042.魔道具
工房に戻ってから、その晩はとりあえず解散となった。
これからトルソーとレナコさんは徹夜で、魔道具の作成作業に入るらしい。
あの嵐帝竜と戦った後だというのに、なんともタフなことだ。
とはいえ、すぐに作業に入ってくれるのはありがたい。
オレ達はといえば、今日も街の近くの森で野営をした。
翌日、完成次第、レナコさんが眼帯とアパタイさんからの依頼の妖精服を持ってきてくれるというので、オレ達は思い思いに過ごしていた。
オレはアンシィと一緒に、嵐帝の加護の力を試してみている。
「凄いな。風をある程度自在に操れるのか」
スコップを振るうとともに、風が吹き荒れる。
どうやら、一定方向に風を発生させることができるらしい。
アンシィはスコップ状態のまま、自分で風の力を使って、高速移動することすらできるようになっていた。
「ディグ……これ楽しい! 楽しいわ!」
ビュンビュン飛びまわる剣先スコップ状態のアンシィはシュールなことこの上ないが、これなら、これまで以上にアンシィ一人での活動も容易になるだろう。
それに……。
「これ移動手段に使えないかな」
アンシィの風の力は自分の身体を持ち上げるだけにしてはあまりにも強い。
例えば、アンシィにひもを括り付けて、後ろに荷車をけん引したりなんかすれば、長距離の移動手段にもできるだろう。
荷車は一度買ってしまえば、それ以降使い放題なわけだし、毎回御者つきで馬車を借りるよりも、はるかに安くて済む。
うん、これはあとで試してみなければ。
「アンシィはどんどん凄くなるな」
飛び回るアンシィを見て、シトリンがぽつりとつぶやいた。
「これならボクの風魔法がなくても空中戦だってできてしまう」
少し残念そうなニュアンスを感じて、オレはシトリンの頭にポンと右手を置いた。
「シトリンの力はそれだけじゃないだろ。頼りにしてる」
「……うん」
シトリンが一昨日の晩と同じく、そっとオレの胸に頭を預けてきた。
最近、この娘、スキンシップが激しいな。
オレがそっと髪をなでてやると、彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
ああ、やばい。かわいい。襲いたい……。
「ディグ~! 買ってきましたよ~!」
と、背後からフローラの声が聞こえて、オレは慌ててシトリンから距離を取った。
シトリンは一瞬残念そうな顔をしたが、すぐにいつもの無表情になってフローラを出迎えた。
「あ、ありがとうフローラ……!」
「いえいえ~、それにしても、こんなもの何に使うんですか?」
フローラはオレのお遣いで、街に買い物に行ってもらっていたのだが、自分がパン屋さんで譲ってもらったパン粉をマジマジと眺めている。
「今日はコロッケを作るのさ」
さて、今日もアンシィクッキングのスタートだ。
今日作るのは、揚げずに作るコロッケだ。
まずは、マジックボトルからレフォレス村で採れたじゃがいもを取り出すと、ヒートスコップで加熱する。
串が通るほどの柔らかさになったら、マッシュポテト作りだ。ボールと綿棒をマジックボトルから取り出すと、フローラにつぶしてもらう。
その間に、玉ねぎをみじん切りにすると、シトリンにはそれらをひき肉と一緒に混ぜてもらった。
塩とこしょうで味付けをしたら、フローラにつぶしてもらっていたじゃがいもと合わせて、さらに混ぜる。
さあ、タネはこれで完成、あとは、オリーブオイルとパン粉を混ぜ、角モードのアンシィの上に敷き詰めた。
その上にできたタネを敷き詰め、さらに上からパン粉をまぶす。
うん、いい感じだ。
あとは、アンシィのヒートスコップで加熱だ。
とはいえ、本来はオーブンで作るのが定番。熱を逃さないように、さっそく嵐帝の加護の力で空気膜を生成し、オーブンと同じように熱がこもるようにした。
初めて使う用途が料理とは……。少し嵐帝に申し訳ない気持ちにもなるが、ま……まあ、料理だって冒険には必要なことだしな!
まだ? まだ? とうるさいアンシィをなんとかなだめ、じっくり15分加熱を続けると、立派なスコップコロッケの完成だ。
オレンジ色に輝くその美しい見た目と食欲をそそるじゃがいもの匂い……我ながらこれはたまらない。
「さあ、おあがりよ」
『いっただきまーす!!』
スコップ料理第2弾もばっちりうまくいきました。
さて、おいしく昼食を食べ終わって間もない時だった。
「おおー、諸君、待たせたわね!」
大仰に手を振りながら、トルソーを従えて、レナコさんがやってきた。
「えっ……もう、できたんですか!?」
「当然」
昨晩から寝ずに作業していたとしても、まだ半日と少しだ。
繭から糸を精製するところからはじめたというのに、なんてスピードだろう。
「私、"縫う"ことに関しては誰にも負けないからね」
そう言って、にやりと笑うレナコさん。
確かに、あのドラゴンとのバトルも、ほぼ縫うだけで勝利してしまった。
彼女にとって、"縫う"という行為は、生き方そのものなのかもしれない。
とはいえ、やはりさすがに疲れがあるのか、眼鏡の奥には、隈が浮かんでいた。
「とりあえず、まずは魔道具ね」
そう言って、レナコさんの指示でトルソーさんが差し出したのは、眼帯というよりはティアラとでも言った方がよい代物だった。
ちょうど第3の瞳に重なるようにして、楕円形のクリスタルのようなものがついており、あとは、側頭部を囲むようにして、ビーズアートのようになっている。
ビーズを通している糸があの生糸なのだろうか。どんな風に加工したたらこんな風になるんだと思わんばかりの形状だが、シトリンはしっくり来たとでも言わんばかりに目を閉じた。
「神視眼の力が完全に遮断された……凄い……」
「多少動いてもぴったりと肌に張り付くはずよ。虹色蚕の絹は、状況によって魔力の指向性が変わるの。今は完全に魔力を遮断するようにしているけれど、こうやって……」
クリスタルにレナコさんが軽く触れる。
「力を使いたいと強く心で念じてみなさい」
「えっ…………あれ、普通に心が読めるようになった……!?」
日光を反射して青く光っていたクリスタルが、いつものシトリンの眼と同じく、金の光を放っている。
「本人の意思次第で、遮断もできるし、使いたいときは使えるように調整したわ。面倒だったけど、その方が便利でしょ」
「ああ……助かる……!」
やはりレナコさんが凄腕の職人だというのには偽りなしだったな。まさかこれだけのものを作ってもらえるとは。
「あとは、ついでにこれ」
「えっ……」
「シトリン様、こちらにお召し替え下さい」
トルソーが一着の服をシトリンに差し出す。
「マスターが是非にということで、衣装の方も作成させていただきました」
なんと、ただでさえ短い時間でそこまで……!?
