052.小休止
ワープゾーンを通ってやってきた洞窟風の2層は1層と異なり、かなり見通しが悪かった。
照明こそ適度に配置してくれているものの、全体的に薄暗いし、道も迷路のようになっていて、きちんとマッピングをしないと、行ったり来たりしてしまいそうだ。
「マッピングは私がしますので、ディグ様達は、周囲の魔物の警戒を!」
「わかった」
羽ペンと何やら方眼紙のようなボードを取り出したアルマを隊列の真ん中に挟み、進もうとしたオレ達だったのだが。
「なあ、ディグ」
「ん、どうした、シトリン?」
「もしかしたら、ボク、ワープゾーンのある場所わかるかもしれない」
「えっ……!」
神視眼の金色が一層輝きを増したかと思うと、シトリンはおもむろに向かって左側の方向を指差した。
「こちらだ。こちらから、1層のワープゾーンと同じ、魔力の波長をわずかに感じる」
「マジか、シトリン……」
えっ、もしかして、シトリンさん、今後、全階層のワープゾーン探知できるんじゃ……。
「よほど広いフロアでなければ、可能だろう」
「あ、心読」
やはりシトリンの神視眼はチート能力だ。
もしかして、シトリンさえいれば、10日間での最頂部到達も夢ではないのでは。
「よし、じゃあ、シトリンの指差す方に向かって、進んでみよう。アルマ、マッピングを頼む」
「わかりました、ディグ様!」
こうして、シトリンの指し示す方向へ向けて、探索を開始するオレ達。
しかし、やはりそう甘くはなかった。
迷路のように入り組んだ洞窟内では、なかなかシトリンが指し示す方向に意図して進むことができず、行ったり来たりしているうちに、たくさんの魔物と戦闘をすることになった。
2層の魔物も、強さ的には1層とさほど変わらず、怪我することもなく切り抜けられたのは幸いだったが、やはり攻略にはそれなりの時間がかかってしまいそうだ。
チート能力で、楽々クリア、とか一瞬思ってしまっただけに、少し足が重くなってしまった。
「ねえ、ディグ」
「ん?」
砂かけや土壁を駆使しつつ、4度目の戦闘を終えた時だった。フローラがこちらへとてこてこ近づいてきた。
あれか、ヒールジャンキー発動か、と思ったが、そうではないらしい。
「何だ、フローラ?」
「ディグが戦っているのを見て、ちょっと思ったのですが」
フローラはオレが戦闘した後の、そそり立つ土壁や砂かけで空いた穴などを眺めながら言った。
「もしかして、ディグとアンシィなら、壁に穴を掘れるのでは?」
「あっ……」
そうじゃん。
オレってば、スコッパーじゃん。
洞窟内の壁って基本土みたいだし、オレとアンシィなら、こんな壁くらい簡単に掘れるじゃん。
なんで、そこに今まで気が付かなかった!
