048.ウエスタリアの街
「デュアル族……ですか」
モンスターの群れを蹴散らしたミナレスちゃん(本人がそう呼べと言った)は、再び手綱を握ると、バドラを軽快に走らせている。
「そうだよー! それが私たちの種族」
天真爛漫な笑顔で答える彼女は、先ほどまでの運動部女子っぽい雰囲気とはまったく違う。
「輝眼族と同じでね~。大昔に女神様が生み出した種族なんだよ! 一つの身体に二つの人格がある種族なの!」
「二つの人格……」
「そういうことだ」
「あっ」
碧髪金眼のミナレスちゃんから、さっきまで一緒にいた金髪碧眼のミナレスさんへとまた変わった。
「西冒険者組合は元々我々デュアル族が立ち上げた組織だ。デュアル族は冒険者として非常に優秀だからな」
「それはさっきみたいな……」
「そうだ。我々は一つの身体に二つの人格を持っている。つまり、それは一つの身体に二つの職業を宿すことができるということだ」
なるほど、人格ごとに違う職業を得ることができるということか。
ミナレスさんは前衛職である重戦士、そして、ミナレスちゃんは後衛職である光魔導士。
全く異なる職種を選ぶことで、個人でありながら、様々な状況に対応できるということだ。
「冒険者は、一つの事を突き詰めていくほど強くなる。様々な武器を駆使し、多数のスキルで戦う者は、どうしてもシステム上器用貧乏になってしまがちだ。だが、我々デュアル族は、極めた2つの職業を状況によって切り替えながら戦うことができる。その恩恵がどれだけ大きいか、冒険者ならわかるだろう」
確かに冒険者として、これほど有用なことはないかもしれない。
「だから、我が種族は昔から大陸でも最強の冒険者集団と言われていた。もっとも、それで調子に乗ってひと悶着もあったのだが……。まあ、それは置いておいて、今日においても、デュアル族は西冒険者組合の主戦力として、その能力を振るっているというわけだ」
「そんなわけだから、どっちの私とも仲良くしてね~!」
再びミナレスちゃんになって、笑顔で手を振ってくるミナレスさん……ややこしいな。
「その装備も面白いわね!」
「でしょ~。人格によって、適切な装備に変わるんだ~。神域の聖塔で手に入れたレア装備なんだよ~」
なるほど、そんな装備もゲットできるのか。
「神域の聖塔の最上階では、本人が一番欲しいと思っている武器や防具を女神様が汲み取って、与えて下さるの」
それはなんともご都合主義な。ますます楽しみになってきた。
あ、でも、そういえば。
「話は変わるんですが、魔物たちの狩り不足って、何かあったんですか?」
「ああ、話しておかねばならないな」
ミナレスさんが、まじめな口調で口を開く。
「実は昨今、うちに所属している冒険者達の一部が、とある事情でクエストの受け渋りをしていてな。特に駆け出しにその傾向が強いのだが……まったく、嘆かわしいことだ」
「駆け出し冒険者がクエストの受け渋り?」
街道沿いのモンスター駆除と言えば、ギルドの常時クエストとしても定番中の定番だ。
危険もそれほど多くなく、アクセスも悪くないこれらのクエストは、駆け出し冒険者達の生活を支えていると言っても過言ではない。
そんなクエストを受け渋るなんて、よほどの事情があるのか。
「臆さずに聞いて欲しいのだが……実は昨今ウエスタリアでは謎の"辻斬り"が跋扈しているのだ」
「辻斬り……?」
というと時代劇なんかでたまに出るアレだろうか。
和風な東冒険者組合ならいざ知らず、ファンタジー全開な西冒険者組合の方で、”辻斬り”なんて言葉が出てくるとは思わなかった。
「時間や場所に関わらず、冒険者のパーティに近づいては、突然攻撃をしかけてくる。駆け出しが襲われた例もあるが、ほとんどは高名な冒険者を中心に狙われているようだ」
「高名な冒険者って、めっちゃ強いんじゃないんですか?」
「ああ、西冒険者組合には組合独自のランク付けがあるのだが、その最高位に位置するパーティーのメンバーですら、件の辻斬りに伸されてしまった」
「そんな……」
西冒険者組合でトップクラスの冒険者でも太刀打ちできないとか、どんだけ強いんだその辻斬り。
「もっとも、酒を飲んだ後で、油断もあったのだろうが……。そんなわけで、いつ襲ってくるかもわからん辻斬りの存在に、駆け出し達も皆竦み上がってしまってな。結果、外出そのものを避けるようになってしまってこのざまだ」
「なるほど……」
「ああ、だが、安心してくれ。辻斬りの傾向から、襲われるのは必ず冒険者が単独行動を取っている時、なおかつ高名な冒険者しか今のところ襲われてはいない。ディグくんはこちらではまだ、名前が売れていないから、そうそう襲われる心配はないだろう。それに、今のところ辻斬りで怪我をした者はいても、殺された者はいない」
「案外優しいんですね」
「どうやら強い奴と戦って自分の腕を試してみたい、というような輩のようだからな。とはいえ、持っていたレアな装備を奪われたという話も聞く。なんにせよ警戒はしておいてくれたまえ」
辻斬りねぇ……。
人気のないところを一人では外出しないようにしよ。
