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オレにホレないモノはなし!~完全無欠のスコッパー~  作者: GIMI
第4章 アイツにヌエないモノはなし!
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041.VS嵐帝竜

 一瞬、嵐帝竜かと警戒したが、違った。

 ずんぐりむっくりとしたシルエットに羽が生えたようなそれは、巨大な蛾だ。


「あれは……?」

「こいつらの成虫よ。仲間が連れ去られようとして怒ってるんだと思うわ」


 冷静に答えるレナコさん。


「に、逃げた方がよくないですか……?」

「確かに、卵を産んでくれる貴重な蚕の成虫だけどね。でも、かえって処分しとかないと、ここの桑畑なんてすぐに全部食い荒らされちゃうのよ。だから、ある程度はぶっ倒しておいてOKよ。それに、速攻でけりを着けないと、あいつがやってくるわ」

「嵐帝竜……」


 なるほど、だとすれば、こうやって話している時間も惜しい。


「こっちの世界の蚕は毒蛾よ。鱗粉で攻撃してくるから、奴らよりも上空に飛んで倒しなさい」

「そんな無茶な……!!」


 そんなことを言ってるうちに、数十匹の蚕の大群が一斉に虹色をした粉を放ち出した。

 繭だけでなく、鱗粉まで虹色とは恐れ入る。確かに、七色でまるで空にオーロラでもかかったような美しさではあるが、あれは毒だ。

 そのまま吸い込むわけにはいかない。

 とっさに、シトリンが風の魔法を放つ。

 鱗粉が逆流し、大空へと散っていく。


「ナイスシトリン!」


 その間に、フローラがオレにバフをかける。

 とはいえ、さすがに身体強化されたオレの脚力でも、あんな高度まではジャンプできない。

 だが、ジャンプなど必要ない。ここが渓谷であるということを有効活用させてもらう。


「うぉおおおおおおおおおっ!!」


 オレは渓谷の壁面に向かって、刃を突き立てる。

 そして、そのままトンネルを掘りながら、少しずつ地面の中をらせん状に掘っていく。

 奴らがいるのは上空とはいっても、渓谷の中に過ぎない。

 ならば、このまま掘り進むことで渓谷の高層部まで上がり、そのまま奴らに攻撃する。

 ある程度高度を得た時点で、オレは壁面から空中へとスコップドリルを繰り出しながら飛び出した。

 そのまま近くにいた一匹の胴体を貫く。


「ピギィイイイイイイイ!!」


 柔らかそうな胴体は、スコップドリルの一発で簡単に大穴を開けた。

 こいつら、鱗粉攻撃以外はたいしたことない。

 そのまま死に体の一匹を足場にするようにして、次の一匹へとジャンプする。

 しかし、足場をうまく蹴ることができず、距離が足りない。


「くっ……!?」


 落ちる……。

 と思ったその時、オレの身体を風が押し上げた。

 シトリンだ。


「サンキュー、シトリン!!」


 そのまま風の勢いで一匹をスコップドリルで始末する。

 あとはもはや作業だ。

 奴らの上空にいることさえ意識すれば、怖いものなどない。

 シトリンとの連携で、次々とスコップドリルを打ち込み、気づいたころには最後の一匹になっていた。


「これでおしまいだぁ!!」


 最後の一匹に唐竹割りの要領でヒートスコップをぶち込む。

 断末魔の叫びを上げて、最後の虹色蚕は真っ二つになった後、その身を灰へと変えた。


「よしっ……!」


 そのまま落下していくオレの身体がぽよんとはねた。

 フローラがホーリーチェインを網状に展開して、トランポリンのように受け止めてくれたのだ。

 そのまま2、3度弾むと、オレはみんなの元へと颯爽と着地を決めた。


「よっと……!」

「ディグ、お疲れ様です! ヒール要りますか?」

「大丈夫。怪我一つないよ」

「そうですか……」


 残念そうな顔のフローラ。

 最近ちょっと強くなってきて、回復の必要性が少なくなってきたこともあってか、ヒールジャンキーとしてちょっと欲求不満状態のようだ。

 ただ、こういう少し間が空いた時のヒールは、経験上、かなりの確率で失敗するからな……。周りが安全な時に頼むとしよう。


「繭は僕が背負いましょう」

「ほら、嵐帝竜に出くわさないうちに、さっさと行くわよ」


 トルソーさんが巨大な繭を背負い、オレ達は来た道を戻る。

 しかし、華奢に見えて、あの繭を軽々と担げるとは、トルソーさんも意外とマッシブだな。


「ん……?」

「どうした、シトリン?」

「凄い魔力を持った巨大な存在が近づいてくる……!?」

「えっ……!!」

「嵐帝竜よっ!! なんで気づかれた……!?」


 ここまで冷静だったレナコさんの表情にもわずかに焦りに色が見えた。


「明確にこちらを認識してる……。標的にしているのは……アンシィ?」

