038.祝勝会
「いやぁ、大成功だったわ!! あんたたちのおかげよ!!」
BDCは、なんとオレ達の優勝という形で幕を閉じた。
しかも、圧倒的な得票数だったらしい。
ライバルである9組目──つまりオレ達の直前のモデルと、それを擁するデザイナーのおばさんは、「完敗だわ……」と床に突っ伏していた。
きっと今回のリベンジに賭けていたんだろうなぁ。なんだか、ちょっと申し訳ない気分にもなる。
それにしても、アンシィもフローラもめちゃくちゃかわいかった。
普段から、かなりの美少女であるとは思っていたが、プロのデザイナーが演出すると、ここまでブーストがかかるものなのか。
特にやはりフローラの演出はオレにもたまらんものがあった。
なんなら、オレも会場でブーケをゲットしたかったぜ……。
いや、なんにせよ、女装男子というお荷物を抱えながら、本当に2人ともよくやったよ。
「サンクスな。2人とも」
「いや、なんていうか……」
「全部、ディグに持っていかれたような……」
「ん?」
なんとも言えない表情で、オレを見つめる2人。
やっぱ今のオレの姿、気持ち悪いよな……早く着替えさせてもらおっと。
「さあ、今夜は祝杯よ!」
「あー、祝杯よりもうちの仲間のための魔道具を……」
「ほら、主役はあんたたちよ!! さあ、行くわよ!!」
有無を言わせぬ勢いで、オレ達3人は、高速で着替えさせられると、そそくさと会場から抜け出した。
「かんぱーい!!」
そこは、個室状態のオレ達の世界でいうところのいわゆるおしゃれな居酒屋的な場所だった。
目の前の丸テーブルには、所狭しと料理と飲み物が並べられ、アンシィがさっそくそれにがっついている。
ちなみにオレはというと、服装はラフなものに着替えさせられたものの、なぜかまだ、女装のままだ。スカートひらひらだ。
早く普段の格好に戻って、楽になりたいのだが……。
「ふぅ、勝利の後の一杯は最高ね!! それに、あのクソババアの悔しそうな顔といったら……!!」
「マスター、まずは三人の功労者をねぎらうのが先かと」
「そうだったわね!! 改めて、3人のおかげで助かったわ!! 特に、ディグ!! まさか、あんたがあそこまでやってくれるとは……!!」
「あれ、オレ、なんかやっちゃいました?」
「演出プランを変更して、ギリギリまで顔を見せなかったじゃない! 正直、あれにはしてやられたと思ったわ。演出家としてはちょっと悔しい部分もあるけど、あの場では、君のあれは大正解よ」
ただ、できるだけ顔出しする時間を短くしたくて、ギリギリまで粘ったのだが、なんかよかったようだ。
なにげに怒られるかもと思っていただけに、褒められて、ちょっと安心してしまった。
「どう、あんたら、うちの専属モデルにならない? なんだったら、ギルドに直接依頼を出して……」
「と、とりあえず、その話の前に、いろいろ聞きたいことがあるんですが……!」
「ああ、そうだったわね」
レナコさんは、トルソーさんと一瞬視線を合わせると、頷き合った。
「私は転生者よ。1年半くらい前にこっちの世界にやってきたわ」
「やっぱりそうなんですね」
「うん、ディグ君も日本生まれよね。私も一緒。もともとコスプレイヤーをやってたの」
「コスプレ? ああ、だから」
確かに洋服、というよりは、コスプレ的なデザインの衣装を作るな、とは思っていた。
こっちでは割合、オレ達の世界でいうところのコスプレ造形的な衣装を身にまとった冒険者も多いため、かえって違和感は少ない。
レナコさんのデザインが受け入れられやすい土壌がすでに存在していたということだ。
「夏コミに向けての修羅場中にちょっとしたミスで死んじゃってね。その結果、こっちに来たんだけど、美男美女の多いこと多いこと。自分がコスプレするよりも、国民的アイドルクラスの美男子や美少女達に衣装作ってる方が楽しくなってきちゃって、結果、今に至る感じ」
なかなか趣味一本気な人だな。
「もっとも、まさか同じ転生者の男の子が自分史上最強の美少女になるとは思ってなかったけど」
「何か言いました?」
「いーえ」
