051.攻略開始
近づくほどに、神域の聖塔の異様な高さがわかった。
60階層と言っていたが、一つ一つのフロアの高さがかなりあるようだ。
ビルの60階とは比べものにならないほど高い。
直接見たことはないが、東京スカイツリーよりも間違いなく高さがある。
ほとんど雲を突き刺すように聳え立つ塔の威容を見上げていると、徐々に首が痛くなってくる。
「さあ、入りましょう!」
アルマに先導されて、塔の麓までやってきたオレ達の前に、白亜の壁が立ちふさがった。
いや、それは壁ではなく、巨大な扉だ。
扉の前には、鎧を着込んだ中年の男が立っている。
「ミナレス様から聞いています。ディグ様とそのお仲間様ですね」
「あ、はい」
「冒険者カードのご提示を」
促されるままカードを提示する。
「こちらにカードをかざしてください」
迷宮の扉についた魔術的なコンソールのようなものにカードをかざすと、鈴のような聞き心地の良い音が響き渡った。
続けて、フローラとシトリンもカードをかざすと同じように音がする。
「アタシは?」
「お前は、スコップの状態になっとけ」
というわけでアンシィはオレの腰のホルダーへ収まる。
最後に、アルマがミナレスさんから受け取った臨時的任用冒険者カード(職業欄はなぜか【メイド】になっていた。メイドて)なるものをかざすと、鈴の音が音楽へと変わり、静かな音とともに、巨大な扉がゆっくりと開いた。
そういえば、オレが転生してきたばかりの頃に、フローラが冒険者カードは管理型迷宮を開くカギにもなると言っていたが、なるほどこんな感じなのか。
「では、皆さま、ご武運を」
門番さんに見送られ、オレ達はついに神域の聖塔、その第1フロアへと足を踏み入れた。
「あ、え……へっ?」
その瞬間、オレは自分の眼を疑った。
なぜなら、目の前に、見渡す限りの草原が広がっていたからだ。
あれ、オレ、確かに塔に入ったんだよな……。
「神域の聖塔は1フロア毎に異空間となっています。つまり、様々なロケーションがあるわけで、一般的な迷宮の常識とはかけ離れています」
「な、なるほど……」
つまり物理的な広さも塔の外観とは一致しないわけで、60階しかないというのに、これだけの高さがあるのもなんとなく理解できた。
それならもっと見た目コンパクトにしろよ、とか思わないでもないが、まあ、「神域」なんて名前がついているのだし、それなりの見栄は必要なんだろう。
しかしながら、理解はしつつも、扉の先に、こんな草原が広がっているなんて、やはり違和感がぬぐえない。
「塔ということは、このどこかに階段があるのでしょうか?」
オレと同じく、その広さに圧倒されながらも、フローラがおそるおそるといった様子でアルマに問いかけた。
「いえ、聖塔で次のフロアに上がるためには、ワープゾーンを見つける必要があります。階段のようなわかりやすく立体的なものではないのです」
確かに、これだけ見通しの良い場所にもし階段なんてものがあれば、一発でその場所がわかってしまうだろう。
次のフロアへの移動はワープゾーン。覚えておこう。
「ちなみにですが、ワープゾーンの場所は、入るたびにランダムで配置されます。もっとも低階層はこのような見通しの良いフロアが多いので、見つけるのはそれほど難しくはありません」
「わかった。じゃ、とりあえずそのワープゾーンってやつを探してみよう」
アンシィを腰のホルダーに提げたオレを筆頭に、フローラ、シトリン、アルマが続く。
とりあえず、入ってきた扉からそのまままっすぐに草原を進んでいく。
外の環境と違って、日差しがなく、天井の境界らしきものもぼやけてよくわからない感じになっているが、蝶が舞い、花が咲く草原を5人で歩いていくこの感じ……あれ、オレ達、ピクニックに来たんだっけ。
「ディグ様、喉が渇きませんか?」
「あ、いや、大丈夫」
歩き出して、まだ、数分しか経っていないのに、アルマが目を輝かせてそんな風に聞いてくる。
聖塔に入ることになってからこっちやたらとテンションが高い。
今も、辺りの風景をきょろきょろと見回しながら、「うわぁ~」とか「へぇ~」とか、常に何かしら感心した声が洩れている。
西ギルドで小間使いなんてしているが、本当は彼女は冒険者志望なのかもしれない。
「ディグ、魔物だ」
シトリンが右前方を指差す。