初めての迷宮探索で、完全にそんな初歩的なことさえ忘れていた。
「アンシィ……」
「恥ずかしながら、自分の本来の用途を忘れかけていたわ……」
顔を見合わせるオレとアンシィ〈アンシィはスコップ状態なので、厳密には顔はないが〉。
フローラに指摘されたことを実践すべく、オレはシトリンが差し示す方向にある壁へと向かい合う。
思えば、最初に炎帝のダンジョンから脱出するときも、本当は掘って抜け出すつもりだったのだ。
あの頃とは比較にならないほどオレのスコップ技能も上がっている。
今ならば。
「行くぞ、アンシィ!」
「ええ!」
オレは目の前にそそり立つ土の壁へとアンシィの刃を突き立てた。
地面の土と同じように、簡単に深々と刃が突き刺さる。迷宮だからと言って、壁が非破壊オブジェクトのようになっているわけじゃないようだ。
うん、いける。
そのままオレが壁を掘りぬくと、簡単に隣の通路へと繋がった。
「シトリン、こっちでいいんだな?」
「ああ」
確認を取ったのに、とにかく進行方向にある壁を掘りまくる。
掘っては貫通。掘っては貫通を繰り返すと、5回ほどトンネルを作ったのち、1層と同じあの青い渦が地面に現れた。
「本当にできちゃいましたね……」
「ああ……」
「ディグ様っ!! 凄すぎます!!」
マッピング道具を放り投げると、アルマは再びオレへと抱き着いてきた。
うーむ、シトリンの神視眼+オレとアンシィのスコップ技能で迷宮探索がここまで楽になってしまうとは……。
なんというかここまで来ると、真面目に探索している他の冒険者に少し申し訳ない気持ちになってしまう。
「と、とにかく次のフロアだ! 行くぞ!」
「おおーっ、です!!」
「アルマちゃん、ちょっと長くくっつきすぎですよ」
「なあ、ディグ……ボク達って、その、相性が良いのかもな……ふふ」
どたばたとしつつも、オレ達は第3層への渦へと飛び込んだのだった。
さて、その後の探索もそれほどの困難もなく、非常に順調に進んだ。
第3層は1層と同じく広々とした草原、ただし、今度は岩場もあり、それなりに高低差のある場所だったのだが、ここでは、アンシィが嵐帝竜から授かった風の加護が非常に役に立った。
自分の身体を浮遊させるだけでなく、オレ達全員を持ち上げて運ぶことができたのだ。
さすがに4人+荷物も載せると、ゆっくり上昇させるのが関の山で、アンシィは息も絶え絶えだったが……。
本来なら大きく崖を迂回しないとたどり着けない場所をショートカットできてしまったせいで、この3層は1、2層よりもはるかに早く攻略することができた。
つづく第4層は2層と同じ通常の迷宮型のダンジョン。
どうやら聖塔は、奇数のフロアがフィールド型で、偶数のフロアが迷宮型になっているようだ。
今度は土ではなく、石壁だったが、高レベルのスコップ技能を持つオレとアンシィは、石壁すら掘り抜いて見せた。
さすがに第2層よりは壁を掘るのに時間がかかってしまったものの、今度は1層序盤のようにダンジョンを行ったり来たりすることもなかったので、それほどの時間をかけることなく攻略することができた。
いや、もはや攻略というよりは、ゲームの裏技的な感覚だったが……。
そんな風に、シトリンとアンシィの能力をフル活用して進んでいくうちに、早々と第10層までたどり着いた。
「なんだここ?」
10層はこれまでのフロアとは随分趣が違った。
何本もの白亜の柱が立ち並ぶ大広間。さらにその先の吹き抜けには青い空が広がっている。
少し歩いて、その吹き抜けになっている場所まで移動すると、テラスのような構造になっていた。
遥か先まで景色が見渡せると同時に、眼下にはオレ達がさっきまでいたウエスタリアの街が広がっている。
なるほど、この10層は異空間ではなく、実際に外から見える塔の一部らしい。
高さはオレの世界でいうところの東京タワーのメインデッキくらいだろうか。
こちらの世界の建造物としては、すでに並ぶもののない高さだろう。
「やりましたね、ディグ様!! ファーストステージクリアです!!」
「ファーストステージ?」
嬉々として抱き着いてくるアルマを適当にいなしつつ〈さすがに少し慣れた〉、問いかける。
「はい、聖塔は10層毎に一つのステージになっているのです。ここまで来れば、再び聖塔に挑むときに、この10層から再開することができます! また、後方の黄色い渦に飛び込めば、任意で街まで戻ることもできます」
「ほほう」