「へっ?」


 スコップ状態のアンシィが間抜けな声を出した。


「ちょちょちょっと待って!! アタシ何もしてないわよ!!」

「いや、待てよ……」


 オレは、最後の虹色蚕にトドメを刺したところを思い出す。

 そう、オレ達は最後の蚕を唐竹割りで真っ二つにした。

 ただの唐竹割りじゃない。

「炎帝の加護」による炎熱効果を上乗せしたヒートスコップ状態での唐竹割りだ。

 本来に比べれば微々たる力だとはいえ、言うなれば、炎帝竜の魔力を発動させたということになる。

 推論になるが、もしかして、その同族の魔力の反応を感知されてしまったのではないだろうか。


「アンシィ、オレ達のせいかもしれん……」

「えー!! どういうことよ!!」

「つまり炎帝の……」

「理由を考察していられる状況じゃないわ! 走るわよ!!」


 レナコさんに促されて、オレ達は急いでその場から離れる。

 

「足場の悪い迂回ルートを進むのは危険です。こちらへ!」


 トルソーに従って、いわゆる正規ルートである平坦な道へとオレ達は躍り出た。

 確かにこちらは道がしっかりしており、走りやすいのだが、遮蔽物などもなく、見通しがたいへんよろしい。

 必死に走るオレ達の努力もむなしく、数分も保たずに、竜の咆哮がオレ達の耳にも届いた。

 速い、さすがに風と雷を司る竜というだけのことはある。

 思わず身を竦めたオレ達の頭上を音速をも超える速度で、巨大な竜の影が通り過ぎた。

 そして、道をふさぐようにして、オレ達の前に降り立つ。


「こ、これが嵐帝竜……!!」


 体色が緑であることを除けば、見た目は、オレ達を助けてくれたあの炎帝竜に似ている。

 だけど、翅はどことなく鋭く尖っていて、胴体もややシャープだ。

 頭には金色に光る一本角が生えており、雷のエネルギーが凝縮されているのか、大気中に時折ビリリと紫電を放っている。

 まさにドラゴンの中のドラゴン。

 神話級の威容がそこにはあった。


「アウト……ね。もはや、一戦交えるしかないわ」

「レ、レナコさん……!?」

「逃げ道がない以上やるしかない。頼んだわよ」

「えーーーーーっ!?」


 いや、頼んだと言われましても。

 一応アンシィを構えてはみるものの、まったく勝てる気がしない。

 びびっていると、奴が大きく、翼を羽ばたかせた。


「うわっ……!?」


 それだけで突風が巻き上がり、オレ達は数十メートルも後方に吹き飛ばされる。

 アンシィを地面に刺すようにして、なんとか着地するが、体重の軽いシトリンなんかは、風魔法で防御膜を張り、必死に耐えている状態だ。

 あいつにとってのただの羽ばたきでこの威力。

 やっぱり、勝負にすらならない……。

 オレは竜が立ちふさがる横に広がる谷に目を向ける。

 かなりの高さがあるが、この下には川が流れていたはず。


「ワンチャン、そこの激流に飛び込めば……!!」

「止めときなさい。たぶん死ぬわよ」

「だったら、どうしろと……!!」

「まったく、取り乱すんじゃないわよ」


 レナコさんは立ち上がると、飛ばされた際にスカートについた土をパンパンと払った。

 そうして、ゆっくりと立ち上がると、かけていた瓶底のように分厚い眼鏡を外した。

 初めて露わになったレナコさんの素顔は、想像していたよりもずっと怜悧な印象だった。

 その顔には、焦りの色は全く見られない。


「トルソー」

「ディグ様、これを頼みます」


 低くつぶやくようなレナコさんの呼びかけに、トルソーは深く頷くと、巨大な繭をオレに受け渡した。

 次の瞬間、トルソーの身体が光となり、レナコさんの手に吸い付くように移動する。

 そう、トルソーはアンシィと同じく、意思を持った道具だ。

 一瞬の後、トルソーの姿は完全に掻き消えていた。

 いや、違う。よくよく見れば、レナコさんの人差し指と中指の間には、ほんの数センチほどの鋭い針が握られていた。

 これは……縫い針か?


「嵐帝竜。あんたに恨みはないけど、私達にはこの繭が必要なの。だから……」


 レナコさんは、縫い針から繋がれた細い糸を、ぺろりとなめた。


「……悪く思わないでね」


 次の瞬間、レナコさんの身体が一瞬ブレた。

 いや、そう思った時には、すでに彼女は嵐帝竜の目の前へと飛び立っていた。

 目にも止まらないスピードとはこういうことを言うんだろう。

 あまりのスピードにオレ達はもちろん、圧倒的な飛行速度を誇る嵐帝竜もその速さに対応できていない。


「スターステッチ!!」


 レナコさんの右手が瞬時に動き、五芒星を描くようにして、竜の額へと針が吸い込まれる。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 瞬間星形のあざが額に浮かびあがり、嵐帝竜は叫び声をあげた。

