034.デゾメアの街
さて、そんなこんなで馬車で揺られることさらに1日。
オレ達はドーンの街から南にあるデゾメアという街までやってきた。
いやはや、昨夜はあれから気絶して、お愉しみどころではなかったのだが、幸いなことにあの後もフローラとシトリンの態度は変わることはなかったので、その辺りは良かったということにしておこう。
もっとも、心が読めるシトリンがいたのだ。
冷静に考えて、草むらに隠れている時点でとっくにばれていたんだろう。
それでも、何も言わないあたりは、少なくともシトリンは本当にオレにあられもない姿を見られても構わんと思っているようだ。
これは喜ぶべきことなのか、そうじゃないのか……。
まあ、今は考えるのはやめておこう。
「凄い人ですね」
ドーンの街と同様、石壁に囲まれた街の入り口には、多くの人が集まっている。
冒険者らしき姿はなく、ほとんどが旅行者だ。
乗合馬車もひっきりなしにやってきては帰っていく。
こんな光景、比較的人口の多いであろう、ドーンの街でも見たことがない。
「シトリン、大丈夫か?」
「あ、ああ……すまないが、少し街から離れて待っていても良いだろうか……やはり、少しきつい」
なにかと我慢しがちなシトリンが弱音を吐くということは、実際は相当きついんだろう。
「フローラ、またついててやってくれるか?」
昨日、ずいぶん打ち解けたようだし、二人っきりで長時間一緒にいることになっても、大丈夫だろう。
しかし、シトリンは首を横に振った。
「あ、いや、ボクは一人で大丈夫だ。フローラもディグについていってやってくれ」
「本当に大丈夫か?」
「ああ、役に立てない分、自分の身くらいは自分で守るさ」
確かに、あの魔の森の魔人すら幻惑魔術で戦闘回避してたわけだしな。
街中での活動は無理でも、森や迷宮での活動にかけては心配の必要もないだろう。
だけど、やはり一人置いていくというのは心が痛む。
早く、一緒に行動できるようになるためにも、なんとか職人さんに魔術を遮断する魔道具を作ってもらわないと。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ、すまないが、頼む」
シトリンと別れ、オレ達は入り口からでもわかるほどにぎわった街中へ向かって繰り出した。
そこには街に入ろうとする人々が列を作っている。
冒険者の街ドーンもかなり人口は多い方だと思うが、この街の活気はそれ以上だ。
見れば、なにやら、オレの世界でいうところの運動会で、頭上につるしてある国旗のような飾りが街のいたるところに飾ってある。
もしかしたら、何かイベントでもあるのかもしれない。
「街によっては通行料を取られることもあります。アンシィはスコップになっておいた方が良いかもしれません」
「わかったわ」
ということで、アンシィはノーマルスコップモードでオレの腰のホルダーに収まった。
そして、列に並んで20分ほど待つと、ようやくオレ達の番がやってきた。
「君たちは……冒険者か? カードの提示を」
「あ、はい」
門番らしき、プレートアーマーを着込んだ壮年の男に、冒険者カードを提示する。
「ディグにフローラ……二人ともEX職業か!? 驚いたな、彼女以外でEX職業を見るのは初めてだ」
「彼女?」
「ああ、いや、こっちの話だ……。それにしても、こんな時期にここに来ても、仕事はないと思うが」
「何かあるんですか?」
「なんだ、知らずに来たのか。今日は年に1度のビューティードレッサーコンテスト、通称BDCの日だぞ」
ビューティードレッサーコンテスト?
なんじゃそりゃ。
「あ、聞いたことがあります!」
「知っているのか、フローラ」
「はい! デザイナーとモデルがコンビを組んで覇を競う、大陸で一番のファッションショーだとか!」
両手で握りこぶしを作って言うフローラはどことなく普段よりテンションが高い。
「さすがに女の子は知ってるか。そう、大陸中のデザイナーとそのモデルが集まる一大イベントさ。近隣の街々からイベント目当ての客も大いにやってくる」
なるほど、昨日宿場町の宿がいっぱいだったのは、そういう理由か。
「街はイベント一色だからな。冒険者向けの仕事は、常時クエストくらいしかないと思うぞ」
「仕事で来たわけじゃないんでいいんです。この街に魔道具作りの天才マイスターがいると聞いてきたんですが」
「ああ、なんだ。君らも彼女目当てなんじゃないか」
「どういうことですか?」
「だって、彼女は、前回のBDCの優勝者だぞ」
「えっ!?」
どうやら職人さんは、オレ達が想像していた以上に大物のようだった。
「もぐもぐもぐもぐ」
「お前こんな時によく食えるなぁ」
街の中へと通されたオレ達は、人通りの多い昼間の公園で顔を突き合わせていた。
観光客が多い時期で、書き入れ時なのか、露店はどこも気合が入っている。
そんな状況に、さっそく目を輝かせて飛び込んでいったアンシィは、両手に焼きトウモロコシとクレープを持って帰ってきた。
いや、どんな組み合わせだよ。
というより、状況わかってるのか、こいつ。
「はぁ、どうしたもんかなぁ」
フローラとともにベンチに腰掛け、頭をもたげる。
目当ての服飾マイスターが、まさかBDCのディフェンディングチャンピオンだったとはなぁ。
