049.小間使いアルマ
翌日、ふかふかのベッドでしっかりと睡眠をとったオレ達は、早めの朝食を摂っていた。
「ガツガツガツガツ!!」
「お前、朝からよく食うなぁ」
相変わらずアンシィは健啖だ。
滞在中の宿代や宿での食事代は西冒険者組合がもってくれるらしいので、いくら食ってくれても構わないと言えば、構わないのだが、さすがに何か申し訳ない気持ちになってしまう。
スコップであるアンシィには遠慮って文字がないらしい。
「いよいよ神域級の迷宮に挑戦ですね!」
鼻息も荒くフローラが力こぶを作る。
底辺冒険者生活が長かったフローラだ。
こうやって、それなりの冒険者パーティとして特別待遇され、あまつさえ神域級の迷宮への挑戦権までもらえるという状況は彼女にとってはものすごい価値のあることなんだろう。
「ボクもそろそろ武器が欲しい」
と言うのはシトリンだ。
服こそレナコさんに機能性とデザイン性を備えた素晴らしいものを作ってもらえたとはいえ、基本的に、攻撃は魔法頼りで現状武器は持っていない。
中途半端な性能の弓では、彼女が放つ風や光の矢じりを番えることもできないし、この機会に魔法適応力の高い弓が手に入ると良いのだけど。
とはいえ、探索できるのは、良くて10日前後だ。
高層階までたどり着いて、なおかつ要求に見合う弓を手に入れるには、かなり頑張らないといけないだろう。
そこでカギになるのは、まず、間違いなくミナレスさんがつけてくれるというベテラン冒険者になるはずだ。
おじさんなのは仕方ないので、実力の方は期待させてもらおう。
さて、そろそろギルドから、忙しいミナレスさんに変わって、遣いの者が来るはずなんだけど。
と、店の玄関先が乱暴に開けられると、まるで鉄砲玉のように、黒い何かが入ってきた。
それは女の子だった。いわゆるメイド服と呼ばれる衣装に身を包んだ、まだ少女といってもよい年齢のショートカットの女の子が店に入って来るや否や周囲をきょろきょろを見回している。
その視線とオレのそれが交錯した。
「あっ!! ディグ様ですね!!」
オレ達に気づいたその少女は、元気よくオレ達のテーブルに向かって走り出し……盛大にすっころんだ。
「はうぅつ……!!」
「お、おい大丈夫か……?」
こけた勢いでパンツを盛大に見せ散らかしている女の子の手を取り、立ち上がらせてやる。
「あ、ありがとうございます!」
「怪我はないか?」
「はい! 大丈夫です! ディグ様はお優しいのですね!!」
少女はこけてしまった気恥ずかしさから少し顔を赤らめながらも、まるで太陽のように元気よく笑った。
近くで見るとよりいっそう幼く見える。まだ、未発達の細い体は、現実世界でいうなら中学生くらいだろうか。
ちらりと見える八重歯が可愛い愛嬌のある娘で、その笑顔を見ていると、こちらの方が元気になってくる。
「君がミナレスさんが言ってた遣いの人?」
「あ、はい! 私、西冒険者組合で小間使いをさせていただいています。アルマと申します! よろしくお願いしま……はうっ!?」
頭を全力で下げすぎて、すぐ近くにあった椅子にお尻をぶつけた彼女は、その勢いで今度は前に突っ伏し、オレの股間へと……。
「はうあっ!!?」
『あっ……』
うちの女性陣三人の声が見事にハモる中、なかなかに勢いのある頭突きを受けたオレの息子は深刻なダメージを受けた。
その上、アルマと名乗った少女はそのままオレに伸し掛かるようにして、息子を苛め抜いてくる。くっ、殺っ!?