「え、魔道具まで作ってもらった上に……そんな……」
「私が作りたいって思ったんだから、いいの。ほら、早く着替えて見せてよ」
「あ、ああ……」
トルソーが簡易式着替え用テントを持ってきてくれていたので、シトリンが新たな服に着替え始める。
「ど……どうだろうか……?」
テントから出てきたシトリンの破壊力は抜群だった。
今まではシンプルな黄色いワンピースを着ていた彼女だったが、今度の服装は、フェミニンなケープ風の服だ。
肩口にフリルが贅沢に使われたケープ風になっており、胸の真ん中が大きなリボンで留まっている。
ケープの下はワンピース状になっているが、スカートの部分には切り返しがあり、星を模した柄が入ったミニスカートになっている。
短い裾の下にはボリュームのあるパニエがちらちらと覗いている。
さらに腰のあたりにも大きなリボンがついており、長いリボンの先端が、もう少しで地面まで着くというくらいでゆらゆらとしている。
全体的にシトリンの金の髪と瞳に合わせた色合いになっており、黄色がメインで、ところどころに水色でアクセントをつけているようなイメージだ。
前の服がシンプルだっただけに、今度のこの衣装は少し装飾過多な印象もあるにはあるが、とにかく……。
「かわいい……」
思わず口から感想が漏れた。
「そ、そうか……!」
シトリンは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、嬉しそうに一回転してみたりしている。
何千年も生きてる輝眼族とはいえ、やっぱり女の子だなぁ。
「も、もう、辛抱たまらん!!!」
レナコさんが、シトリンに抱き着いた。
「わっ……と」
「あああああああ!!! もう可愛すぎる!! 我ながらなんてかわいい衣装を作ってしまったのかしら!!!」
全力で抱きしめられて、シトリンはどうすればいいのかわからず、茫然としている。
「ねえ、シトリンちゃん!! いっそ私の工房で専属モデルを──」
「マスター、その辺りにしておいてください」
トルソーが、そそくさをレナコさんをシトリンから引きはがす。
「ちぇっ!」
「ちぇっ、じゃありません」
「わかってるわよー。でも、シトリンちゃん! もう街の中に入っても大丈夫になったんだし、来年のショーでは是非、モデルやってよ!! 約束よ!!」
「あ、ああ、ボクなんかでよければ……」
「"なんか"なんて言葉使わないの!!」
「わ、わかった……!」
さすがのシトリンもレナコさんの前では形無しだ。
「あと、これ」
オレはレナコさんから直接小さな紙袋を受け取った。
「妖精用の服の方。こっちもあんた達と採ってきた虹色蚕の生糸で作ってあるわ。肌触りも抜群なはずよ」
「あ、ありがとうございます」
「こっちもお代はいらないから。その代わり、シトリンちゃんはもちろんだけど、あんたら来年も手を貸しなさいよ」
「だってさ、アンシィ、フローラ」
「あんたもよ、ディグ。あんたを見てると、こう私の中の創作意欲が……」
そう言って、わしわしと両腕を握ったり解いたりするレナコさんの姿は、邪悪そのもの。
「ちょ、勘弁して下さいよ!」
「まあ、なんにしろ。あんたもこの世界楽しみなさい。今んところ、魔王も表立って人間に危害を加えようとしてるわけじゃないみたいだし、しばらくはやりたいことやったらいいわよ。そんだけ美少女に囲まれてるんだしね~。この色男」
「あはは、まあ、そうですね」
オレはまだ、この世界のこと何も知らないしな。
レナコさんのように、少しずつこの世界のいろんなものを見て回ろう。
「さあ、じゃあ、シトリンちゃんも街に入れるようになったところで、改めて祝勝会よ!! 朝まで飲み明かすわよ!!」
「マスター、まだ、昼です」
「レナコさん、さすがに寝た方が……」
「うっさい!! 私はシトリンちゃんを膝にのせて、片手でフローラちゃんのふとももをさわさわしつつ、アンシィちゃんにお酌してもらうんだい!!」
「欲望が駄々洩れてる……!」
そんなわけで、目的を達成したオレ達は、荒ぶるレナコさんと一緒に、街へと繰り出したのだった。