と、そうこうしているうちに街道の先に、なにやら細い線のようなものが見えてきた。
いや、違う。それは塔だ。
夕日を浴びて、赤く染め上がる巨大な塔。その先端はあまりに高すぎて、見ることすらできない。
そうか、あれが例の。
本当に1日で着いてしまった。
さあ、いよいよ西冒険者組合の本拠地、ウエスタリアに到着だ。
「でっけぇ……!!」
石壁を見た時点で、ドーンの街よりも大きいのは予想していたが、入ってみると、そのサイズ感に圧倒されてしまう。
おそらくドーンの街とデゾメアの街を足してもまだ足りないくらいの広さがあるだろう。
建築様式も違うのか、色とりどりのとんがり屋根の建物が並ぶ姿は、この世界に来て、初めて異国を感じる風景だった。
そして、何よりも目を引くのが、街の中央に聳え立つ、あまりにも巨大な塔。
「神域の聖塔……」
「ああ、この街のシンボルだ」
迷宮と聞いたときは、街から離れたところにひっそりとあるのかと思ってたが、まさか、街の中央にこんなに堂々と鎮座しているとは。
「元々、この街は聖塔に昇る冒険者達によって作られたのだ」
「なるほど」
つまり、聖塔が元々あった場所に、便利だからと、冒険者達が街を拓いたということか。
もっとも、これだけ大きな街となると、もはや冒険者よりも一般の人々の方が遥かに多そうだ。
「もうじき日が暮れる。組合の事務局……協会と同じくギルドと呼んでいるが、ギルドには明日朝行くことにしよう。宿を用意しているので、今日はそこに泊まると良い」
「ありがとうございます」
「と、その前に食事だな。行きつけの酒場があるんだ。案内しよう」
ミナレスさんに促されるまま入った酒場は、ドーンの街のオレ達が利用する酒場とよく似ていた。
開放的な雰囲気の酒場が、どこの街の冒険者にも受け入れられやすいらしい。
とはいえ、ちょうど夕飯時だというのに、店はどこか落ち着いている。
「辻斬りが出るようになってから、飲みに来る冒険者も減っているようでな。とはいえ、そのおかげで飯時でも、簡単に席が取れる。ここにしよう」
店の中央あたりに位置する丸テーブルを指定すると、オレ達はそれぞれ着席した。
客が少なめだからか、回転も速いようで、すぐに料理と飲み物が運ばれてくる。
ミナレスさんのおごりだということなので、遠慮なくいただくようにしよう。
アンシィの食欲に若干引いてるような気もするけど、ごめんなさいね。
「がつがつがつがつ!!」
「アンシィ、落ち着いて食えって……」
「ディグ、このおっきなチキンおいしいですよ」
「ボクはこのコリコリしたのがいい……。コリコリ」
「ははっ、君達のパーティはとても楽しそうだな」
騒がしく食卓を囲むオレ達の様子を、ミナレスさんはエールをあおりながら、優しく見つめていた。
「まあ、退屈はしないですかね」
「パーティ同士仲良いのはなによりだ。冒険者のパーティとは苦楽を共にするものだからな。切磋琢磨する関係性も必要だが、それよりも信頼関係があるのがなによりだ」
信頼か。みんながオレをどう思っているかはわからないが、少なくとも、オレはみんなのことを信頼している。
でも、よその冒険者の中には、パーティの仲が悪かったり、意識高い系ばかり集まったり、いろいろあるんだろうか。
「明日なんだがね。早速、神域の聖塔まで案内しようと思う」
「いきなりいいんですか?」
「ああ、どのみち10日ほどしか滞在期間がないからな。君達も早く行ってみたいだろう?」
「そうですね!」
本格的な迷宮にして、神器級のアイテムが手に入るかもしれないスポットだ。否が応にも期待が高まる。
「ぶしつけだが、正直、君たちの実力も知りたいと思っている」
「あー、そこまで期待はしないでもらえると……」
「わかっているさ。何も今の実力だけを見るわけじゃない。将来性というか、まあ、そんなものだ。もっとも、転生者は特殊なスキルを持っている者ばかりだからな、その辺りは期待させてもらうよ」
むしろ、その特殊なスキル、というあたりにまったく自信がないわけですが。
「ただ、残念ながら、私自身は業務があるので、君達と一緒に冒険することはできない。その代わりに、信頼できるベテラン冒険者を一人、君たちにつけようと思っている」
「おおっ! ちなみに、男性ですか? 女性ですか?」
「屈強な男性の冒険者だ」
つまりむきむきなおじさんということか。
うーむ……確かに迷宮経験者がいてくれるのは助かるが、どうにもなぁ。
まあ、そこで美少女よこせ、とも言えないし、実際実力は確かなんだろうから、甘んじて受け入れるとしよう。
「すぴー……zZZ」
と、食べつかれたのか。隣でアンシィが寝息を立てだした。
こいつそのうち牛になるんじゃないだろうか。
「さて、明日も早いし、そろそろ宿へ案内しよう」
「ありがとうございます。ほら、アンシィ行くぞ……。ダメだ。完全に寝入ってるな」
オレはパンパンに腹の膨れたアンシィを背中に背負うと、フローラ、シトリンとともに、ミナレスさんに紹介された宿へと急いだのだった。




