036.オレがこんなに可愛いわけがない
まさかオレ達が探している天才服飾マイスターが、天才ファッションデザイナーことレナコさんだったとは。
結局、なし崩し的に、オレはBDCへの出演を承諾することとなった。
だって、仕方ないだろ?
オレ達3人が出てくれるなら、お礼として、シトリンのための魔道具を作ってくるというのだから。
しかも、普通ならかなりの値段がするらしいそれをタダで作ってくれるというのだ。
さすがにそんな条件出されたら、断るわけにはいかない。
もうどうにでもなれだ。
「衣装のサイズを直してる間に、他の二人はランウェイでのふるまいをトルソーに教えてもらって」
トルソーというのは、レナコさんと一緒にいたあの少年のことらしい。
最初はアンシィの衣装直しということで、オレとフローラは少年にレクチャーを受ける。
「ランウェイでのふるまいなんて、一朝一夕でできないよなぁ」
「ええ、ですので、最低限の姿勢と目線だけを徹底的に守ってください。靴に関しても、マスターは非日常と自然体の調和を重視される方ですので、歩きやすいもので大丈夫です。もちろんデザインはこちらで合わせますので」
良かった。いきなりヒール履けとか言われても絶対無理だし。
それから、オレとフローラは歩く時の姿勢と目線を何度も練習した。
「さすが冒険者様ですね。体幹が素晴らしい」
「む、難しいですね……」
「いえいえ、よくできていますよ。これなら、十分形になるかと」
そうこうしているうちに、アンシィのサイズ直しが終わり、フローラの番となる。
オレは継続して練習だ。
「アンシィ、その歩き方はダメよ」
「口調まで女になってますけど……。なんだかんだ、結構乗り気じゃない。あんた」
オレは役に入り込みやすい性質なのだ。
べ、別に女装趣味があるわけじゃないぞ!
「ほらほら、おしゃべりはこれくらいにしておきましょう。こちらのファッションショーはあちらの世界と違って、アイドルのパフォーマンスや演劇的な要素も含まれますからね。完璧なウォーキングよりも、重視されるのはいかに世界観を作れるかということ、すなわちモデルの人間的な魅力が重視されるということです」
なるほどなぁ、それを聞いて、ちょっと安心できる部分もあった。
元の世界の大きなファッションショーとかって、こうなんかプロ意識が凄く高くて、どことなく怖い印象があるんだよね。
でも、それに比べたらだいぶ自由みたいだし、それなら胸を借りるつもりで……って。
いや、まて。今、トルソーさんはなんて言った。
『あちらの世界と違って』
それって、つまり……。
「トルソーさん?」
「ディグ様は転生者でいらっしゃいますよね」
「え、なんで……」
それを知っている? いや、わかるのか。
「すみません。ショーが終わるまでは黙っていようかと思ったんですが、やはり気になってしまいまして」
「いや、ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかして、トルソーさんも……」
「いえいえ、僕は転生者ではありません。そうですね、アンシィ様と同類といったところでしょうか?」
「え、アタシ?」
もしかして、この人もスキルで擬人化している道具ってことか?
ってことは、当然それと一緒に行動している人間、すなわちレナコさんも……。
だとしたら、聞きたいことは山ほどある。なにせ、オレは豚野郎からほとんど何も知らされないままこの世界に来てしまったのだから。
「あの──」
質問しようと開いたオレの口にトルソーさんの人差し指が振れた。
「今はご自重下さい。ショーでもし、ディグ様たちが優勝出来ましたら、知る限りのことはお答えします。それまではやるべきことに集中して下さい」
はやる気持ちを抑え、オレはこくりと頷く。
それにしても、レナコさんが転生者だとしたら、いったいどういうつもりでファッションショーに出ているのだろう。
まあ、その辺りも含めて、ショーが終わったら、ゆっくり聞かせてもらうとしよう。
でも、そのためには優勝か……レナコさんの衣装はきっと凄いんだろうが、本当に、オレ達で大丈夫なのだろうか。
「では、お二人の演出プランを詰めましょう。まず、ディグ様ですが……こんな感じでこうして……ああして……」
「えっ!? マジですか?」
「ええ、精一杯アピールをよろしくお願いしますね」
さて、そんなこんなで、オレとフローラ、アンシィは今床屋で髪を切る状態、言い換えれば、テルテル坊主のような格好になっていた。
実際にランウェイに上がるまでは、衣装を見えないようにするのが、このショーのお約束らしい。
そのまま、裏口から会場へと入り、髪のセットと化粧が始まる。
まるで千手観音かと思われるような手の動きで、レナコさんは、オレ達に化粧を施していく。
「ふふふっ、いいわっ!! 勝てる!! 勝てるわよ!!!」
完全に目がイッちゃってるが、そんな姿も見慣れているのか、トルソーさんは非常に冷静に化粧のサポートをしている。
この凸凹コンビっぷりは……確かにオレとアンシィに通ずるものがあるかもしれない。
それにしても、会場のあちらこちらからビリビリとした視線が集まっているように感じる。
軽く周りを見回せば、どこを見ても美少女だらけだ。
