057.盗まれた転移結晶
「痛たた……」
早朝、目を覚ましたオレは、額に感じる鈍痛に顔をしかめた。
「どうかしたのですか、ディグ様?」
同じく目覚めたばかりのアルマが問いかける。
「いや、なんか起きたらいきなり頭が痛くてさ……。寝てる間にどこかにぶつけたかな……」
そういえば、寝る前に、何かいろいろあった気がするんだが……ダメだ。思い出せない。
「大方、寝相が悪くて、どこかにぶつけでもしたんじゃない。気をつけなさい」
「ああ、そうだな。気をつけるよ」
アンシィがやれやれといった様子で言ってきたので、そう返しておく。
どことなく釈然としない思いも感じるのだが、確かに気をつけないとなぁ。
今回は魔物が襲ってこない場所だからよかったけど、セーフゾーンじゃない場所で、こんな状態じゃ、どうにも不安だし。
「あれ……あれ……?」
「ん、どうしたフローラ?」
何やら、フローラが自分の周囲を見回して、おろおろとしている。
「て、転移結晶が見当たらないんです……。ポケットに入れておいたはずなんですが……」
「何だって……!」
フローラがかぶっていた毛布をどけ、床を見るが、それらしきものは落ちていない。
いや、待て。
「オレも……ない!?」
いつも緊急時に必要なアイテムを入れているウエストポーチがいつの間にか空になっている。
オレももしもの時のためにミナレスさんからもらった転移結晶を入れておいたはずなのに。もしかして……。
「アンシィ! アルマ! シトリン!」
「ないわ!!」
「わ、私もありません!」
「ボクは……あの弓もない……」
「マジか……」
これは間違いない。
落としたのではなく、盗まれたのだ。
オレ達が寝ている間に、何者かがこのフロアに到達し、高価な転移結晶とシトリンの弓を奪って逃亡した。
「アルマ、魔物の可能性は?」
「ありません! 聖塔の魔物で、冒険者の所持品を奪うような魔物は存在しないはずです!」
「となると……」
やったのは他の冒険者ということになる。
そうか。ワープゾーンの出現位置は基本ランダムで、他の冒険者と出会うことは稀だ。
けれど、この45層だけは違う。他の階層のセーフゾーンと同じように、必ず通ることになる上、街に戻れる10階層毎のセーフゾーンとは違い、ほぼ間違いなく滞在することになる。
ホッとひと息つけるこのフロアでは、冒険者は油断しきっているわけで、そんな隙を見せた冒険者の所持品を奪うのが、そいつのやり口なのだろう。実にいやらしく計画的な犯行だ。
きっと、オレの頭の鈍痛も、本能的に危険を察知して起きようとしたオレを、そいつが殴ったか何かなのだろう。絶対に許せん。
「追いかけよう! シトリンなら、他の冒険者を見つけられるはずだ!」
「ああ!!」
すぐに出立の準備を済ませ、オレ達は次の層へのワープゾーンへと飛び込んだ。
46層。洞窟型の迷宮だ。壁は今回も鉄製で、オレのスコップ技能は使えない。
「シトリン! どうだ!?」
「…………ダメだ。他の冒険者の気配は感じない」
ということは、すでに先の層まで到達しているということか。
聖塔は10層毎でしか街に戻るすべがないため、次に街に戻れるのは50層になる。
犯人が逃亡を謀るとすれば、50層から街に戻るという線が濃厚だろう。
しかし、犯人が奪っていったのは転移結晶だ。
最悪の場合、転移結晶を使って、すでに街に戻ったという可能性も無きにしも非ず。
「ディグ、金目の物を奪う輩の上、犯行に慣れている様子が伺える。転移結晶も換金目的だろうから、きっとまだ、迷宮内を50層に向かって進んでいるはずだ」
「そ、そうだな」
今はそう信じるしかない。
「とにかく急ごう!」
「ああ、ワープゾーンは向こうだ!」
犯人に逃げ切られる前に、なんとしても追いつかねば!
