045.西と東
デゾメアの街での冒険を終えた翌日、オレ達がおよそ5日ぶりに冒険者ギルドにやってきたときのことだった。
「ディグさんっ!!」
扉を開けるや否や、受付の爆乳お姉さんが、その両乳をバインバイン揺らしながら、オレの元へと駆けてきた。
そして、本能的にその光景を目に焼き付けようとしてしまったオレの頭に、強引にその二つの柔らか戦車が押し付けられた。
「ぐふっ!?」
息苦しい!! でも、死んでもいい!!
「探してたんですよぉおおお!!!!」
「ディグ!!」
「近すぎる……!!」
「ぷっ、ぷはっ……!?」
フローラとシトリンがお姉さんを引きはがしてくれたおかげで、なんとかオレの顔から豊満な胸が離れた。
くっ、助かったような、残念なような……。
「で、うちのディグになんか用かしら?」
人間モードのアンシィが、冷静に問いかけると、お姉さんは顔をくしゃくしゃにしてのたまった。
「あのですね! 実はディグさん達のことが冒険者組合の方に知られてしまいまして……」
「冒険者組合?」
オレ達が普段利用しているここは、冒険者"協会"、通称冒険者ギルドと呼ばれる場所だ。
冒険者"組合"というのは初めて聞いた。
「えーと、協会と組合は非常に似た組織ではあるのですが、歴史的にその成立には大きな差異がありまして……。まあ、その辺りの説明は置いておいて、とにかく、東と西の巨大冒険者組合が、ディグさん達のことを欲しいとおっしゃっているのです!!」
「それって、スカウトということですか?」
「そうなります!!」
スカウトとはこれまた……。
オレ達も有名になってきてしまったということか。
いや、違うな。お姉さんは、オレ達の事が知られてしまったと言った。
ということはつまり、秘匿していたフローラとシトリンのEX職業まで伝わってしまったということなんだろう。
冷静に考えて、3人が3人ともEX職業であるパーティなんて、おそらくオレ達以外に存在しない。
その存在が明らかになったとあらば、確かに欲しいと思うのも当然かもしれない。
もっとも、事実は、それなりにレベルが上がったとはいえ、3人が3人ともまだまだ冒険者としては駆け出しのひよっこではあるのだが。
「お姉さん……」
「ごめんなさい……! 組合からの情報開示要請には、ある程度答えないといけない義務がありまして」
業務上でのことというなら仕方ないか。
「とはいえ、協会と組合の懇親会の時に、酒が入って、ついついうちのギルドには凄いパーティがいるぞ、と言ってしまったのがそもそもの原因なんですが……」
前言撤回。許さん。
「お姉さん……」
「ああ! すみません!! ディグさんが、いつも私の胸を見てるのは知っています!! あとで、こっそりパフパフしてあげるので、許して!!!」
「は、はぁっ!? み、見てねぇしぃ……!? あ、でも、どうしてもと言うなら……」
「はいはい、不毛なやり取りは置いておいて、別にスカウトされるくらいいいじゃないディグ。嫌だったら、断ればいいだけでしょ」
冷静なアンシィに言われて、ハッとなる。
「そりゃそうか。まあ、別に断ればいいだけだもんな」
「あー、でも、たぶん、ものすごく断りづらいと思いますよ。なにせ、どちらの組合も代表が凄く濃──」
「頼もう!!」
お姉さんが最後まで言い切る前に、ギルドのカウンタードアが勢い良く開かれた。
明るい外の光から浮き出るようにしてやってきたのは、プレートアーマーを装備した二十歳くらいの女性だった。
身長はオレよりも高いかもしれない。
手足が長く、スラリとしたスタイルながら、目を引くのはその武器だ。
自分の身長ほどもある巨大なバスタードソードを背負っている。
ついついその特徴的なスタイルと武器に目が行ってしまったが、お顔の方も相当の美人さんだ。
シトリンよりも濃い色の金髪をポニーテールにしてまとめている。
キリっとした顔と髪型だけ見れば、どこぞの社会人バレー部の主将とか言われてもしっくり来そうだ。
「あ、ミナレスさん!!」
「お嬢!! どうだ、ディグという冒険者は帰ってきたか?」
