053.フローラの戦略?
さて、たっぷり1時間ほども休憩を取ったオレ達はようやく午後の攻略を始める準備を整えた。
「はー、満たされたわ!」
「う、うぅ、さすがに飲みすぎました……」
サンドイッチで腹が膨れたアンシィと、お茶で腹が膨れたフローラはそれぞれパンパンに張ったお腹を押さえながら、一方は嬉々とした、一方は少し青い表情を浮かべている。
アルマとシトリンと言えば、仮眠をとってゆっくりできたためか、2人ともとても顔がつやつやしている。
対してオレはというと、結局サンドイッチもほとんど食べることもできず、1時間ひたすら美少女二人に挟まれて地蔵状態になっていたため、全身カチコチだった。
次の休憩は、絶対に安直な返事をするのはよそう。
「さて、では、まいりましょう!」
アルマを先頭に、青い渦へと飛び込む。
転移してきたのは砂漠のフロアだった。
フィールド型の迷宮ではあるが、砂嵐が吹き荒れ、見通しはそう良くはない。
だが、どんなに視界が悪かろうが、シトリンがいる以上、ワープゾーンまでの道を最短距離で進むのみだ。
隊列を組んで、シトリンが指し示す方向にひたすら歩き続けるオレ達。
しかし、初めて歩く砂漠は非常に歩きにくく、さらに疑似的な太陽光がオレ達の肌を焼く。
なるほど、やはりセカンドステージともなると、さすがにファーストの時ほど楽には行かないらしい。
「ディグ、地面の下に魔物だ!」
「おっ、了解!」
シトリンが感知した魔物の位置に、先回りして天地返しを放つ。
すると、鋭い牙を持つまるで魚のような尾びれを持った化け物が空中に飛び出した。
無防備なそいつの腹を思いっきりひっぱたいてやると、2、3度びちびちと砂の上を跳ねた後、動かなくなった。
砂の中を泳ぐ魚ってか。骨ばった見た目も相まって、どうにも気持ちが悪い。
「まだまだ来るぞ。ディグ頼む!」
「ラジャー!」
シトリンに指示された場所にスキルを放ちつつ、砂魚を駆除する。
だが、さすがに手が足りない。
「フローラ、援護頼む!」
「え、あ、はい……!」
なぜかいつもより動きの悪いフローラは、内またでよたよたとこちらへと駆けてきた。
そのままホーリーチェインで、オレが天地返しで放り出した砂魚どもを絡めとる。
さながら巻き網漁法だ。
「んじゃ、シトリン」
「任された」
チェインの中でびちびちと跳ね続ける砂魚どもを、シトリンの風魔法が一掃した。
さすがに低層の魔物よりは少し骨があったな。とはいえ、まだまだ楽勝の部類だ。
「よし、行こうか」
「待て、ディグ。次はもっと大きいのが来る!」
「えっ……!?」
オレが疑問の声を上げるのと同時に、砂漠がグラグラと揺れ出した。
砂がまるで、生き物のようにうねり、巨大な塊へと変化していく。
腕が生え、足が生え、数メートルはあろうかという砂の巨人が降臨した。
「サ、サンドゴーレムです!! 11層最強の魔物です!!」
「へぇ、ちょっとは歯ごたえがありそうだ。行くぞアンシィ!」
「あ、ダメです! ディグ様!!」
炎帝の加護を纏い、オレはサンドゴーレムに向かって、スコップドリルを放つ。
すると、簡単に奴の胴に大きな風穴が空いた。
「なんだ。大したことないじゃん」
「ディグ様っ!!」
「えっ!?」
アルマの声に反応した次の瞬間、オレは左半身に強烈な衝撃を受けて、数メートルも吹き飛ばされた。
砂に頭から突っ込む。うわっ、ぺぺっ、口に入った。
「大丈夫ですか?」
「ぷはっ!?」
アルマの意外な腕力で、砂から引っこ抜かれると、オレは再びアンシィを構える。
見れば、奴の腹にあったはずの穴はいつの間にかすっかりふさがっている。
「奴の身体は砂でできています。斬られても、貫かれても、すぐに治ってしまうんです!」
「な、なるほど、そういうわけか……」
他のと同じように雑魚だと思っていたが、ずっと厄介な敵だな。
シトリンが風の刃を放つが、一瞬切れ目ができるものの、すぐに砂でふさがってしまう。
「アルマ、何か弱点はないのか……!?」
「弱点は水魔法なのですが……」
「水魔法……か」
オレ達が現状使える魔法属性は火と風、光の三種類。
残念ながら、アンシィもフローラもシトリンも、水魔法は使うことができない。
「ほかに弱点は?」
「ほかにはないんです……」
「えー……」
敵の様子を見るに、水魔法以外の攻撃は完全にスルーされてしまうみたいだし、オレ達には対応策がない。
となれば、逃げるしか選択肢はないわけだが、果たして、この足場の悪い砂漠で逃げ切れるものか。
と、シトリンが逡巡するオレの目の前に立った。
「ディグ、逃げよう。ボクが風魔法で援護する」
「それしかないか……。よし、みんな逃げるぞ」