ニマニマと笑うその笑顔にはどこかしら邪悪さを感じる……。
「元の世界ではしがないOLだったわけよ。それが、今は好きな洋裁とか舞台演出とか、そんなことしながら楽しく生活できてるわけ。こっちってやっぱりエンタメ的にはまだまだ発展途上でしょ。私の現代知識で無双しまくれるっていうか。今日、悔しがってたあのおばはんだって、私が転生してくるまでは、ずっとトップだったらしいのよ。この世界のレベルが知れるってもんでしょ」
結構言うなぁ。
「ま、私の話はそんなところかな。ディグ君は、なんか聞きたいこととかあるんじゃないの」
「あ、その、えーと……」
なんだろう。改めて聞かれると、意外と何を質問しようか迷うものだな。
「あ、じゃあ、レナコさんは、転生したとき、チートって貰えたんですか?」
あの女神は、確か、「前回来た子に強力なチートあげた」と言っていた。
もし、レナコさんが、その前回来た子だとすれば、強力なチートってやつを所有しているはずだ。
「あー、私、チートとか、バトル関係の能力はあんまり興味なくって……。結局、舞台の演出で使えるからって、ちょっとした映像投射魔法をもらったくらいね」
今日のオレの舞台なんかで、花弁を散らせたり、オーガンジーを揺らめかせたりしていたアレか。
特殊な能力ではあるのかもしれないが、チートというほどのもんじゃない。
「レナコさんって、冒険者じゃないんですか?」
「私の肩書は、デザイナー、服飾マイスター、それに魔道具職人ってところかしら。戦うのはまっぴらごめんよ。尤も、戦えないわけじゃないけど」
ちょっと妙な言い回しだな。
「まあ、戦い方面に関しては、他の転生者に任せてるから」
「え、待ってください! レナコさんの他にも転生者がいるんですか!?」
「いるわよ。普通に」
それはちょっと自分としては驚くべき事実だ。
「っていうか、今日もともと出てもらう予定だったモデルの一人がそうよ。転生者の女の子。ちょっと頭の緩い娘だけど、かわいい娘よ」
「そうなんですか!? えっと、他にも……?」
「直接会ったことがあるのはその娘ともう一人。あとは、野郎の転生者がもう一人いるらしいわ。だから、この世界に今いる転生者は少なくとも5人以上ってこと」
「そんなにいたんですね……」
驚いた。てっきり、転生者がいるとしても、せいぜい2、3人くらいだと思っていたのに、まさか確定で5人もいるとは……。
「あんたもそのうち会えるんじゃないかしら」
「そうですね……。会って、その人たちにもいろいろ聞きたいところです」
その中には、女神の言う強力なチートを持った転生者がいるだろうし、魔王と戦うにしても、転生者同士で共闘できれば、かなり勝率も上がるだろう。
「あ、そうだ。あの、魔王って倒したら、何か褒章ってもらえるんですかね?」
「褒章? ああ、こっちの世界で暮らすか、元の世界に帰るか選ばせてくれるとは言っていたわね。どちらにしろ、何か特典もつけてもらえるみたいだけど……。まあ、私は正直、今の生活が楽しいから、あんまり興味ないけど」
おお、やはりそういう系の褒章か。
見返りがはっきりしたことで、魔王討伐のモチベーションもグッと上がってきた。
まだまだ、レベルを上げないといけないだろうが、いずれはきっと……!
「もう、こんなところでいいかしら?」
「あ、はい……。おおよそ聞きたいことは聞けました。あとは……」
「魔道具の件ね。明日、実際にそのシトリンって娘に会わせなさい。話はそれからよ」
「わかりました……。あの、今日もシトリンは街の外でまだ待っているので……」
「えー、せっかくだから、もっと楽しみたかったのに……。まあ、いいわ。女の子を待たせるのもあれだしね。化粧取ってあげるから、あっちの部屋に来なさい」
「あ、はい」
「しっかし本当に……。ねえ、やっぱりまた、モデルを……」
「いやいや、気持ち悪いでしょ? 絶対嫌です」
えらく高く評価してくれてるが、たぶんたまたまレナコさんの好みなだけだろう。
オレはレナコさんに化粧を落としてもらうと、普段の服装に着替え、シトリンを迎えに行った。