「あ、はい……この方です」
お姉さんは少しだけ申し訳なさそうに、オレ達を指し示した。
「おおっ、君たちが噂の……!!」
「あ、どうも、はじめまして……」
近づいてくると身長は同じくらいなのに、武器の巨大さのせいか威圧感が凄い。
美人のお姉さんには違いないというのに、どこか強者のオーラを感じる。
「お嬢から君たちの噂を聞いた。私は西冒険者組合代表ミナレス=ハーフマンだ。単刀直入に言うが、ぜひ、我ら西冒険者組合に入ってはくれないだろうか?」
受付お姉さんとのやりとりで、猪突猛進型だとは思ってたが、本当に単刀直入に来た。
うーむ、なんと答えるべきか……。
「あら、その話、ちょっと待っとってんか」
オレが返答に窮していると、再び、店のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
今度の女性も年は二十歳くらいだろうか。
異世界に来てからはついぞ見かけなかった黒髪黒目、それでいて、腰まで届くロングヘアー。
美人と可愛いの中間くらい、どこか妖艶さを感じる切れ長の目がゾクッと来る。
そんな美少女の衣装は、オレの世界でいうところの花魁の打掛だ。
優美で華やかかつ、胸元やふとももなど、ピンポイントで露出していてかなりセクシーだ。
そんなド美人がゆっくりとこちらに歩いてきたかと思うと、ミナレスと名乗った金髪美人を押しのけるようにしてオレの前に立った。
「お初にお目にかかります。東冒険者組合代表の艶姫申します。以後よろしゅう」
「よ、よろしゅう」
くっ、やばい。この人、正直、見た目ドタイプなんだが……。
「艶姫、ディグ君は、今、私と話していたのだが」
「そないなこというて、うちがおらんうちに、さっさと西に入れてしまうつもりやったんやろ? ほんまにこの泥棒猫は」
「泥棒猫とは心外だな。たまたまタイミングが良かっただけだ」
二人は半ば口論のようになりながら、にらみあっている。
なんだろう、二人の間に火花が散っている気がする。
いや、だが、それよりも、お二人のその豊満な胸がですねぇ、おしくらまんじゅうしているのがですねぇ、目に毒ですねぇ。
「とにかく、抜け駆けは禁止や。ディグはんを交えて、一度、話を進めるのがええんやないか?」
「当然だ。当事者の意見を聞きつつ、どちらの組合が引き取るか話し合おうじゃないか」
「あ、あれ……」
ちょっと待て、なんだか、もうどちらかの組合の所属する流れになってないか……?
受付のお姉さんに、目を向けると、いつの間にか距離を取って、頑張ってくださいとばかりにハンカチを振っていた。
「場所を借りるぞ。お嬢」
「玉露くらいは出して欲しいところやなぁ」
「え、え……!?」
オレ達パーティは、口をはさむ隙すらなく、ギルドの奥の応接室へと連れて行かれたのだった。
さて、応接室についたオレ達は長いソファに座らされた。
真ん中がオレ、その右隣がアンシィ、左隣にフローラとシトリンだ。
そして、右手側にミナレスさん、左手側に艶姫さんがそれぞれ一人用のソファに座っている。
オレ達の対面に一人座しているのは、受付のお姉さんだった。
「うぅ、どうして私まで……」
「中立の立場の者も必要だろう」
「そ、そうかもしれませんが……」
「責任大きいでぇ」
艶姫さんの半ばいじめるような発言にお姉さんが涙目になる。
「と、とりあえず、ディグさん! せっかくですので、冒険者協会と組合の関係についての説明からさせて下さい」
そういって、お姉さんは話し始めた。
元々この世界は、豚野郎の作った"システム"として、職業を得られる場が大昔から存在していた。
それがオレ達が普段利用している冒険者協会、すなわちギルドだ。
本来オレ達の世界ではギルドといえば、互助組織を意味するところであるが、この世界でのギルドは神の作ったシステムを代行する存在。言ってみれば、公の組織といったものなのだという。
対して、冒険者組合は、民間の組織だ。
特に冒険者の需要が多い地域、西の都ウエスタリアと東の都イーズマでそれぞれ誕生し、現地の冒険者の身分の保証や、互助的サポートなどを中心に発展してきたらしい。
