046.ゴーウエスト
「西には転生者が2人いるぞ」
「えっ……!?」
ミナレスさんの口から突然出た、『転生者』という言葉に、思わずオレは立ち上がっていた。
「その反応、やはり君も転生者か」
「か、かまかけですか……?」
「いや、半ば確信していたよ。西の冒険者にはかなりレアなEX職業を持っている者もいるが、『スコッパー』なんて職種は初めて聞いたからね」
そうか。組合の代表ということは、冒険者の職業についても熟知しているわけで、オレ達の職業が筒抜けになってしまっている以上、簡単に予想できたというわけか。
フローラはレアとはいえ、過去にも存在した職業だし、シトリンに関しては、絶滅したと思われた職業が生き残っていたという形になるのだろうか。
こうやって管理下に置こうとするのは、オレ達の実力を買ってくれているというよりは、もしかしたら、危険分子の可能性もあるレアな職業持ちに首輪をかけておきたいという思いもあるのかもしれない。
そう考えたオレは、自然と今までよりも身を強張らせた。
「あ、そう警戒しないでくれ。シトリン君のことも含めて、我々は君達を拘束したいというわけじゃない。単純に、強力な冒険者になる可能性のある君たちを手元に置いておきたいというのが本音だ」
ミナレスさんは包み隠さず言う。真偽の程は確かではないが、少なくとも確かに害意は感じられない。
「東もそれは同じや。まあ、もっと本音を言えば、2つの組合の均衡を崩したいっちゅう思いもある。今、東も2人の転生者を擁しとる。君が入ってくれれば、うちの組合はより多くの転生者を擁する組織ってことになる。そうすれば、発言権も上がるっちゅうもんでな……。って、ほんまに包み隠さず言うてもうたわ」
なるほど、それぞれ2人ずつの転生者を擁しており、オレが入ることでその均衡が崩れるということなのか……。
これってわりと責任重大じゃないのか。
ん、いや、ちょっと待てよ。
レナコさんから聞いた転生者は、オレを含めて、5人だったはず。
ということはつまり、どちらかの組合にはレナコさんが所属しているのか……?
「あのその……お二人はレナコっていう服飾マイスターをご存じですか?」
それを聞いた瞬間、艶姫さんが、ガバッと立ち上がった。
「なんや、ディグはん、レナコの知り合いかいな!!」
この反応、どうやらレナコさんは、東冒険者組合の方に所属しているらしい。もっとも、あのレナコさんの様子を見ると、ほとんど名義貸しみたいなものだろうけど。
「あ、はい、先日お世話したり、お世話になったりしまして」
「そやったら、やっぱりうち来いな。知り合いがおった方がええやろ」
「あー、それは確かに……」
「ちょ、ちょっと待つんだディグ君!! レナコ君という転生者は君よりもかなり年嵩だろう! こちらの転生者は君とほぼ同世代の女の子だぞ!」
ピクリ!
同世代の女の子……確かに、同じ年くらいの転生者がいるなら、会ってみたい気もする。
「それに、めちゃくちゃ可愛い!!」
「可愛い……!?」
「ああ、その上、私よりもその……メリハリのある身体つきをしている」
「な、なん……だと……」
オレはミナレスさんが湛える山のごとき稜線に視線を向ける。
これよりメリハリのある……だと。
しかも、JKで……だと。
「艶姫さん……ごめん」
「え、ちょ、ディグはん、そういう系なん!? 顔かわいいくせに!!」
艶姫さんが、途端に慌てだすが、ごめん。
男には抗えないことがあるものなのだ。
「そ、それやったら、う、うちとデート1回なんてどうや!! うちこれでも東では半ばアイドルみたいなもんやねんで。ディグはんが望むように1日なんでもしたるさかい! どや!?」
「な、なんでも……!?」
正直、艶姫さんの見た目は、もうオレのドストライクだ。
顔立ちといい、黒くて長い髪といい、細いけれど、適度に肉付きの良い体型といい。
そして、美女と美少女の中間のような、一粒で二度おいしい間のある雰囲気には、正直たまらんもんがある。
そんな彼女と1日デート、しかも、あまつさえなんでも言うことを聞いてくれるだと……。
悩んでいると、ダメ押しとばかりに、艶姫さんがオレの胸に抱き着いてきた。
さらさらとした打掛の質感越しに、やわらかな感触が押し付けられる。
めっちゃいい匂いするぅ……頭くらくらしてきた。
「艶姫さん、これから一緒に頑張りましょう」
「ディグくーーーーん!!! ええい、ならば!!」
今度は反対側から、ミナレスさんが抱き着いてきた。
くっ、こちらはさらにボリューミーな感触……!?