 ただの小さな縫い針だっていうのに、なんて威力だ。

 怒髪天を衝く形相の嵐帝竜。角に雷のエネルギーが蓄積されていく。

 すると、竜の周囲に大量の雷が降り注いだ。

 雷を受けた大地は炭化し、崩れ落ちる。一発でも当たれば、消し炭にでもなってしまいそうな恐ろしい威力。

 しかし、そんな中をレナコさんは、まるで鼻歌でも歌うかのように、軽いステップで回避する。

 その動きはまるで、人込みの雑踏を縫い進むような気軽さだ。

 雷が当たらないとわかると、嵐帝竜はブレスを吐こうと口内にエネルギーを集中しだした。


「さすがに帝竜の一匹、恐ろしいほどのパワーです」

「はんっ! やんちゃな竜には"しつけ"が必要ね!」


 まさに圧倒的なエネルギーを凝縮する一瞬、"間隙を縫う"ようにして、レナコさんは竜の鼻っ柱へと飛び出した。

 そのまま右手を目にもとまらぬ速さで動かすと、今にもエネルギーを発射しようとしていた奴の口が、一瞬で閉じる。


「かがり縫い……ボンッ、ってね!」


 無理やり口を閉じされたれた状態で、竜の口内でブレスのエネルギーが爆発した。

 さすがの嵐帝竜も白目をむいて倒れ伏せる。

 一瞬の出来事に、オレ達の方が理解が追い付かない。

 ポカーンと見つめる中、レナコさんは、巨体を傾ける竜をバックに、オレ達にピースサインを向けていた。




「レナコさん……めちゃくちゃ強いじゃないですか……」


 冒険者じゃないと言っていたのに、なんて強さだ。

 まさか、竜帝クラスを翻弄し、あまつさえ倒してしまうとは。

 それにオレのスコップ(アンシィ)と同じように、縫い針(トルソー)という、明らかに戦闘に向いてないような武器だというのに……。


「ま、今までも、自分で素材採りに行く中で、いろいろ戦っては来たしね。もっとも、できることなら、バトルなんてせずに、縫物だけしてたいんだけど」


 ちょっと勿体ない。

 だけど、そうか……縫い針でもこれだけ強くなれるなら、いずれはアンシィも……。


「ディグ、まだだ! 奴の魔力はまだ衰えていない……!」

「えっ!?」


 シトリンが神視眼を輝かせ、警戒を促す。

 その瞬間、嵐帝竜はむくりと起き上がった。

 炎帝竜のブレスにも匹敵するほどのエネルギーが、自分の口の中で爆発したというのに、なんて強靭さだ。


「あら、やっぱ竜帝ともなると、タフねぇ」


 再び、レナコさんは目を細めて、ペロリと糸をなめた……のだが。


「マスター、お待ちください。嵐帝竜には、もはや戦う意思はないようです」


 縫い針状態のトルソーの言葉通り、竜は先ほどまでの猛々しさがなくなり、穏やかな表情でこちらを見ている。

 その雰囲気は、どこかあの炎帝竜にも似ていた。


「あ、この感じは……」


 そうだ。アンシィが炎帝の加護をもらったときと同じだ。

 もしかして、嵐帝竜も、レナコさんの強さを認めて、加護を授けてくれるんじゃなかろうか。


「レナコさん、たぶん嵐帝から加護をもらえるんじゃないですかね?」

「加護?」

「そうそう。以前アタシも、炎帝から加護をもらったのよ」


 人間形態に戻ったアンシィが進み出る。

 同じくトルソーも人間形態に戻った。


「なるほど、確かに竜帝を倒した者からは、その力の一部を授かるという噂を聞いたことがあります」

「えー、別に縫物で役に立つような力でもないんでしょ」


 レナコさんは、面倒くさそうに眼鏡をかけ直すと、竜帝に向き直った。


「ねえ、あんた。どうせ力をくれるなら、私じゃなくて、こっちのこの娘にあげてよ」

『えっ……』


 思わず出た驚きの声がアンシィとかぶった。


「私、あんたの力なんて使わないもの。こっちの子たちには、ショーで世話になったからさ。ね、いいでしょ」


 その言葉に、竜帝は何も答えなかったが、数秒後、アンシィの身体が深緑の光を纏った。


「うわっ、これ……!!」


 炎帝の時と同じだ。

 概念的な風の力が、アンシィの身体にまとまりつくと、しみこむようにして、アンシィの身体の中へと消えていった。


「え、え……本当にもらっちゃっていいの……!?」

「いいわよ。こんな加護、私必要ないし」


 あっけらかんというレナコさんだが、竜からの加護って相当なレアスキルな気がするんですが。


「ほら、竜帝も通してくれるみたいだし、さっさと私の工房に戻りましょ。早くしないと、蛹が孵化しちゃうわよ」

「あ、はい……!」


 こうしても、棚ぼた的に、嵐帝の加護をもらったアンシィとオレ達は、レナコさんの工房へと戻ったのだった。

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