035.思いがけない勧誘
「おーい、アンシィーー! どこだー!」
「アンシィ! どこですかー?」
「あ、ディグ、フローラ」
よろよろと人を縫いながら、アンシィを探し歩いていたオレ達の元に当の本人が対面からとぼとぼと歩いてきた。
「どこ行ってたんだ。探したぞ」
「この人たちがあなたの言ってた相棒ね!」
オレがアンシィに駆け寄ろうとすると、横から突然眼鏡をかけたお姉さんがインターセプトしてきた。
みつあみでツインテール。フリフリの服装は、どことなく、オタサーの姫感がある。
誰だこの人。
「失礼しました。ディグ様とフローラ様ですね」
「あ、はい、そうですけど」
礼儀正しく尋ねてきたのは、お姉さんとは一回りほども年の違う少年だった。
燕尾服のようなものをまとっているが、下は半ズボンだ。
なんだろう。どことなく誰かに着せられている感が漂っている。
「少しお話を聞いていただけないでしょうか? あちらのカフェテリアなどで」
そういって指し示されたのは、看板にでかでかとイチゴパフェが描かれたオープンカフェだった。
なんだか少しおとなしげだったアンシィの瞳が輝きだす。
「ディグ……!」
「あー、はいはい。とりあえず行きます」
ここで断っても、どうせ、アンシィは自分から行くだろうしな。
それに、なんだか雰囲気からして奢ってもらえそうだから、お誘いに乗らせていただくとしよう。
というわけでは、オレ達は、オープンテラスの丸テーブルを囲んで座った。
オレの両サイドにアンシィとフローラ、そして、対面にはみつあみツインテールのお姉さんと短パン美少年が座っている。
傍目に見ると、なかなかインパクトのある二人だな。
お姉さんは、慣れた感じで、店員に注文を頼むと、ほとんど間もなく巨大なイチゴパフェがテーブルにやってきた。
スイーツの王様とでもいうべきその姿に、アンシィはもちろんのこと、フローラも目を輝かせている。
「た、食べてもいいかしら!!」
「どうぞどうぞ」
「いただきます!!」
アンシィがイチゴパフェにがっつく。普段はかなり自重しているフローラも、さすがに魅力にあらがえなかったのか、スプーンで一口一口噛みしめながら食べている。
「おいしいすぎる……でも、体重……でも、おいしい、ああ……」
「もぐもぐもぐ!!」
2人は完全にイチゴパフェでトリップ状態に突入してしまったようなので、オレが話を進めよう。
「で、何の要件なんですか?」
「あなた達、冒険者なんだってね。あなたがリーダーってことでいいのね?」
「ああ、まあ、たぶん」
「だったら、単刀直入に言うわ。その娘……アンシィちゃん、それにフローラちゃんを貸して欲しいのよ」
「貸す?」
どういうことだ。
「えーとね! コンテストがもう今日の15時から始まっちゃうのよ。それで……!!」
「?」
「マスター、少し落ち着いてください。僕から話しましょう」
てんぱっているお姉さんに変わり、少年が話し始めた。
「ディグ様は、BDCをご存じでしょうか?」
「えっと、今日行われるっていうファッションショーだろ?」
「ええ。各地から観光客もたくさんやってくる一大イベントです。ここにいる僕のマスターはこれでもファッションデザイナーをしていまして、BDCにも新作の衣装を発表する予定なのです。しかし、直前になって、予定をしていたモデルが3人とも来れない事態となってしまいまして」
「えっ、ってことはつまり……」
「はい、アンシィ様とフローラ様にそのモデルをやっていただけないかというお願いなのです」
「えっ……!?」
その話を聞いて、パフェトリップからフローラが帰還した。
「BDCのモデルなんて……そんな大役、私には……!?」
「いえ、アンシィ様はもちろんですが、フローラ様もマスターのイメージするモデルにぴったりなのです。ぜひ、ご協力いただけないかと」
「ふえぇ……」
フローラは心底面食らった様子だが、さすがに悪い気はしないようで、まるで突然ドラマの主役に抜擢されてしまった一般人かのように、戸惑いつつも頬をほんのりと染めている。
「まあ、素人でも務まるなら。この2人次第だけど」
「もちろん、お礼はさせていただきますので」
「よし、2人とも頑張ってこい」
うん、シトリンの魔道具のためにも、先立つものは欲しい。
「アタシは別に構わないわ。楽しそうだし」
「私も……その本当に私なんかでよろしければ」
「もちろんよっ!! ぜひ、お願いっ!!!」
お姉さんが鼻息も荒く、二人の手を取った。
「でも、足りないのは3人なんだろ? アンシィとフローラの2人しかいないけど、大丈夫なのか?」
「んー、正直今からは見つかりそうもないし、2人見つけられただけでも行幸よ。まあ、もう1着を出せないのは、ちょっと心残りではあるけど」
一瞬、シトリンを紹介しようかと思ったが、衆人環視の中、シトリンがランウェイを歩くなんて、心読の負担が大きすぎる。
まあ、2人でいいって言ってるんだし、しょうがないか。
「マスター、少し……」
「ん、なによ」
少年がお姉さんに何か耳打ちをした。
すると、お姉さんがオレの顔をまじまじと見てきた。
「ふむ……この顔立ち……それにそのまとめた長髪……いけるかも」
「え……」
「ねえ、ディグ君! 君もBDCに出ましょうよ!!」
お姉さんは、とてもよい笑顔で言い放った。
「いやいやいやいや、何言ってるんですか。オレ、モデルなんて無理ですよ」
「うん、男性モデルは無理ね。もっとタッパがあって、かっこいい人いっぱいいるもの」
ストレートに言うなぁ。
「でも"女性"モデルとしてならいけるわ!」
「はい……?」
何言ってんだ、この人。
「だから、女装して、モデルになってくれないかしら、ってこと」
「いやいやいやいや……!」
無理無理無理無理。
確かにオレは、中学ん時に、クラスでやった演劇でお姫様役をやったことがある。
でも、あれは完全にネタだった。
変な裏声まで作ってやったあれは思い返すだけで黒歴史この上ない。王子様役の男子も、顔真っ赤にして笑いをこらえてたし。
あまりに女装姿がひどすぎて「もうお前は二度とお姫様役とかすんな。心臓が保たん」とまで言われたもんな。
「うーん、衣装も今からサイズ合わせればなんとか間に合う! ねえ、ディグ君も是非、お願いよ!!」
「いや、だから、無理ですって!!」
「いいじゃん!! 私、コンテストでは誰にも負けたくないのよ!! 今年も勝って、絶対二連覇を達成してやるんだから!!」
「いや、でも…………」
って、ん?
「今、二連覇って言いました?」
「言ったわよ」
「あのー、つかぬことお伺いしますが……」
オレは、門番の人から教えてもらった、天才デザイナーの名前を口にした。
「もしかして、レナコさんですか?」
「そうよ。私がレナコ、去年のBDCの最優秀賞を獲得した天才デザイナーよ」
目の前のみつあみ眼鏡のお姉さんは、胸を張って、にやりと笑った。




