054.嵐帝スノーボーダー
11層では、少し苦戦したものの、その後の階層では、特に苦戦をすることもなく、オレ達は日が暮れる頃には20層まで到達することができた。
さすがにファーストステージよりは時間がかかってしまったが、それでもかなりの攻略進度だろう。
セーフゾーンとなっている20層のテラス状の部分に立つと、街の明かりが遥か下の方に見える。
上を見上げれば、わずかに朱の残る空には、明るい星々が輝いている。なかなかに幻想的な光景だ。
「ご褒美だな」
「確かに、この景色だけでも頑張った甲斐があるわね!」
人間状態になったアンシィが身を乗り出すようにして空を見上げる。
そういえば、こいつは元の世界ではずっとあの学習園にいたんだよな。
毎晩こんな星空を眺め続けていたのだろうか。
「私も、こんな景色が見られるなんて思ってもみませんでした……」
感極まったとばかりに両の手を合わせるアルマ。
「そういえば、アルマはどうして、そんなに神域の聖塔に昇りたいんだ?」
アルマが聖塔に賭ける思いは、一般的な冒険者と同様か、むしろそれ以上だ。
仕事で接していた場所とはいえ、この熱量は少し異常な気がする。
「えーと…………なんででしょう?」
彼女はしばしの逡巡の後、首をひねった。
そのしぐさがどことなくおかしくて、オレは噴き出してしまう。
「ぷっ、なんだよ、それ……!」
「自分でもわからないんです。でも、なんとなくこの聖塔の頂上まで昇ってみたいというか」
「うーん、まあ、わからんでもない」
そういえば、オレの元いた世界のアルピニストも山に登る理由を聞かれたときに「そこに山があるからだ」と答えたという話があったな。
本能的に高い場所を目指してみたい、という気持ちは誰にでもあるのかもしれない。
「まっ、理由なんて人ぞれぞれだよな。オレ達は実利優先だけど」
「あ、ディグ様達のお手伝いをしたいのも本心ですからね!!」
「わかったわかった」
とってつけたように言うそんなアルマの様子に、なんだかまた笑いがこみあげてくる。
「さて、とりあえず街に戻ろうか」
「はい!」
オレ達は黄色いワープゾーンへと飛び込む。
すると、青いワープゾーンと同様、一瞬の浮遊感と共に、気が付くと、塔の前へと立っていた。
本当に便利だな。
「おっ、無事に帰ってきましたね!」
朝、迎えてくれた門番さんが、オレ達に駆け寄ってきた。
「凄いな。その様子だと、10層まで攻略できたようですね」
「あ、えーと……」
「違います。ディグ様は、20層まで攻略されたのですよ!」
「えっ……!?」
笑顔でそう宣うアルマの顔を門番は絶句した表情で見つめていた。
さて、そんな攻略初日を終え、さらに2日が経過した。
この2日間で、オレ達は神域の聖塔をなんと40層まで駆け上がることができた。
やはり、なんといってもシトリンの存在がでかい。
神視眼により、次のフロアへのワープゾーンの位置を探知できる強みを活かし、オレ達は常に最速でフロアを攻略し続けた。
その結果、中階層でも、おおよそピンチと呼べる場面もなく、3日目の夜にはオレ達は40層へと辿り着くことができたのだ。
「まさかたった3日で40層まで来てしまえるとはなぁ」
「油断は禁物ですよ、ディグ様。次の探索では、いよいよキャンプの準備が必要かと思われます」
「キャンプ? あ、そっか」
これまでは10層毎に一気に攻略できていたから、街へと戻ることもできていたが、さすがに40層から50層までの攻略は、1日で終わるとは思えないというのがアルマの見解だ。
となると、どこかの階層でキャンプをしなければならないということである。
「一気に50層までの攻略はさすがに厳しいか」
「ディグ様のスコップ技能が通用すればあるいはいけるかもしれませんが、先ほどの迷宮での様子を見ていると……」
「あー、そうだったな」
オレは38層でのことを思い出す。
これまで偶数階の迷宮型ダンジョンでは、オレのスコップ技能を駆使することで、壁を掘り抜き、最短距離で攻略ができていたのだが、それまで土壁がほとんどだった洞窟の壁面が20層を超えたあたりから、強固な石壁になる確率が高くなり、その硬さもずいぶんと上がってきた。
38層では、オレの全力の穴掘りで、なんとか壁を突破することができたが、さらに壁が強固になるとすれば、今までのようなショートカットはできなくなり、正攻法での攻略をするしかなくなる。
シトリンの力で目指すゴールの位置はわかるとはいえ、攻略時間が今までの数倍になるのは自明の理だ。
「階層の途中でのキャンプはご不安に感じるかと思いますが、ちょうど良い野営地が45層にあります。次の攻略では、まず、そこにたどり着くことを目標にしましょう!」
「ああ、わかった」
そんなこんなで4日目も終わり、5日目の朝がやってきた。
初日からすでにルーティーンになってきたカード認証を済ませると、オレ達は聖塔の中へと足を踏み入れた。
すでに40層までクリアしているオレ達は自然と扉をくぐるだけで、40層の大広間へと移動している。
これで3度目になるが、なんとも不思議な感覚だ。
「さて、いよいよ後半戦ってとこだな」
「アルマ、41層はどんなフロアなのだ?」
