効率が上がり、そこからはレベルアップのスピードも加速度的に向上した。
「ほら、もっと腰を入れて!」
「は、はいぃ!!」
「体重をしっかりのせる!!」
「う、うぃぃ!!」
「手首の返しが甘ぁい!!」
「へ、へぃぃ!!」
スコップさんにご指導ご鞭撻および叱咤激励を受けながら、ひたすらに穴を掘る。
「ぜぇぜぇ……もうダメぇ」
自分の掘った穴に埋もれるように倒れ込むオレ。
この3日、ドラゴンが餌探し等で巣を離れている間は、ひたすらこんな感じだ。
流れ落ちる汗を腕でぬぐう。
暑すぎて、パーカーすら脱いでしまったので、今は上半身半裸だ。
作業のし過ぎで、いつの間にか手も豆だらけ。
しかし、過酷なスコップ作業を続けているうちに、成果もあった。
レベル10を超えた辺りから、オレの採掘技術は、明らかに常人離れしてきた。
一度、土にスコップの刃を滑り込ませたものなら、ひと掘りで1メートル近い深さを掘りぬくことができる。
掘るスピードそのものもめちゃくちゃ早くなってきたように感じる。
やはりファンタジー世界の技能ブーストってすげぇ。でも、できれば、戦闘系のスキルが欲しかったもんだが。
「ほら、そんなんじゃ。ダンジョンから脱出するのがいつになるやら」
「け、結構、頑張ってると思うんだけど、オレ……」
実際、巣の周囲はすでに穴ぼこだらけだ。
諸事情でいくつか埋めているもののそれでも百は下らない穴がある。
そして、たくさんの穴を掘ったおかげでもう一つ成果物を得ることができた。
卵の近くに小さな穴を掘って貯めているのは、手のひらに収まるくらいのサイズの鉱石だ。
紅蓮のマグマのように赤い鉱石で、おそらくこの迷宮特有のものなのだろう。
価値の程はわからないが、このダンジョンを脱出した後、生活するための路銀の足しになればと、見つけた分は全てストックしている。
「あっ……」
ドラゴンが帰ってきた。
オレは、あわてて巣に戻る。
3日間、オレがこんな風にスキルレベル上げに集中できたのは、実はこのドラゴンの尽力によるところが大きい。
ドラゴンの庇護領域には他のモンスターが近づいて来ないというのも大きいが、オレを自分の子どもだと勘違いしているドラゴンは、毎日献身的に食料を運んでくれたのだ。
とはいえ、元々は、雛にあげるエサなので、ほとんどは狩ったモンスターの死骸だ。
巨大ネズミの腐りかけの肉とかはさすがに食べられたもんじゃないので、ドラゴンが目を離しているうちに穴へ埋めた(それでいくつかの穴は埋めることになったわけだ)。
ただ、中には、牛型や鳥型のモンスターの肉もあったので、近くのマグマ石の上にスコップさんを置いて、その上で、焼いて食べた。さすがに生食は無理だ。
スコップって地味に便利ですわい。
むろん、フライパン代わりにされて、スコップさんは最初は激怒したものの、「料理もできるなんてさすがスコップさん! そこに痺れる憧れるぅ!!」と適当に褒めていたら、満更でもない感じで引き下がってくれた。ちょろい。
巣でおとなしくしているオレを見て安心したのか、ドラゴンは次の獲物を求めて、再び飛び去っていく。
「さあ、そろそろ次の穴掘り行くわよ」
「へーい」
ドラゴンが狩ってきてくれたスライム型モンスターの無味無臭なゼリー状の身体を口に放り込んで水分補給をすると、オレは立ち上がった。
と、その時、ピシィっという音が聞こえて、あわてて振り返る。
そこにあったのは雛の卵だ。その一つに、細かくはあるが亀裂が入っていた。
明らかにそろそろ生まれるという前兆だ。
「もしかして、やばくないか」
卵の大きさから考えると、雛の体長はおそらく2メートル近くになるだろう。
ドラゴンの赤ちゃんだ。生まれたばかりとはいえ力も強いだろうし、鳥の雛と同じだとしたら、本能的に近くの餌にはすぐに食いつくはず。
親はオレのことを自分の子どもだと思っているようだが、雛はオレの事をどう認識するかはわからない。
最悪の場合、雛についばまれてしまう可能性もある。
親に丸呑みされるより、中途半端に腕とか頭だけちぎって食べられるとか、そちらの方が恐ろしい。
と、今度は他の卵にピシりと細かい亀裂が走った。
「ひぃ……!」
いかん。ここを拠点にするのもそろそろ限界だ。
「スコップさん……!」
「決行の時が来たわね」
オレとスコップさんは顔と刃を見合わせて頷き合った。
さて、いよいよダンジョンを脱出する時が来た。