皆、同じような白い外套を羽織っているためか、どんな衣装を着ているかはわからないが、顔だけでも十分目の保養になりそうな見目麗しいおなごばかりがそろっている。
普段なら、めちゃくちゃ喜ぶべき状況なのだろうが、今回ばかりは、そんな美少女たちと真っ向から戦わなければならない。
しかも、かわいさ含めてだ。いや、本当にマジで大丈夫なのだろうか……。
っていうか、オレが男ってすでにバレてるんじゃ……。
「ほら、よそ見しない!!」
レナコさんに、グイっと正面を向かされる。
改めて、鏡に映った自分を見る。
「おおっ……」
まだ、最後まで化粧が終わってない段階にも関わらず、なかなかどうして、ちゃんと女の子に見える。
レナコさん、衣装はもちろんだけど、化粧まで詐欺師レベルだ。
スマホアプリで盛ったかのような美少女っぷりに、さすがに驚きを禁じ得ない。
これ、マジでオレなんか……。
「すげぇ……」
「喋らないで。男だってバレるわ」
ああ、見た目は化けれたけど、声までは……。
「あーあー……こんな感じかしら」
あ、割とできた。
「えっ、ディグ……」
「昔とった杵柄ってやつですわ」
女声で答えるオレ。
うん、中学でやった演劇の時に、ディティールにこだわるあまり、美紅にめっちゃ演技レッスンさせられたんだよなぁ。
おかげで、ちょっとばかし、女声まで出せるようになった。
もう何年もやってなかったが、案外、まだ、出せるもんだ。
「あんたって男を今日ほど、恐ろしいと思ったことはないわ」
「アンシィちゃん、何言ってるの?」
きょとんとかまととぶって言ってやると、アンシィはなんとも言えない表情になった。
うっ、当時かなり練習したとはいえ、やっぱ気持ち悪いか。だよな。
と、オレ達の準備が終わらないうちに、会場の方のざわめきが大きくなった。
どうやら、いよいよショーが始まったようだ。
ショーについて、少しトルソーさんから教えてもらったことを整理しておこう。
出場するデザイナーは10名。いずれも大陸を代表する有名なデザイナーらしい。
特にこの街を拠点とする老舗ファッションブランド店の老年デザイナーは有名な人らしく、レナコさんが現れるまでは、全戦全勝。
大会が始まった十数年前から、一度も逃さず優勝をかっさらっていたらしい。
もはや予定調和的な側面があったこの大会に、昨年度颯爽と現れ、初優勝をかっさらっていったのが、オレ達のオーナーであるレナコさん。
転生者……らしい彼女は、この世界にはない発想とデザイン力で、見事大衆の心をつかみ、優勝したのだ。
もちろん、それまでずっとチャンピオンであり続けた老舗ブランドのオーナーは苦汁をなめさせられたことから、レナコさんにあからさまな敵意を向けていた。
王座奪還を狙う老舗ブランドVS新進気鋭デザイナーレナコという構図は、否応にも、人々の関心を集め、例年に倍する観光客が訪れ、こんな街がパンクしかねない状況になっているそうだ。
もっとも、それによって、街はかなり潤っているらしく、あのパフェの店員さんを含め、レナコさんにはかなり好意的な人が多いということだった。
さて、そんな今回の大会なのだが、ルールはデザイナー1人に対して、モデル3人……つまり、3着までの衣装が発表できるということになっている。
1着ごとに、アピールタイムの時間制限が設けられている。
一応名目上はファッションの大会であるため、歌など、発声を伴う行為は禁止だが、ダンスなど、身体を使う行為はオッケー。また、魔法や舞台装置を使っての演出もある程度は認められている。
審査は会場にいるお客さんが一人一票の投票権を持ち、一番良かったと思ったデザイナーとモデルに投票する仕組みだ。
いわゆる審査員という人たちが存在せず、投票権を持つのは、完全に一般の人のみ。
そんな人々にもわかりやすい服飾の見事さとモデルの容姿や動きのすばらしさ、演出による魅せ方などが重要になってくる。
すでに開演し、会場の盛り上がった雰囲気が伝わってきて、オレはごくりと唾を飲み込んだ。
緊張するオレやフローラとは対照的に、アンシィは普段となんら変わりない。こいつのこういう図太さは時々羨ましいな。
デザイナーであるレナコさんは会場のざわめきも耳に入らないほど集中しているのか、額に汗を浮かべながらも、必死に手を動かしている。
「レナコさん、もう、他の方々、ランウェイ前で待機していますが……」
「まだよ。衣装はもちろん自信があるけど、化粧も髪も完璧に仕上げなきゃ! トルソー!!」
「少し予定より巻いているようです。出番まであと8分45秒、誤差30秒以内かと」
「ほら、アンシィ上がり! アピールプラン確認して!」
「アンシィ様、こちらへ」
「わっとと! よし、じゃあ、ディグ、フローラ、一足お先に行ってくるわ」
アンシィがトルソーに導かれて、ランウェイ裏へと歩を進める。
続いて、仕上がったフローラがついていく。
オレはというと、まだ、納得いっていないのか、レナコさんは首をひねっている。
「まだ、盛れる……あと、一歩……!!」
最後まで粘った挙句、レナコさんは最後の最後にオレの眼の下に少しだけ触れた。
オレの左目の目じりに泣きぼくろが足される。
「これだわ!!」
その瞬間、会場で今日一番の歓声が響き渡った。