顔の好みでいれば正直艶姫さんが優勢だが、正直、この特盛感には抗いがたい。
「ミ、ミナレスさん……!」
「くっ、恥辱だ……」
ミナレスさんは顔を真っ赤にしている。
あれ、この人、こんなに美人なのに、もしかして、こういう耐性ないのか。
そう思うと、ミナレスさんのことが一層可愛く見えてきてしまった。
恥ずかしそうな顔をもっと見てみたい。
「ちょっとディグはん、うちの方見てぇ!!」
「ディ、ディグ君……! わ、私の方を……!!」
少しだけお姉さんな美女二人の間で取り合いになるオレ……選べないってばよ!!!
「ちょっとお二人ともディグにべたべた触りすぎです!!」
「ああ、さすがにそれは……!!」
奪い合いになるオレの身体を心配してか、フローラとシトリンが、お姉さん2人をオレから引きはがしにかかる。
美女2人に美少女2人。合計4人の女の子にもみくちゃにされるオレ。
ああ、モテ男ってこんな感覚なのかなぁ。最高のような辛いような。
「はい、そこまで!!!」
そんな様子をしれ~と眺め続けていたアンシィが、パンパンを手を叩くと、ようやくオレを奪い合う女性陣4人の手が止まった。
「ディグ、あんた選べないようだったら、もう受付のお姉さんに決めてもらいなさいな」
「えっ、げほっ! 私ですか……!?」
途中から我関せずで、玉露をすすっていたお姉さんが、突然の名指しに噴き出した。
「そうだな。このまま泥仕合を続けるよりは」
「こんなんでも、一応協会の高位職員やしな」
「えー……」
お姉さんは、ミナレスさん、艶姫さんの視線の圧力に冷や汗を流しつつも、こんなことを宣った。
「いっそのこと、どちらも一度体験してもらうのはどうでしょうか?」
「体験……だと?」
ミナレスさんの反芻にお姉さんはこくりと頷く。
「そうです。期間を決めて、実際にそれぞれの組合での活動を体験してもらうんです。両方を体験してもらった時点で、どちらの組合に所属するのが良いのか、ディグさんに決めてもらえば、あと腐れもないんじゃないでしょうか」
「なるほどねぇ、実際の体験か。確かに、お互い決め手に欠ける以上、そうした方が話が早そうやね」
艶姫さんは、お姉さんの提案を受け入れたようだ。
ミナレスさんもそれは同様のようで、艶姫さんと視線を交わすと、こくりと頷いた。
「ディグさんはどうですか?」
「あ、うん、実際決めかねていたし、それで構わないです」
「わかりました」
オレの了承を得たことで、オレ達パーティは、西と東の冒険者組合のどちらも体験入会してみるという形で話が纏まってきた。
詳細はこうだ。
旅程を含めて、お互いの組合での15日間の体験活動。その際には、先ほど提示した神域クラスの迷宮やそれぞれの特典的な部分もすべて付与される形だ。
話し合いの結果、先に西冒険者組合で活動し、それが終わり次第東冒険者組合での活動を体験するということになった。
また、最終的に気に入らなければ、どちらの組合にも所属しない、という選択肢もありということが契約上明確にされたのはありがたい。
「ふむ、平等にお互いの組合の良さをアピールできるのはありがたいが……できれば、後半が良かったのだが」
「なんや。前半やと都合が悪いことでもあるんか?」
「そういったわけではないが……。まあ、後半だろうと、解決しているとは限らんしな。多少のリスクは受け入れるしかないか」
「なんや一人で納得してるみたいやけど、気持ち悪いのう。まあ、どちらにしろ、勝つのはうちら東やからな」
「ふん、色仕掛けで篭絡しようとしていた奴が良く言う」
「お前もやっとったやないか!!」
「あー、はいはい!! とりあえず、諸々の手続きは協会の方でさせていただきますので! 今日は解散しましょう!」
一触即発の2人をしり目に、お姉さんがなんとか場をおさめ、その場は解散となった。
その後は、契約に乗っ取ってか、どちらかが隠れて勧誘に来るなんてこともなく、オレ達は久しぶりに街で穏やかな夜を過ごした。
しばらくはドーンの街にもお別れということで、アパタイさんやロキも含めて、たまには酒場で食事をしようということになり、いつもの酒場で楽しい晩餐を過ごした。
そして、いよいよ西冒険者組合のあるウエスタリアへと出立する朝がやって来た。