塔に入ってから、彼女の額に輝くサークレットが碧色から金色に変わっている。神視眼を発動させているのだ。
見ると、草原を跳ねるようにして、長い耳のカンガルーのような魔物がこちらへとやってくる。
「あっ、第一層で一番遭遇率の高い魔物、パンチングワラビーです!! 強靭な脚力を使った跳躍からのパンチを得意とする魔物です。弱点はリーチの短さ!」
「情報サンクス」
さすがに神域の聖塔の資料整理を担当していただけあって、アルマはこの塔の魔物についても深く知っているようだ。
オレはアンシィを引き抜くと、剣モードに変形させながら、奴らに向かって走る。
敵は4体。とはいえ、まだ第一層の魔物だ。苦戦などできるはずもない。
「おらっ!!」
まずは出会い頭にヒートスコップでスイングし、1匹を撃破。
こちらから仕掛けてくるとは思っていなかったのか、浮足立った残りのワラビーの1匹にスコップドリルを叩き込む。
同時に、拳を固め、空中へと飛び上がった残る2匹に砂かけスキルを使う。
ただ、地面の砂を掘ってぶつけるだけのスキルだが、この程度の小型の魔物相手に、空中で視界を塞いだり、体勢を崩したりするのには申し分ない。
案の定、死に体になった奴らに、そのままスコップの一閃で止めを刺す。
その間、一分足らず。
うん、我ながら、戦い方がちょっとスマートになってきたんじゃないだろうか。
「凄いです! ディグ様っ!!」
「うわっと!?」
アルマが、オレの胸へと飛び込んできた。
小柄な彼女だが、意外な膂力で、オレの首にぐいぐい絡みついてくる。
っていうか、重い!! いや、彼女自身はたぶんかなり軽いんだろうが、背負ってる荷物が重い!! マジで何入れてんだ!?
「げほっ……!?」
「ちょっ、アルマちゃん!」
「ディグが死ぬ」
フローラとシトリンに引きはがされるようにして、アルマがようやくオレから離れる。
しかし、まだ、興奮冷めやらぬのか、両の手をグッと握りしめながら、アルマは尊敬のまなざしでオレを見つめている。
「ディグ様……かっこいい……!!」
「あ、ありがとう……」
さすがにこの程度の魔物を瞬殺したくらいで、こんなに言われるのは気恥ずかしさがある。
とはいえ、きっと彼女はこんなに間近で冒険者が魔物を倒しているところを見るのは初めてなのだろう。
「ディグ様がいれば、きっと聖塔の最上階まで攻略できますよ!」
「ああ、そうだといいね」
苦笑いで、受け流しつつも、まあ、悪い気はしない。
「ディグ、魔物を倒した場所に何かあるわよ」
「んっ?」
スコップ状態のアンシィに促されて、魔物を倒した地面へと目を向けると、何やら光っている。
近づいていくと、その光は突然いわゆるマンガ肉へと変わった。
【魔物肉〈並〉を獲得しました】
脳内にレベルアップ時と同じようなアナウンスが響く。
なるほど、これがドロップというやつか。
迷宮でポップする魔物達は、フィールドで食物連鎖にさらされている魔物とは違って、こんな風にアイテムをドロップするのだろう。
いきなり肉が加工された状態で落ちているのには違和感を拭えないが……まあ、なんにせよ、皮をはいだり、手間がかからないのは良いことだ。
「さて、この調子でどんどん行きましょう! ディグ様!!」
「あ、ああ」
ドロップ品を回収して、マジックボトルに収納すると、やる気満々のアルマを先頭に、オレ達は再び進軍を開始した。
それからも何度か魔物の襲撃があったが、さすがに第1層の魔物はたいしたことがなく、難なく切り抜けた。
オレの勝利のたびに、アルマが抱き着いてきたのには、うれしさ半分、辟易半分といったところだったが、後半はなぜか、フローラとシトリンがオレが戦うよりも早く、魔法で魔物を瞬殺してくれたおかげで、抱き着かれる機会も減ってきたのは少しありがたかった。
そんなこんなで、30分くらい探索をしていると、草原の中に、青い光の渦のようなものがあるのを発見した。
「これが、2階へのワープゾーンです!」
「ほほう」
いわゆる旅〇扉だな。
さっそく乗ってみると、一瞬の浮遊感と共に、気が付くと、暗い洞窟の底にいた。
「本当に一瞬で移動した」
「はい、まるで地下に移動したみたいに感じますが、ここが2階フロアです! 洞窟風なんですよ」
なるほど、1層と比べると、こちらの方が遥かに迷宮らしい。
「では、行きましょう!」
薄暗い洞窟風の2層の攻略開始だ。