基本的な業務内容としては、ほぼほぼ冒険者協会と変わりないが、より土着的というか、それぞれの地域の特性が現れている組織だということだそうだ。
「例えば、我々ウエスタリアの西冒険者組合は、数多くの迷宮を管理している」
「迷宮ですか」
オレの中での迷宮のイメージというと、未だにあのマグマの迷宮のみだ。
「女神ヴィナスが作ったとされる高難易度ダンジョン『神域の聖塔』を管理しているのも我々だ。西冒険者組合付きの冒険者になれば、神器級の武器やアイテムが多く存在する、この迷宮にも自由に出入りする権利を与えよう」
「それは凄い……!」
豚野郎の信頼度は置いておくとして、強力な武器やアイテムは少しでも手に入れたいところだ。
武器に関してはオレは装備できないが、フローラは魔力制御をサポートする杖、シトリンは弓だろうか。とにかく高性能な武器を得ることは戦力アップには必要だ。
「迷宮ならうちのイーズマやって負けておらへんで。『神域の聖塔』と双璧を為す『神域の大空洞』。それを管理しとるんはうちら東冒険者組合や。ここでは、神が与えし金属、オリハルコンを手に入れることやって可能や。うちには腕利きの鍛冶師もいっぱいいるやさかい。オリハルコンさえ手に入れれば、自分に合った最高の武器を作ってもらうことやってできるで」
「オリハルコン!!」
ファンタジー小説では、必ずと言ってよいほど聞く最高硬度の金属。レナコさんにシトリンのサークレットを作ってもらったように、金属を手に入れて、自分たちの好みに加工してもらうというのも悪くない。
「西には迷宮探索を生業とするベテランの冒険者もたくさんいる。君たちさえよければ、組合から、君たちのパーティに超一流の冒険者を斡旋してもいいと思っている」
「それなら東はさっきも言うたように、組合お抱えの超一流鍛冶師達とのコネクションでどうや。材料さえ持ち込めば、いつでも強力な武器や魔道具を作ってくれる凄腕ばっかりやで。あとは、うちには景勝地も多いやさかい。うちのプライベートなレジャースポットを自由に使うてくれでもええで」
「なっ、それはずるくないか……!?」
「レジャースポットやって、うちの所有物やからな。別にずるいことあらへん」
「あはは……どうしますか、ディグさん?」
再びバチバチと火花を散らし出したミナレスさんと艶姫さんの間で、受付のお姉さんがほっぺたを掻きながら、オレに問いかける。
うーん、正直、どちらにもそれぞれ魅力的な部分がある。
どちらも武器を手に入れられることには違いないが、元々存在している強力な武器を手に入れるか、あるいは金属を手に入れて強力な武器を自分好みに作ってもらうか。双璧を為すということは、ダンジョンの難易度自体はおそらくどちらもあまり変わらないのだろうし、これは本当に好みの問題だなぁ。
その他の条件に関しても、迷宮探索経験のないオレ達には、西の迷宮慣れしたベテラン冒険者の手を借りられるというのも非常に魅力的だし、あまりコネクションのないオレ達にとっては、鍛冶師達と繋がれる東の方だってかなり魅力的だ。その上、レジャースポットの件も……正直心が動いた。
レジャーと言えば、海。海と言えば、水着。
もうそれだけで妄想がはかどってしゃーない。
ダメだ。オレには決められん。
「みんな、どう思う?」
「うーん、アタシは別にどっちでもいいわ」
とアンシィ。
「私は……どちらかといえば、西冒険者組合さんでしょうか。もしかしたら、失われし神の回復術士に合った武器が手に入るかもしれないですし」
とフローラ。
「ボクはどちらかというと東だろうか。その……ディグがあの時着ていた衣装で、少し東方に興味が湧いて……。それに神の力に頼らず、自分たちで道具を作り出すという人間の営みを見てみたいという気持ちもある」
とシトリン。
むぅ、中立2票、西1票、東1票……これじゃ、決めかねる。
「ならば、もう一つ判断材料を提示しよう……]
悩み続けるオレの様子を見て、ミナレスさんがゆっくりと口を開いた。