尋ねたのはシトリン。これまでの3日の冒険を経て、フローラたちも少しずつアルマと打ち解けてきている。
「そうですね。11層にあった砂漠のフロアと真逆のフロア……つまり、吐く息さえも凍り付く、雪山フロアです」
「あー、だから、外套を羽織るように言っていたんだな」
オレは羽織った分厚い獣皮の外套をモフモフと手でいじる。
仲間達も同じような外套をそれぞれ身にまとっており、さながら、荒野を行くジプシーのような風体だ。
「敵も氷結攻撃を多く使ってきます。十分にご注意を!」
「わかった!」
アルマから事前に出現モンスターの弱点などのレクチャーを受けると、オレ達は青い渦へと飛び込んだ。
トンネルを抜けると、そこは銀世界だった。
なんて、ちょっと文学的な表現が頭をよぎるほどの一面白銀の峡谷。
峻厳な山々が立ち並ぶフィールド型ダンジョンをオレ達は神視眼を道しるべにして歩く。
砂漠も、歩きづらかったが、雪山の歩きづらさはそれ以上だ。
一応アルマからの情報で、オーバーブーツのようなものを履いてきたので、足が冷たいことはないのだが、一歩一歩ずっぽりと脛まで沈み込んでしまうので、進む速度はどうにも遅い。
いっそのことスキーでも用意した方が良かっただろうか。
いや、付け焼刃で用意したところで、こけるのがオチか。
「きしゃああああああっ!!」
「うるせぇ!」
さっきから散発的に襲ってくるスノーラビットとやらをヒートスコップで一蹴する。
基本的にこのフロアのモンスターはすべて弱点が火だ。アンシィのヒートスコップは非常に相性が良い。
足場が悪い分、普段に比べれば、オレのスコップも手打ちになってしまっていると思うが、炎帝の加護のおかげで、火力は十分出ている。
さて、このまま何事なくワープゾーンまでたどり着けると良いが……。
って、こんな言い方したら、フラグが立っちまうな。
「ディグ、でかいのが来るぞ!」
ほら、きた!
索敵担当シトリンからの警戒の合図。
武器を構えた先では、雪が盛り上がり、あのサンドゴーレムのように人型を作り出す。
砂でできたサンドゴーレムの体長はせいぜい5メートルといったところだったが、今度の雪でできたこいつは優にその倍はある。
さながら巨神兵だな。
「手筈通りに!」
「あいよ!」
オレはアンシィを雪の上に放り出すと、その上に乗った。
すると、アンシィが、嵐帝の加護の力でオレごと宙に浮かぶ。
「いっくわよー!!」
低空のホバリング。オレとアンシィはまるでスノーボードのように雪の上を滑る。
実は、アンシィが加護を得てからこっち、ひそかに練習していたのだ。
最初は「アタシはスコップなんだからね! 乗り物じゃないの!!」と完全拒絶の姿勢を見せていたアンシィだったが「そうかお前にしかできないことなんだが〈以下略〉」という感じで煽て続けていたら、そのうち乗せてくれるようになった。ちょろい。
そんなサブフライトシステム的なムーブで、スノーゴーレムへと突貫するオレ。
これなら、足場の悪い雪上だろうが、関係ない。
嵐帝の加護の風による推進力はかなりのものだ。
鈍重な奴が繰り出してきたパンチを避けると、オレとアンシィはその長い腕をスロープにして奴の頭上まで飛び上がる。
空中に躍り出たオレに向かって、スノーゴーレムがアッパーカットの構えを見せるが、残念、オレには優秀な仲間がいる。
フローラがホーリーチェインで奴の手足をぐるぐる巻きにして拘束する。
四肢を動かせず、頭だけをさらした奴はまさに死に体。
「ヒートスコップ唐竹割りだぁあああ!!」
炎帝の加護を全開で纏ったアンシィを奴の脳天に叩きつける。
物理的な手ごたえと共に、奴の身体が音を立てて蒸発していく。
頭を、胸を、腹を、腰を。その巨体を上から順に両断し、オレは、雪上へと着地した。
同時に、大量の水がオレの頭上へと降り注ぐ。
オレのヒートスコップを受けたスノーゴーレムが、ただの水へと還ったのだ。
「うへぇ、びしょぬれだぜ……」
ずぶ濡れの頭を振るオレに、アルマがタオルを差し出してくれた。
「さすがです! ディグ様!」
「ありがと!」
受け取ったタオルでガシガシと水気を落とす。
さすがに、雪山でこのびしょぬれ具合は死活問題だ。
まあ、最悪、フローラかシトリンにひと肌で温めてもらうしかないな、うへへ。
そんなことを考えていたら、シトリンが本当に、びしょ濡れの右腕に抱き着いてきた。
「シトリン、オレ濡れてるから……」
「構わない。暖を取りたいのだろ?」
あー、心読まれたか。
「で、では、私も」
「フローラまで……!」
「皆さま、ずるいですよ!! えいっ!!」
「お、おい、アルマ!? ぷはっ!!」
シトリンに右腕を、フローラに左腕を抱きしめられたオレは、アルマの顔面へのボディプレスを受けて、みんなして、雪原に大きな人型を作った。
「はぁ……やれやれね。あー、かき氷食べたくなってきた。シロップ持ってくればよかった」
一人、我が道を行くアンシィの呟きが、わずかに聞こえた。
「……へえ、あいつら、結構やるじゃねぇか」
森の針葉樹の裏陰で、男の声が響いた。
「もう少し泳がせてみるか」
ほんの小さな声。その言葉だけが冷たい空気に溶け、その姿は雪上の虚空へと消えた。
そのことを、まだ、ディグ達は知らない。