パーカーの中に、当面の食料と集めていた鉱石を詰める。
その袖同士を結んで、ウエストポーチのように腰に巻いた。
手には両手持ちの剣先スコップ状態のスコップさん(システム上この状態をモード<剣>と呼ぶようだ)。
よし、完璧だ。
「ちょっと待って。なにかしら、あれ……」
「えっ?」
スコップさんが自ら動いて、剣先をある方向へ向けた。
そちらに視線を向ける。
黒くて丸い塊が、ゆらゆらといくつも揺らめいている。
いや、違う。少しずつだが、こちらに向かってきているのだ。
「蜘蛛……か?」
近づいてくるにつれて、その姿がはっきりしてくる。
八つの脚に、これまた八つの複眼。
丸々と太った腹で、地面を滑るように移動してくるのは、まさに化物蜘蛛だ。大きさも卵よりもさらにでかい。
そんな化物蜘蛛が、10体以上、次々とこちらに向かってきている。
と、その蜘蛛型モンスターに、襲い掛かるものがいた。
漆黒のフルプレートアーマーで全身を覆い、巨大な剣を振り回して闊歩する暗黒騎士だ。
自分の縄張りに蜘蛛型モンスターが大挙してやってきたことで腹を立てたらしい。
暗黒騎士は、大きく剣を振りかぶり、先頭を進む蜘蛛に突き立てようとした。
しかし、その刃が届く前に、蜘蛛が吐き出した弾丸のように丸まった糸が、暗黒騎士の胸を貫いた。
片膝をつく暗黒騎士をさらに吐き出した粘着質の糸で絡み取る。
そのまま動けなくするつもりか、と思ったが、そんな甘いものじゃなかった。
暗黒騎士が動けば動こうとするほど、糸は深く絡みついていく。
そうして、いつしか全身を繭のように包まれた暗黒騎士は、バキィと何かが折れる音とともに動かなくなった。
そこに他の蜘蛛達が殺到し、糸ごと、暗黒騎士を捕食し出した。
あの硬そうな鎧がバリバリと音を立てて咀嚼されていく。なんて悪食だ。
「うわぁ……」
あまりのスプラッタな光景に背筋がゾッとする。
「あいつら、あの鎧の魔物を食べ終わったら、こっちに来るわよ」
「や、やっぱりそうだよな……!」
たまたま暗黒騎士が通り道にいただけで、あのまま進行していれば、確実にこちらに向かってきていた。
今まで親ドラゴンがいない時でも、卵を狙いに来たものはいなかった。
それはおそらく、親ドラゴンの恐ろしさを知っているからだろう。
生物的な本能が、ドラゴンの匂いの定着したこの場所に近づいてはならないとセーブをかけているのだ。
しかし、どうやらあの蜘蛛どもは違う。
個体数が多いからか、玉砕覚悟でこちらを狙っている。
もしかしたら、割れていた卵の一つは、以前こいつらにやられたものなのかもしれない。
このまま親ドラゴンが帰ってこなければ、確実にやつらに蹂躙される。
「やつら、もう食べ終わるわ。早く逃げましょう……!」
「あ、ああ……!」
今のオレの穿孔速度なら、逃げ切ること自体はたぶんできる。
だけど……。
「どうしたの? 急がないと!」
「いや、逃げたいのは山々なんだけど」
足が動かない。
ビビってるわけじゃない……いや、違う、ビビってもいるんだけど。
でも、それ以上に、オレは今葛藤していた。
もし、オレが逃げたら、この5つの卵はどうなる?
頭の中に、バラバラになった卵をイメージした瞬間、オレは覚悟を決めた。
「オレさ。小学校の時、飼育係だったん──」
「悪いけど、回想話してる場合じゃないわよ」
せっかく良い話をしようとしてるのに、スコップさんに遮られた。
見ると、暗黒騎士を捕食し終わった蜘蛛達が再びこちらに向かって来ようとしている。うん、おしゃべりしてる余裕ねえわ。
「でも、言いたいことはわかったわ」
「さすが、スコップさん、話が早い」
自分で茶化してはみたものの、実のところさっきから膝がガクガクと震えている。正直しょんべりちびりそうだ。
でも、思ってしまったのだ。
すでに割れた一つの卵。その命が消えた時、あのドラゴンはどれだけ悲しかっただろうか。
弱肉強食の世界といえばそれまでだ。ドラゴンだって、生きるために他の生き物の命を奪う。仕方ないと言えば、仕方ないこと。
でも、この3日間、命を繋いでくれたドラゴンに、オレはすっかり情が移ってしまっていた。
これ以上、あのドラゴンに悲しい思いをさせたくない。
「付き合ってくれる?」
「魔王討伐までは、付き合う約束でしょ」
「ありがとう」
オレはスコップさんを構えると、卵を背に、蜘蛛達に立ちはだかった。