「みんな……あとは……頼んだ」
「ディグ!!」
急所にダメージを負った上、伸し掛かられたオレは、床へと沈んだ。
「本当にすみませんでした!!!」
「いいから、いいから……」
最近勝率がにわかに上がっているきているが、ここぞというときにいつも失敗して下さるヒールジャンキー、フローラさんのおかげで、一時息子がさらにたいへんなことになりつつも、なんとか復活したオレは、しきりに頭を下げてくるアルマをなだめていた。
うん、むしろ、深刻なダメージを与えてくれたのは、あとから爆発させたうちの失われた神の回復術士様なので、この娘から受けた実害は実際たいしたことない。
いや、もしかしたら、将来子どもが作れなくなってしまっているかもしれないが……いや、考えるのはよそう。
「と、とりあえず、西のギルドまで案内してもらっていいかな」
「はい! お任せ下さい!」
というわけで、アルマの後ろについて、オレ達はミナレスさんのいる西ギルドを目指す。
さすがに大きな街だけあって、まだ、朝早いというのに、たくさんの人とすれ違う。
ミナレスさんが言うには、近隣に迷宮が多数存在するこの街では、そういった迷宮から持ち帰った品が市場でも多く流通するらしく、いわゆる露店市というのが、街の各所でさかんに開かれているらしい。
近くを通りかかると、なるほど、装備品と思しきものや魔法の品と思われるものが各露店に所狭しと並べられている。それに比例して冒険者の数もかなり多い。
「食べ物の露店はないのかしら!」
「お前、さっき朝飯食ったばかりだろう……」
「アンシィ様、もう少し行ったら、食べ物の露店が並ぶ筋に着きますよ」
アンシィの底抜けの食欲に愕然としつつも、2つほど角を曲がると、冒険者向けの露店から、日用品や食料品、そして、軽食へと品ぞろえが変化してきた。
「うわぁ、何から食べようかしら……!!」
様々な食べ物が並ぶ露店を眺めて、目を輝かせているアンシィ。
「おい、今からミナレスさんのとこ行くんだからな。食べ歩きはまた、後にしろよ」
「えー!! 一つくらいいいじゃない!」
「おおっ、アルマちゃん!!」
アンシィの不満の声を聞き流して進んでいると、突然露店の方から野太いおじさん声が響いた。
「こんにちは!!」
「今日も元気だねぇ! お仕事中かい?」
「そうなんです! 今から、高名な冒険者様を西ギルドにお連れするところなんです」
「ほう、そりゃ偉い」
福々しい恵比須顔の露店のおじさんが、オレ達へと目を向ける。
高名な、と呼ばれたことでちょっと気恥ずかしさがある。
「よしっ、冒険者様方、うちの串をぜひ食べていって下さい」
「えっ、おじ様、いいんですか?」
「アルマちゃんにはいつも元気をもらってるからな」
そう言って、露店の店主はオレ達に、肉の刺さった串を一本ずつ手渡してくれた。
そのまま礼を言って店主と別れ、オレ達は肉を食べながら、アルマについて歩く。
少し行儀が悪いかもしれないが、どうやらこの街ではこれが割と普通のことらしい。
香ばしいにおいのするタレが滴る肉にかぶりつくと、絶妙な歯ごたえとともに、濃厚な肉の味が口いっぱいに広がった。
「美味っ、これ何の肉だ……?」
「あ、それはドロップ品の肉ですね」
「ドロップ品?」
「はい、迷宮では、魔物を倒したときに、食材をドロップすることがあるのです。おじ様の店は、そのドロップした肉を買い取って、ああやって串肉として露店販売しているのです」
「へぇ……」
つまり、魔物の肉……ということなのだろうか。
牛とも豚ともつかない絶妙な歯ごたえに牛ステーキのように濃厚な味。
確かにこれは十分に商売になる味わいだ。
野菜の類は、マジックボトルにまだ大量に備蓄があるが、肉はほとんどなくなっていたので、迷宮内で補充ができるなら、かなり便利かもしれない。
それに迷宮内でゲットした肉で、その場でスコップ料理をすることもできそうだ。この肉の味……何を作るのが良いかなぁ。
「着きました!」
と、スコップ料理についてあれこれ考えているうちに、いつの間にやら西冒険者組合の事務局──いわゆる西ギルドへとたどり着いた。
でかい。
オレ達が普段利用している冒険者協会のギルドの3倍ほどの大きさはあるだろう。
石造りの頑強そうな建物であるという点は同じだが、3階まであるのか、建物の高さも近隣の他の建物よりも一回り以上大きい。
半ば要塞とでもいったような風体だ。
「行きましょう!」
アルマに促されて、中に入ると、そこには冒険者達が団欒していた。
まだ、朝の時間帯なので、それぞれ仕事に出かける前なのだろう。
奥の丸テーブルでミーティングをしているパーティもいれば、クエストの掲示板の前でめぼしいものを精査しているパーティもいる。
ギルドの朝の風景。パーティの数は20組ほどだろうか。
建物の規模に対して考えると、少なめに感じるが、おそらく例の"辻斬り"とかいう奴のせいで、活動休止中の冒険者が多いためだろう。
もし、本来の西ギルドの状態であれば、きっと壮観だったろうなぁ。
アルマについていき、受付のさらに奥の扉から、ギルドの裏側へと入る。
階段を昇り、静寂に包まれた通路を進むと、最奥の豪奢な扉へとたどり着いた。
おそらく、ここがミナレスさんが普段仕事をしているという執務室なのだろう。
アルマが軽くノックをすると「入ってくれ」と中からミナレスさんの声がした。
「ああ、ディグ君達、おはよう」
「おはようございます。ミナレスさん」
執務中だからか、プレートアーマーをつけない軽装のミナレスさんは、執務机越しにこちらに笑顔を向けた。
しかし、その顔にはどこか疲れのようなものが見える。
「あれ、ミナレスさん、何かありましたか?」
「あー、それがな……」
ミナレスさんは、一瞬だけ言い淀んだが、すぐに頭を上げると、「まずは」と前置きして、オレ達を椅子へと座らせた。
「アルマ、お茶を」
「はい、ミナレス様」
アルマがお茶を淹れに行っている間に、ミナレスさんは話し出した。
「単刀直入に言おう。君たちのサポートをしてくれる予定だった、ベテラン冒険者が昨晩、例の"辻斬り"に遭った」
「えっ……!?」
ミナレスさんから告げられたまさかの言葉に、オレは絶句した。