オレ達の追跡が始まった。
「ふぅ、上手くいったぜ」
間の抜けた冒険者共から奪った転移結晶を手のひらの上でもてあそぶ。
本当に美味い仕事だった。
41層で奴らの姿を見つけた時は、なかなかどうしてたいした冒険者だと思ったが、ふたを開けてみれば、ただの年頃のガキどもだった。
よほど過保護に育てられたのか、警戒心も低く、その上、貴重な転移結晶を4つも持っていやがった。
さらには、高層階でもなかなか手に入らない強力な魔的付与のある武器まで所有していたし、まさにカモ中のカモってやつだ。
これを換金すれば、向こう2,3年は遊んで暮らせるだろう。まったくもって大金星だ。
「さて、奴らが気づく前にさっさと50層まで辿り着かねぇとな」
オレは身につけた外套を深くかぶる。
この外套はオレが以前、仲間と共に、この塔を正攻法で攻略した時に、見つけたものだ。
【遮断】の概念的付与がされた神器級のアイテムで、自らの気配を完全に消すことができる。
そのため、オレはこの外套を羽織ることで、魔物に襲われるというリスクから完全に解放され、安全にこの聖塔を昇ることが可能だ。
この外套がある限り、オレはソロでも聖塔を上層まで昇ることができる。
もっとも、59層のボス部屋だけはどうしようもないので、最上階にたどり着くことは不可能なのだが。
【遮断】の効果を発現させつつ、オレは48層へのワープゾーンへ飛び込んだ。
なじみ深い浮遊感とともに、薄暗い洞窟の一角へと降り立つ。
さて、さっさと残り2層もスルーして、何気なく街に戻るとしよう。
そう思って歩き出したその時だった。
わずかに何かが震える音、そう、これはワープゾーンが起動している時の音だ。
まさか……。
振り返った視線の先には、こちらへ走ってくるガキどもの姿があった。
47層の中頃、わずかに人の気配を感知したシトリンの導きで、オレ達はワープゾーンへと飛び込んだ。
「ディグ! 近くにいるぞ!!」
「そうか!」
見通しをよくするために、フローラが魔法の光球を頭上に放り投げる。
明るい光で照らされた洞窟内には、だがしかし、それらしい姿はない。
「どこだ……?」
「確実に気配はある。だが、何らかの方法で姿を隠しているのだろう」
「シトリンでも視えないのか?」
「視えない! でも、視えないからこそ……視える!!」
シトリンの第3の眼の黄金の輝きがさらに増す。
すると、金色の波動が空間へと波紋のように広がった。
そうか。シトリンにも視えないということは、裏を返せば、視えないところを見つければよいということ。
全方位に神視眼の力を解放することで、シトリンはそれを見極めようというのだ。
「そこだ!!」
シトリンが得意の風の魔法を洞窟の中央へと放つ。
「ぐわっ!?」
すると、それまで何もなかったと思った虚空から、じわりと人が浮き出てきた。
短髪の中年男、鎧などは身に着けておらず、腰にはショートソード一本きり。
冒険者というにはかなり軽装。見た目からして、どことなく盗賊っぽい。
「な、なんでわかった……!?」
「こいつが……」
オレはジワリと奴ににじり寄る。
「ちっ!?」
男はなにやら慌てた様子で外套を羽織るが、何も変化が起きない。
どうやらあの幾何学模様の外套の効果で姿を消していたようだが、シトリンの風魔法により、一部が破け、効果が発動しなくなったようだ。
「くそっ!!」
外套が役に立たないとわかるや否や、男は全力疾走で逃げだした。
「待ちやがれ!!」
オレ達も後を追う。
「待って下さい! ディグ様!!」
アルマがオレに並走するようにして、静止の声をかけた。
「アルマ! もう少しで捕まえられる! 少し待っててくれ!」
「違うんです! このフロアは危険なんですよ!」
「どういうことだ!?」
並走しながら、オレはアルマの言葉に耳を傾ける。
「この48層は、冒険者パーティの分散トラップが大量に仕掛けられたフロアなんです! 偽のワープゾーンがいっぱいあって、それに引っかかると、次の49層に強制的に一人で飛ばされてしまうんです!」
「なんだって……!?」
つまりこうやって走っていて、その偽ワープゾーンとやらを踏んでしまったら、たった一人で次のフロアをさまよわないといけないってことか。
それって、オレ達にとってはトラップだけど、奴にとっては、オレ達から逃げる絶好の機会なのでは……。
「安心しろ、アルマ! 速攻で捕まえる! アンシィ!!」
「ほい、来た!」
ノーマルスコップ状態でオレの腰のホルダーに収まっていたアンシィを剣モードに変形させ、オレはその上に飛び乗った。
奴は盗賊的な見た目をしているだけあって、なかなか足が速い。
いわゆるサーフィンモード。嵐帝の加護の力で、一気に距離を詰める。
「くっそ、そんなのありか!?」
「うぉおおおおおお!!!」
驚愕の表情を浮かべる奴に、一気に肉薄したオレは、その襟首を捕まえて、地面にたたき伏せた。
「ぐふっ!?」
「おら、捕まえたぞ!!」
「ディグ様っ!!!」
「えっ……!?」
気づいた時にはもう遅かった。
盗賊を叩き伏せた地面が青く輝く。
しまった。これって──。
何かを伝える暇もなく、オレをワープゾーンの浮遊感が襲った。