なんだか元の世界のハンドルネームみたいな名前だったけど、凄い人なんだな。
「たぶん今は忙しくて、魔術封じの魔道具の製作依頼なんて受けてくれませんよね」
「だろうな」
逆に言えば、今日のコンテストさえ終われば、時間的都合は着くのかもしれないが、大仕事を終えたばかりのところに製作を依頼するのも気が引ける。
「一度、出直しますか?」
「うーん、でも、せっかくここまで来たし、話だけでもなんとか聞いてもらえると良いんだけど……って、アンシィ?」
いつの間にか、辛いものと甘いものを交互に食べて、悦に入っていたアンシィがいなくなっていた。
また、露店に何か買いに行ったのだろうが、本当にあいつは……。
「どうしましょう? 探しますか?」
「どうせ腹がいっぱいになったら、すぐに戻ってくるだろ」
と、そんなオレの楽観的な予想とは裏腹に、正午の鐘が響いても、アンシィが帰ってくる気配はない。
「あいつ……まさか、人ごみで迷ったのか……?」
「探しに行きましょう!」
「フローラ、待って! 探すなら一緒に行こう。オレ達がはぐれてしまうのもマズい」
初めての土地の上、この人の多さだ。合流場所を決めておくにしても、そこまでたどり着けない可能性もある。
「そうですね……!」
かくして、失踪したアンシィの捜索が始まった。
昔から、アタシはお祭りというものに目がない。
アタシのいた小学校では、毎年なかなか気合の入った夏祭りが開かれている。
子供たちが少ないお小遣いをやりくりしながら、思い思いに楽しむ様を見て、それはもうアタシも楽し気な気分になったものだ。
そして、そんなお祭り気分を実際に味わえる機会がついにやってきた。
形こそ違えど、露店が立ち並ぶその様子はまさに祭り。
アタシは自分の迸る衝動を抑えきれず、さっそく屋台を回った。
基本的に屋台の食べ物はエンドレスで食べたい。
だから、最初は焼きトウモロコシとクレープにした。
交互に食べれば、辛い、甘い、辛い、甘いと無限に食べれるはずだ。
あまりにテンションが上がったアタシは、とりあえず手当たり次第に屋台を回っていった。
なんでこう屋台の食べ物っておいしく感じるのかしらね。
綿あめに、りんご飴にベビーカステラ。
さすがにたこ焼きはなかったが、十分な収穫だ。
今度、海に行く機会があったら、たこを捕まえて、焼いて食べてみようかしら。あー、素焼きならイカの方がいいか。
そんなことを考えながら、食べては買い、買っては食べると繰り返していると、いつの間にかディグとフローラの姿が見えなくなっていた。
まったく、あの二人ときたら、こんな街中ではぐれるなんて……。
アタシは仕方なしに、最後に勝ったチョコバナナを頬張りながら、二人の姿を探した。
しばらく歩いていると、少し狭い路地に出た。
人通りもなく、落ち着いた住宅街といった印象だった。
「ああああー!! もう、どうしたらいいのよぉ!!!」
そんな少し落ち着いた雰囲気の場所に、まったく落ち着いていない様子の女の人の声が響き渡った。
声がした方に視線を向ける。
この世界では珍しい眼鏡をかけた女性がいた。
そう、少女じゃなくて女性。相棒やフローラと比べるとかなり年上だろう。
年に似つかわしくないたくさんのレースがあしらわれたフリフリの衣装を着たその女性は、大ぶりなみつあみのツインテールを振るわせて、頭を抱えていた。
「落ち着いてください。マスター」
声をかけたのは、その横にいる少年だ。
うん、こちらは少年。女性とは下手したらひと周りくらい年が離れているかもしれない。
女性をマスターと呼んだ少年は、まるで抑揚なく、淡々と女性に言葉を返す。
「だから言ったのです。知人とはいえ、口約束ではなく、きちんと契約を結ぶべきだと」
「だってぇ! 一人はバカだし、一人は病気がちだし、さらに最後の一人は大物すぎだし、契約とか言い出し辛かったんだもん!」
「その結果が、今のこの惨状です。もはや代役を考えるほかないでしょう」
契約とか、代役とか何の話だろう。
人間って種族は本当にめんどくさそうね。
「代役なんて言っても、そんな都合よく見つかるわけが……」
『あっ……!』
その時、眼鏡の女性と目が合った。
ズバシュ! っという音が聞こえてきそうな勢いで、女性がアタシの目の前までやってくる。
見た目に反して、凄い身のこなしだ。
「ねぇ、あなた!!! どこかのモデルさん!!?」
「え、いや、違うけど……」
「ということはフリーなのね!! 嘘、こんなレベルの娘がこのタイミングで現れてくれるなんて……まさに天啓!!」
眼鏡ツインテールの女性は、ベタベタと私の手や腰やふとももを触りまくっている。
スコップだから、別段不快には感じないけど、初対面でこんな風に人の身体を触るのは、たぶん人間的な常識に照らし合わせるとNGじゃないかしら。
「マスター、この女性、びっくりされていらっしゃいますよ」
「ああ、ごめんなさい。私は、レナコ! ファッションデザイナーをしているの!」
「レナコ?」
ん? どこかで聞いたような。
「あなたに頼みがあるんだけど」
「な、なに……?」
「うちのブランドのモデルとして、BDCに出てくれないかな!!」
「えっ……?」
突然のお願いに、さすがのアタシも頭がパンクしそうだった。