「わ、わかりました……!」
「では、行くぞ!!」
こちらへと向かってくるサンドゴーレムに向かって、シトリンは全力で風魔法を放つ。
よく使う刃の魔法ではなく、エアウォールとでも言おうか、空気の壁をそのまま叩きつけるような魔法だ。
強烈な空気圧を押し付けられて、サンドゴーレムの巨体が、にわかにゆっくりになる。
「今だ!」
シトリンの掛け声で全員が、サンドゴーレムとは逆の方向に走り出す。
砂に足を取られるため、普段の全速力よりははるかに遅いが、魔法で怯んだサンドゴーレムよりはこれでもまだ速いはず。
よし、これなら、逃げ切れる……。
ん、あれ、誰かいないような。
「あっ!? フローラっ!!」
周囲にフローラの姿がないことに気づき、慌てて振り返る。
すると、フローラがなぜか、先ほどいた場所でそのまま立ち尽くしていた。
「何やってんだ、フローラ!!」
慌てて戻ろうとするが、時すでに遅し。
サンドゴーレムの巨体がフローラへと肉薄し、奴はそのたくましい腕で、フローラの胴を掴み上げた。
「フローラ!!」
「フローラ様!!」
「ディ、ディグ……」
顔のこわばったフローラは、普段とはあまりにも違う腹に力のこもっていない声でオレの名を呼ぶ。
サンドゴーレムにとらわれて不安なのか。普段ならいざ知らず、戦闘中はいつも気丈な彼女の様子からは、あまりにかけ離れた姿に、驚きを禁じ得ない。
本当にどうしたっていうんだ、フローラ!?
奴はフローラを盾にするようにこちらに向けているため、不用意に攻撃もできない。
くそ、どうしたら。
こちらの想いを知ってか知らずが、サンドゴーレムののっぺらぼうの顔に、一筋の亀裂が入る。
あれは口だ。
あの野郎、フローラを一思いに飲み込むつもりなのだ。
奴は胴体を掴んだままのフローラをひと飲みにしようと、身体を頭上に掲げ、その大きく裂けた口をめいっぱい広げる。
「フローラぁあああ!!!」
万事休す、と思われたその時だった。
フローラを飲み込もうとしたサンドゴーレムの巨体が、突然その動きを止めた。
「もう……限界……」
フローラの呟きが確かに聞こえたかと思うと、その瞬間、サンドゴーレムの流動する砂のボディがまるで彫像のように固まっていく。
それはまるで、砂の地面にバケツで水をぶっかけた時のような……。
よくわからないが、今ならば、奴の身体に攻撃が通るかもしれない。
「うぉおおおおおお!!!」
オレは裂帛の気合と共に、奴の胸にスコップドリルを叩き込んだ。
先ほどよりもズシリとした手ごたえ。大穴を開けたサンドゴーレムは、今度はその穴がふさがることもなく、そのままただの湿った砂へとその身を変えた。
「フローラ大丈夫か!?」
ただの砂となって崩れ落ちるサンドゴーレムの腕から、落下するフローラをオレはお姫様だっこで受け止めた。
「ディ、ディグ……!?」
「ん、あれ、濡れてる……?」
受け止めたフローラの下半身はなぜかびしょびしょだった。
途端に顔を赤らめるフローラ、真っ赤になった姿はこれまでも見たことがあるが、さすがにここまで茹蛸みたいになっているのは初めて見た。
もしかして、体調が悪かったんだろうか。
「す、凄いぞ、フローラ! まさか、水嚢を隠し持ってわざとサンドゴーレムに掴まり、奴の身体を水で固めるとは!!」
「水嚢? ああ、そういうことか!!」
フローラは、奴には水魔法しか効かないとわかると、わざと奴に掴まることで、持っていた水嚢を奴の直近で破裂させたのだ。
大量の水をかぶった奴は、身体が固まり、身動きが取れなくなったために、オレのスコップドリルでダメージを与えられたというわけだ。
まさか、フローラがそんな頭脳派な戦略を取るとは……少しフローラの見方が変わってしまった。
「あ、あははっ、そ、そうなんですよ!!」
フローラはまだ顔を赤らめつつも、オレから目を逸らした。そんな謙虚な姿勢もさすがだ。
「凄いです! フローラ様!!」
「ああ、本当に凄いぞ!! でも、水臭いなぁ、それならちゃんと伝えてくれれば良いのに」
「えっ、水が臭い……!?」
「フ、フローラ、落ち着け、そうじゃない!!」
なぜかシトリンが慌てているが、どうしたんだろう?
「と、とにかく、障害は取り払われたのだ! 先を急ごう!!」
「あ、ああ……」
どことなく急いでいる様子のシトリンに急かされて、オレはフローラを地面に下すと、再びワープゾーンに向かって探索を開始した。
「ありがとう……シトリン」
「いや……」
なぜかフローラがシトリンに頭を下げているけど、何かあったんだろうか?
ともあれ、初めてのピンチに陥った11層だったが、これでなんとか切り抜けられそうだ。
 