それはありがたい。挑戦するたびに1層からだとさすがに気が滅入るからな。
つまり10層毎に一度、街に戻って休息を取ったり、アイテムを補給したりしてこれるわけだ。
だが、今日はここで攻略は終了……というには、ちょっととんとん拍子で行き過ぎてしまった。
迷宮の中だと時間の感覚がわからなかったが、空を見れば、ようやくお天道様が天頂に差し掛かったところ、つまり正午だ。
この調子ならば、午後からも攻略をして、20層まで到達することも可能だろう。
幸いこの層は安全地帯になっているみたいだし、ここでお昼を摂ってから、20層までの攻略を再開するとしよう。
その意思を仲間たちに伝えると、皆、頷いてくれた。
「では、休憩の準備をしますね!」
アルマが巨大なリュックを下すと、中をごそごそと探る。
すると、チェック柄のレジャーシートと人数分のクッションが出てきた。
それを素早く地面にセットする。
さらにはティーセットにバスケットも出てきた。
なるほど、そりゃこれだけ荷物が大きくなるはずだ。
「ささっ、皆さま、お座り下さい!」
アルマに促されて、全員がレジャーシートの上のクッションに座る。
なんだ、このクッション、柔らか!? 人をダメにするやつか。
「ディグ様は、茶葉は何がよろしいですか?」
「えっ……えーと、アルマのおすすめで」
「わかりました!」
アルマは、巨大リュックの中から取り出した簡易コンロのような魔道具でお湯を沸かし始める。
その間に茶葉を見繕うと、ティーポットへと投入する。
いつの間にか用意されていた人数分のカップも適度に温められる。
おおよそ5分。じっくりと蒸らされたお茶が、オレ達のカップに注がれた。
「どうぞ!」
「あ、ああ……」
迷宮で飲むにはあまりに本格的すぎるお茶に若干気後れしつつも、オレはカップを手に取った。それだけで独特の香ばしい香りが鼻をくすぐる。
色は黄色だ。何のお茶だろうか。
ゆっくりとカップに口をつけると、苦みと共に、ほのかな甘みが舌に広がった。
飲みやすいこの風味は、オレが元の世界で愛飲していた緑茶にもよく似ている。
「これ……」
「ハスの葉茶です」
「ハスの葉……?」
ハスというと、あの水面に浮かぶあれだろうか。ハスの葉ってお茶にもできるんだ。
「はい、東方から取り寄せたものなのですが、痩身美容効果や病気をやっつける力もあって、とても健康に良いお茶なのですよ」
「痩身美容効果!?」
それを聞いたフローラが、一気にお茶を飲み干した。
「アルマちゃん、もう一杯いただけますか!?」
「あ、はい」
再び注がれたお茶をフローラは、まるで聖水かのようにうやうやしく持ち上げると、また、一気に飲みしている。よほど気に入ったんだなぁ。
「サンドイッチもありますので!」
「サンドイッチ!!」
バスケットの中からサンドイッチが出てくると、今度はアンシィが目を輝かせ、ガツガツと食べ始めた。
外を見れば、遥かに広がる絶景……うーむ、本格的にピクニックみたいになってきたなぁ。
ひたすらお茶を飲み続けるフローラとそのフローラにお茶を注ぎ続けるアルマ、さらにサンドイッチを爆食いしているアンシィをしり目に、シトリンがオレの隣へとやってきた。
「ディグ、午後もボク達の力で頑張ろうな」
「えっ、ああ、シトリン頼りにしてるよ」
「ただ、その……神視眼を使いすぎて、少しだけ疲れた。肩を貸してもらってもいいか?」
「あ、うん」
「ありがとう」
シトリンはゆっくりとオレの肩にその身を預けた。
普通に横になった方が休めると思うのだが、シトリンはオレの肩がお気に入りらしい。
そのまま気持ち良く目を閉じるシトリンを見ていると、なんだかちょっといけない気持ちになってくる。
「あー、シトリン様!! ずるいです!!」
オレにしなだれかかるシトリンの様子に気づいたアルマが、ティーポットを置いて、オレの方へとやってきた。
「ディグ様! 私も、同じようにしていいですか?」
「え、あ、うん……」
「ありがとうございます!!」
アルマは人好きのする笑顔を浮かべると、シトリンのとは逆の肩にその頭を委ねた。
なんだこの状況。
美少女に挟まれる形になったオレは、身動き一つ取れない。
あーもう、2人とも良いにおいすんなぁ!!
いっそ襲ってやろうかと思ったが、もちろんそんな度胸もなく、身動きの取れなくなったオレは、もはや自分でお茶を注ぎだしたフローラとリスのようにサンドイッチを頬張るアンシィをひたすら眺め続けた。